先週の明治の新体詩の後、大正時代の詩では西條八十が出てくる。
彼こそは大正〜昭和の文学少女達に絶大なる人気を誇った詩人だった。
明治中期からの義務教育が行き渡る中で子供達に奨励されたのが唱歌や詩文だった。
(巴里小曲集 初版 西條八十)
その中でも西條八十は少女雑誌の看板スターで、毎月のように幾つもの雑誌に作品を発表している。
先年紹介した天金ビロード張りの「少女純情詩集」は当時の出版界のベストセラーとなっている。
この「巴里小曲集」もそんな文学少女達の憧れの的だったろう。
子供向けの詩だと言って馬鹿にする人もいるが、大正の少女雑誌や童画童謡の古書は今や一般の文芸書より遥かに高額で、隠者如きにはご覧の写真のようにかなり傷んだ物しか手には入らない。
彼は本格詩は勿論童謡から歌謡曲までこなし、また昭和に入って書き出した少女小説も大人気となった。
(花物語 初版 西條八十)
我が地元鎌倉の吉屋信子にも同題の少女小説があってそちらも大人気だったが、この「花物語」は西條八十の少女向け詩話をまとめた短編集だ。
詳しい人によると彼の数十冊もある少女小説には、後世の少女コミックなどに使われたストーリーのアイデアの大半が出揃っていると言う。
その本で育った文学少女が後に偉大な少女漫画家になった例も結構ありそうだ。
もう1冊は西條八十とよく組んで挿絵装丁を担当していた加藤まさをの詩集。
(抒情小曲集 初版 加藤まさを)
加藤まさをは竹久夢二や蕗谷虹児らと並ぶ当時の人気画家だった。
写真は外函で表紙はビロード張りの上品な装丁となっている。
彼が描いた木陰で詩集を読んでいるブーツに袴姿の美少女の絵などは、如何にも大正浪漫を象徴する雰囲気がある。
西條八十とのコンビで世の少年少女達の抒情詩情を育んだ功績は大きい。
現代の物質文明功利主義下の教育では抒情も詩情も不要だろうし、教えるとしても教えられる教諭でさえ数少ないだろう。
ただこの方面には今でもかなりのファンやコレクターが居る所を見ると、新体詩のように完全に忘れ去られた訳でもなさそうで少し安心した。
©️甲士三郎