鎌倉の夏となれば山側の寺社よりも湘南ビーチだが、今年は海水浴場が軒並み閉鎖でやや淋しそうだ。
ただし真の湘南とは古詩にも名高い中国の景勝地で、中世禅の中心地でもあった洞庭湖の南部を指す。
日本には本来湘南と言う地名は無く、幕末明治頃に流行った文人趣味の影響で誰彼となく言い出したらしい。
当時は中国の書籍や図譜が大量に輸入されていて、洞庭湖リゾートは日本の文化人達の憧れの地だったようだ。
日本の陶磁器の絵付は明〜清の古染付を写した物が多く、この九谷の大皿も洞庭湖の景を真似て描かれている。
夏場に使うにはうってつけの涼しげな絵だ。
西洋人ならエーゲ海リゾートと言ったところだろう。
現代人の単なる休暇時のリゾート感覚とは違い、古人達はこの風光明美な保養地に理想の楽園を築くビジョンがあった。
神仙のように富貴長春の暮しを楽しみ、賢人達が集い琴棋書画や文化活動に勤しむような、ユダヤ教なら安息の地約束の地のビジョンだ。
こちらは幕末〜明治頃の古伊万里の染付で、題材は同じく洞庭湖リゾートの景だ。
この絵柄は当時大人気で至る所に描かれている。
同時代の純粋絵画の方はいわゆる文人画の絶頂期で、下手こそ良かれの風潮が今見ると下手すぎて何を描きたいのかさえ判らない物が多く、陶磁器の画工の方が共感できる。
もう一つは愛すべき小品で幕末の古伊万里色絵皿。
我家の古伊万里では一番気に入っている小皿で、このような花咲く湖畔の小庵を終の住処として詩画三昧に暮したいと思う。
太ってよちよち飛んでいる三羽の小鳥が微笑ましい。
隠者の簡素な食卓も、こんな器を並べればちょっと豊かに思えてくる。
日本の湘南は若者の天国と言うイメージだが、真祖の湘南は文化人の楽園だった。
図らずも今年の湘南ビーチは疫病禍で若人達の賑わいは望めず、世捨人達がひっそりと地味に思索に耽る鎌倉となるだろう。
©️甲士三郎