ハラスメントのもつ重層性についての考察はこの辺にしておこう。確認の意味で、世間では一般的にどんな対策が講じられているのだろうか。
厚生労働省が、セクハラに関して事業主が講じるべき措置を定めた「指針」があった。
(1)事業主の方針の明確化及びその周知・啓発 (2)相談(苦情含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(3)事後の迅速かつ適切な対応 (4)(1)から(3)までの措置と併せて講ずべき措置
それぞれの項目に内容が簡潔にしめされている。当たり前のことを、当たり前のように書かれていた。厳正で的確な対処、事実関係の適切な把握と処置。事後の対策、相談窓口の設置。再発防止とプライバシーの保護。関係者への周知と啓発。
以上を実施することが最善策なのであろう。しかし、実際の実施プラン、ケーススタディ、提案例、Q&Aなど、具体的できめ細かい実施策はない。企業秘密に属する事柄だから、監督官庁のHPには表面にでてこない案件ともいえる。
それにしても、世間ではセクハラ被害の実例やら相談が無数に紹介されている。こうしたデータなり情報をしかるべき研究機関が分析して、国策レベルでセクシャル・ハラスメントの対策を根幹から作っていくべきではないか。
社会の構造、公共のプラットフォームを見据えて、人間関係におけるハラスメントを講ずるとなれば、子どもの教育から考える必要があろう。それも歴史上におけるルネッサンス期のリベラルアーツのような、総合的な人文学と科学的な探究心が求められると思う。
教育の現場において、「いじめ」というものが人間の精神のなにから生じて、どのような影響を人に及ぼすのか。あるいは男と女という性差の成立ち、その生物科学とモラルの必要性。歴史学や芸術を通して学べる事柄、それがハラスメントの深い理解と対策へと導かれるもの。
「いじめ」という子ども特有のハラスメントを考えさせる真の教育現場。そして、人間としての成長を通して、大人の世界におけるパワハラ・セクハラ・モラハラなどを類推させながら、ハラスメントの反社会性、非人間性を体得(本質的理解)させることの大切さへ・・。
ここまでのビッグピクチャーを構想すると、性・地域・人種・職業などあらゆるファクターで、差別なしに教育できるかという根源的なところに突き当たる。これはもう、次世代の方々が考える課題であろうし、ポスト・ジェンダー&シンギュラリティ、AIとの共存まで視野に入れて、将来のハラスメントを考察して然るべきだ。(なぜなら、ハラスメントは変質し、深層へと侵入する。心の内奥や、すきまへ)
ちょっと大所・高所の見地に上りつめた感がある。本稿はほとんどが個人的見解に基づくものである、念のため。
