4月30日は永井荷風の命日なので、その前に先年買っておいてまだ読んでいない彼の本を見ておこう。
私が荷風の著作で最も興味を惹かれるのは、小説よりも荷風自身の日常身辺や散歩の随筆だ。
散歩時には江戸名所図絵や古地図を携えて、あちこちぶらついていたようだ。
(濹東綺譚 初版 すみた川 永井荷風 カフェオレボウル フランス19世紀)
この「すみた川」は小説と言うより荷風の愛した古き良き江戸東京の散歩随筆だ。
彼はすでにこの時代に、都市開発で失われ行く江戸以来の町並みや風習を度々惜しみ嘆いている。
更に谷崎潤一郎や吉井勇らも関東大震災後の大規模開発に嫌気がさし、変貌する東京を見捨てて逃げ出している。
戦後の鎌倉でも大佛次郎や鏑木清方の随筆を読むと、宅地開発による自然破壊と洋風化して行く町の変貌を嘆いている。
彼等が最低限の様式美さえ無くした今の東京や鎌倉の成れの果てを見たらどう思うだろうか。
また永井荷風は大の俳句好きで硯友社仲間の巌谷小波や泉鏡花らと、終生に渡って句会(木曜会)を楽しんでいた。
(自筆短冊 永井荷風 益子珈琲碗 皿 花入 昭和前期)
「名も知らぬ路地の福荷や桐の花」荷風。
自分達では「遊俳」と称して専門俳人達とは一線を隠していたが、当時の評判では正岡子規らの日本派と並び立っていたようだ。
この短冊は名句と言うほどでは無いものの、下町の路地に桐の花と言う格の高い花の取り合わせが気が利いている。
そんな古風な路地の散歩を深く味わっていた荷風の心境は、我々現代の鎌倉人でも大いに共感出来る。
命日には彼が好きだった甘めのミルクコーヒーを御供えしておこう。
硯友社の作家達の句会は皆心から楽しそうに、売文稼業の方は適当に不真面目に生きたところが立派だと思う。
(おもかげ 初版 永井荷風 瓜形堆朱合子 九谷花入 大正〜昭和初期)
鎌倉文士の久米正雄も「俳句をやっている時だけは、売文稼業では味わえない芸術家の気分になれる」と言っている。
自らは「遊俳」と嘯きつつ、彼らの方がプロの俳人達よりずっとに純粋に俳句を楽しんでいたと思える。
「おもかげ」は荷風が戦前に出した自選100句と随筆集。
句集の多くを占める身辺の茶飯事や路地散歩の句から、荷風の詩的で文人らしい日々の暮らし振りが良くわかる。
風薫る今頃は鎌倉の路地散歩には最も良い時季なのだが、生憎今週は雨続きの予報だ。
せめて古人の散歩随筆と散歩俳句で楽しもう。
©️甲士三郎