昨日、松橋さんの娘さんから電話が入りました。それは悲しい知らせでした。
今年に入ってまもなくの1月4日ご自宅で松橋さんがお亡くなりになったという知らせでした。
昭和9年3月25日誕生なので享年77歳でしょうか。
夫である甲斐崎圭は、山の多くの事をこの最後のマタギでいらっしゃる松橋さんに学んだと言います。
そしてこの写真の 「第十四世マタギ」 という本を執筆させていただいたのでした。
渓の歩き方、山菜の採り方、私には知ることのできないもっと深いことを松橋さんから学んだことだと思います。
私が松橋さんとお会いしていつも思っていたこと・・・・それはなんと美しい澄んだ目をされているんでしょう! ということでした。
そして優しかったんです。私は夫と違って秋田弁が理解し難くって。それを気付かれた松橋さんはいつもゆっくりと気をつけて
話してくださいました。松橋さんに連れて行ってもらった栗拾い、そのとき、「生の栗を食べるとな、生栗一つ、屁百発と言うんだよ♪」 って
まるで少年のように笑いながらおっしゃって、私も調子にのって 「便秘ぎみのときはいいですね♪」 などと言ったことを今、思い出しました。
松橋さんが獲ってこられたヤマドリでこしらえてもらったキリタンポ鍋の美味しかったこと、忘れられません。
山菜の美味しさを教えてくださったのも松橋さんでした。
ほんとに色々有難うございましたとお伝えしたいです。
少年のような・・・年をとっても いつまでも 自然に対する畏れに素直であるがための 純真な気持ちを 一生持たれている方なのですね。
親しい人の姿を 目で見て 声を聞くことができなくなるのは 本当に さびしいことです。
お力落としのことと思います。
ほんとに残念なことです。
今年は雪溶けを待って5月には私も一緒に連れて行ってもらう計画を立てていたのですが、こんな事になるとは・・・。でも行ってカアサンや娘さん達と想い出話しをしてきます。
お二人や、ご家族のお気持ちを察し、胸が痛くなります。
このご本、まだ拝読していなかったのですが、だんなさんの許可をいただいてから、
その中の一節を書かせていただき、本屋さんに飾ってもらおうと考えていたので、
自分の行動の遅さを反省します。
PHPの特集で拝見した尊いお顔が浮かんできました。
お辛いでしょうが、ご家族と思い出話をされると、
ご家族のお慰めになり、そして松橋さんへのご供養になることでしょう。
そうでしたか~。有難うございます。
今、夫に聞きましたら、それは有難い話だと申しております。
とても良い供養になると思いますので、よろしくお願いします。
でもcocorokkさん御夫妻の心の中で生き続けられる事でしょう。
さっき、病院から帰ってきました。
コメントいただき有難うございました。
>心の中で生き続けられる事でしょう。
そうですね。いつまでも・・・。