大黒さんの金魚鉢

黒金町の住人の独り言は“One”

One voice , one mission , one family

誰もひとりでは生きられない

2013年12月09日 | 労働者福祉
日曜日の午後、あるシンポジウムに参加しました。
「生活困窮者を支える包摂型社会をつくる」という難しいテーマです。
そもそも、その言葉の意味がわからない私ですが、私なりに解釈するとこういうことかな…ということを学びました。

「生活困窮(こんきゅう)者」
たとえば、企業の倒産や雇い止めで職を失い、病気して、うつ病を発生して、ひとりでは生きていけなくなった人。
たとえば、亭主と離婚した子どもふたりを持つ母親が、元・夫からの養育費が止まったうえに、リストラされて生活ができなくなった人。
たとえば、家庭に居場所がなくて、苦しむ子ども…などなど、ここまで社会は荒れているんだ、誰にも起こりうることなんだと、まざまざと感じました。

「包摂(ほうせつ)型社会」
男でも女でも、年寄りでも子どもでも、障がい者でも健常者でも、正規社員でも非正規社員でも、ありとあらゆる人たちが助け合い、寄り添い合うことのできる社会。
そんな社会を目指すためのいくつかの事例が発表されましたが、いずれも無償の愛をモットーとする素晴らしい人たちでありグループでした。
その方々が例外なく訴えたのは、「自分たちだけではできない。他団体との連携や支援を協働する仕組みが欲しい」とのことでした。


シンポジウムを終えて、私はある物語を思い出しました。
「星を投げる人」という、こんなお話です。


海岸を歩いていたある男が、遠くにいる一人の少年を見つけました。
彼は浜から何かを拾い上げ、海に投げ入れています。
もっと近づいてそれを見ると、なんとヒトデでした。
気がつくと少年の周りはヒトデだらけです。
数えきれないほどのヒトデが、延々と続く海岸を埋め尽くしています。

男は少年に尋ねました。
「どうしてヒトデを海に投げているの?」
「だって波打ち際のヒトデは、朝になって潮が引いたら死んでしまいます」
「馬鹿げているよ!」男は叫びました。
「周りを見てごらん。見渡す限りの海岸に数限りなくヒトデがいる。
君のしていることに何か意味があると思っているのかね?」
少年はまたひとつヒトデを拾い上げると、ちょっと考えてこう言いました。
「このヒトデにとっては意味がありますよ」
少年はそう言ってから、また一匹ヒトデを海に投げ入れました。


やってみなければ、何ごとも達成できません。
どんなに小さな努力でも何もしないよりはよほどよい…という物語です。

さて、私が助けたいヒトデとは何でしょう?
それをみつけて私も「星を投げる人」になりたいと思います。


今日の昼食は「石焼きビビンバ」