小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

ルッキズムと人種差別(映画『グリーンブック』に触発されて)

2021年06月18日 | 芸術(映画・写真等含)

遅ればせながら、2018年米国製作・映画『グリーンブック』を観た。アマゾンプライムのPC版なので、映像のクオリティは割り引こう。竹下節子さんはじめこの映画の秀逸さを語る人は多い。小生も然り、アメリカ社会の人種差別構造をカリカチュアライズして表現していること、辛辣さとユーモアを交えて南部白人たちの差別原理主義、「人でなし」ぶりを象徴的に描いている点など、社会批評と娯楽性をいい塩梅に調合したロードムービーであると評価したい。

そしてまた、これは事実に基づいた物語であり、展開の意外性は少ないものの、黒人に対する差別の生々しいリアリティを訴求し、現代の我々に多くの気づきをもたらす。トランプ政権下につくられたことを考えあわせると、この映画が示唆している「人種の壁をこえた友情」、「信頼と絆」が、深く静かな共感を呼ぶのだ。

映画を端的にいうと、主人公は黒人のジャズピアニスト、そのボディーガード兼運転手のイタリア系ニューヨーカー、この二人が黒人差別のメッカともいうべきアメリカ南部を演奏ツアーする。役どころが正反対の男二人がコンビを組む冒険譚、ロードムービーはアメリカ映画の定番である。(アボットとコステロ、ジェリー・ルイスとディーン・マーチンなどの凸凹・底抜けコンビが原型で、シャーロック・ホームズの事件もの、ニューシネマの『スケアクロウ』が中核かな)

ちなみに題名の『グリーンブック』とは、「1936年から1966年までヴィクター・H・グリーンにより毎年出版された黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブック。ジム・クロウ法の適用が郡や州によって異なる南部で特に重宝された」と、公式ガイドブックに記載されている。はやい話が黒人専用の「ミシュランガイド」だ。

▲上はイタリア系やんちゃ男、トニー・”リップ”・バレロンガ 下が天才ピアニストのドン"ドクター"シャーリー

時は1960年代の初頭、まだ公民権運動がはじまる前。ドン"ドクター"シャーリーという黒人の天才ピアニストがいて、当時、上流階級では引っ張りだこのクラシック演奏家で、カーネギーホールの上に住んでいた。

暮らしぶりも王侯貴族のように豪華な家具・調度品に囲まれ、身の回りを世話するインド系の執事もいる。"ドクター"は教養も豊かで人柄も品位と高潔に充ちあふれる。しかも演奏家としては、ストラヴィンスキーが絶賛するほど腕前。黒人のみならず白人大衆からみれば雲上人のような存在である。その彼がなぜ、黒人差別が根強いディープサウスに向かうのか。

南部の白人社会には当然のごとく上流階級があり、彼らのあいだでは名ピアニスト"ドクター"の演奏を生で聴くことがステータスであったと思われる。そう、"ドクター"は憧れの名士であり、招聘されるべきニーズがあったのだ。ドン"ドクター"シャーリーはそれに応えるべく、ロシア移民のベーシスト、ドラマーをメンバーに雇い、華麗なるジャズピアノトリオを結成して、南部コンサートツアーに勇躍として繰り出す。

もちろんのこと"ドクター"シャーリーは、南部がどういう土地柄かを知り尽くしている。理不尽な差別、予想外のトラブルが起きることも、たぶん想定済みだ。そこでロッキーのようなイタリア系やんちゃ男、トニー・”リップ”・バレロンガを用心棒として雇う。

以上つらつらと書いてきたが下の予告編をみれば、一目瞭然であるので映画についてはここまでとする。

本予告

 

とはいえ、映画『グリーンブック』の強く印象に残ったシークエンスと、不思議にも明治のある文豪のことがふつふつと喚起されたことを書き留めたい。

天才ピアニスト"ドクター"は、演奏が終わると夜な夜な地元の繁華街に一人で出かける。がさつな男らしさを自慢するだけの、野卑な南部男たちのたむろするバーに入る"ドクター"。自身がどんな扱いを受けるか、怖いもの見たさもある。

実は彼はゲイで、もしそこに同好の士がいれば、素晴しい出会いの場になるかもしれない。しかし、黒人が夜8時以降の外出は条例違反で、見つかれば即逮捕される。"ドクター"はLGBTの先駆者としても誇りある人生をおくったのだ。

"ドクター"シャーリーは行った先々で冒険をくり返し、逮捕され、その都度用心棒兼運転手&マネージャーのトニー”リップ”に窮地を救われる。本当かどうか知らぬがこんなエピソードもあった。ツアーの移動中の夜も深まった頃、二人は地元の警察官にしょっぴかられる。

どうあがいても埒が明かないと判断した"ドクター"。弁護士経由で時の司法長官ロバート・ケネディ!に電話をかけ、釈放の根回しを依頼する(内心は忸怩たるものがある)。しばらくすると、州知事から電話がかかる。事の重大さとすぐに釈放せよ、との訓告のようだ。署長は最初気丈にも断るが、事情を知るとびっくり仰天し、即釈放となる。

印象にあるのは、そうした波乱含みのエピソード場面であるが、"ドクター"はいかなる場面でも品位を保ち、一個の人間としての誇りを失わない。小生、その天才黒人ピアニストの服装の上品な着こなし、毅然とした態度、振舞いに、明治の文豪夏目漱石がダブってきてしょうがなかったのである。

2年間ロンドンに留学し、ほとんど鬱病にちかい状態で帰国した漱石。何かで読んだのだが、漱石が知人に招待されて、山高帽にフロックコートという上流階級のようないでたちで出かけた時のこと。通りすがりの職人風の男から、「ハンサム・ジャップ」と呼ばれた。もちろん漱石は決然と無視し、先を急いだ。しかし、心のなかは血が逆流する思いでいっぱいとなり、帽子もコートを脱ぎ捨て、黄色の裸身をさらし、猿のようにわめきたかったそうである。

当時、世界に植民地をもつ大英帝国では、労働者階級といえども有色人種を見れば蔑むことに馴れ、まして上流階級風の服装を着た小柄なアジア人を見れば、理由もなく揶揄う言葉を投げつけたかもしれない。ま、しかし、動じることもなく漱石は品位を保ちつづけた。『グリーンブック』の"ドクター"の行状もまた同じであったと言えよう。

もう一つ記憶に残ったシーンがある。南部の農場地帯を移動中のこと、車がエンストしたかで道路わきに停める。運転手のバロレンガは必至で車を直そうとする。"ドクター"は悠然として後部座席に座ったままだ。その光景を見止め、畑仕事に精を出していた黒人たちが一斉に手を休め、二人の様子をまんじりともせず見つめるシーン。車のなかの"ドクター"も彼らの視線に気づきはするものの、まったく動じることがない。

立ちすくんだ黒人たちの無言のシーンが続く。ひとりの富裕の黒人と貧しい黒人たちの絶妙な対比を見せるシーンも面白い。だがしかし、ここは二重三重に深読みのできるシーンである。

同じ肌の黒い兄弟らしき人物が、高級車のなかで偉そうにふんぞり返っている。「そいつ」が白人をこき使っているという、夢のような現実世界の認知。驚きと羨望、どこから来て、何をしているのか・・。

白黒逆転した構図、雇用関係は、南部黒人たちの理解をはるかに超えたものだ。自分たちもいつか、ああした立場、上下関係を築くことができるだろうか・・。俺たちもいつか、自分たちの権利と自由を、差別するしかない脳がない白人から奪い取るべきじゃないか・・。などと彼らの魂のモノローグが伝わってくるような気がする。

その沈黙と眼差しが交錯するシーンは重く、圧倒されるほどの強い映像だ。黒人たちの哀しみと怒り、その混淆とした眼差しに震える。静かなシークエンスだけに、彼らの負の歴史の深さ、反抗へのポテンシャルを否応なく感じさせた。

アフリカから奴隷として連れてこられ、アメリカ南部の農場主に買われた。考えてみれば、アフリカで家族ともども奴隷として拘束されても、奴隷市場では強制的に離散させられたはずだ。当時、黒人たちはなんと、アメリカでは今日の高級自動車並みの値段で売買されたという(現在の一千万円?)。だから、白人の主人たちは、奴隷たちが乱婚し、子どもを産むことを願った。タダで新しい奴隷=労働力を手に入れることができたからだ。

アフリカの黒人たちは動物ではないどころか、人としての倫理をもっていたのか・・やすやすと白人の言いなりにはならなかった。農場主は、新たな働き手をえるために、黒人女性を性奴隷として扱うこともあったという。いや、南部の農場主だけでなく、アメリカの大統領でさえ、そうした行為に及んだものもいる。話が脱線しそうだ。

ちょっと長くなり、複雑な体をなしてきた。いったんここで仕切りなおすことにしたい。

 

 


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