鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

110 幽居の燭

2019-10-10 14:22:06 | 日記
秋も徐々に深まり、灯火親しき頃となった。
私も通常は電気の照明を使っているが、茶事や儀式には蝋燭を使う。
また墨書時や古画の鑑賞時も、燭光の揺らぎが想いを深めてくれる。
世間ではティーキャンドルの流行で今風の綺麗な色ガラスの燭台などを使っている人も多いと思うが、古い燭台や灯火器にはそれとは別の幽玄な味わいがあるのでお試しあれ。
19世紀の物で良ければまだ沢山あるし価格も安い。
蝋燭は台風に備えていささか買い過ぎたので、どんどん使おう。


(織部火貰い 志野茶碗と織部酒注 桃山〜江戸時代)
写真の古織部の火貰いは煤と油で真っ黒だったのを格安で入手した物だ。
これを戦乱の続いた中世の闇に近世文化の光明をもたらした概念兵器だと思えば、丸っこいひょうきんな形と自由闊達な絵にも深い意味が出て来る。
日本におけるルネサンスであった桃山江戸初期の文化は、その代表である織部に見られるように明るい開放感と自由さを後世人に与えてくれたのだ。


(菊尽し扇面散屏風 江戸琳派 李朝八角燭台 探神院蔵)
炎の揺らぎは意識を現世と夢幻界の間(あわい)に誘う効果がある。
右の李朝の木製大燭台は屏風や大床の間には必須かつ軽くて使い易く、左の背の低い方も同じ李朝の木製燭台でいずれも金属製の物より素朴な温かみがあって好ましい。
そもそも古来から屏風や掛軸はコンクリート壁の美術館で最新の照明設備で見るより、和室で蝋燭や障子明りで見るように制作されている。
幽玄の燭明の中でこそ画中の夢想に浸り込めるのだ。
更にこの写真下方を良く見れば、古い徳利と盃に肴まで用意してあるではないか。
こうした昔は当たり前だった古画の鑑賞方法も、今では気軽に出来ない贅沢になってしまった。


(木彫守護天像 室町時代 鍍金小燭台 江戸時代 探神院蔵)
この守護天像のお陰で当院が古くからの鬼門守護職の末裔である自覚が持てる。
「これを護持する者、法輪守護の鬼神たるべし」(奥院口伝)
よって我々はどんな困難な時代だろうと、本願の品位聖性を高く保たねばならぬ使命があるのだ。
数百年の先達の祈りが籠もったこの像の来歴を想う時、自ずと燈明は幽玄に揺らめく。
浄明によって壁に拡大単純化された投影の形態感に、この小像に籠る力感と格調の高さが見て取れると思う。

---長き夜の炎に見入る永き刻---

©️甲士三郎

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