クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

海なし県で“古代の海”を見に行く? ―離山貝塚―

2014年08月20日 | 考古の部屋
そうだ、海を見に行こう。
と、思っても海なし県。
海を見に行くとすれば、決して短くはない時間をかけなければならない。

ならば、貝塚へ行って古代の海を見よう。
“離山貝塚”は群馬県板倉町にある。
藤岡台地の上に貝塚を示す標柱が建っている。

むろん、いまは海を見ることはできない。
ここから東京湾までは約70㎞の距離である。
しかし、貝塚がある。
縄文人が捨てた貝殻だ。

なぜこのようなところに貝塚があるのだろう。
縄文時代に気候が温暖化したことに原因がある。
氷が溶けて海水が上昇。
海水は陸地にどんどん入り込んでいく。
やがて、現在の板倉町にも海水がやってきたというわけだ。

縄文海進と呼ばれるこの現象。
東京湾が関東の奥へ入り込み(奥東京湾)、
その海岸線には貝塚が見付かっている。
離山貝塚もその一つで、こんな深くまで海が入り込んでいたことになる。

そう言われてもピンとこないだろう。
想像の世界である。
かつてこの場所から広がる海が見え、
さざ波が響いていた。

潮の香りもしていたのだろう。
人々はシジミやハイガイ、カキやサザエを食しては、
その貝殻を捨てた。
いつかその貝殻が貴重な「資料」になるとは、
想像だにしなかったに違いない。

いまは見ることのできない古代の海を思い浮かべる。
かつて響いていたであろうさざ波や潮の香りを想像する。
マニアックな海を見る旅である。
しかし、一度ツボに入ったら癖になる。
ちょっと趣向を変えて、
古代の海にたたずんでもいいかもしれない。
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