潮音院縁起
~目暗ヶ原ものがたり~
ここの里人たちは、とても親切な人たちでした。
大けがを負ってしまった光盛をみるや、
里の女たちは、傷口の手当をしたり、
汚れた体をきれいに拭き取ったり。
ある者は、ボロボロになった着物を縫いつくろい、
ある者は、ご飯を炊いてにぎりめしを食べさせました。
「かたじけない・・・。」
光盛は、里の人々の親切に思わず涙を流します。
「実は、盗賊に出くわしてしまい、応戦している間に、
同行の僧とはぐれてしまった。」
歩くこともかなわない光盛は、
里人たちに、ことの顛末をつぶさに伝えました。
話を聞いた里の男たちは、翌朝すぐに、
琵琶法師を探しに高原へ出かけました。
光盛に聞いた場所へ到着した男たちは、
すぐに法師を発見しました。
「・・・、なんともおいたわしい。
思い半ばにしてこのような形で果てなさるとは、
さぞかし無念であられたろう。」
琵琶法師は、胸を矢で射抜かれ、ススキの中にうつ伏せに
倒れていました。
ススキの葉に付いた朝露が、朝の光に反射して、
まばゆいばかりに輝いています。
よく見ると、背中の琵琶はまっぷたつに割れています。
「だれか、お連れの坊様にこのことを知らせてきなさい。」
あわれに思った里人たちは、ねんごろにその亡骸を清め、
割れてしまった琵琶ともども、その場で荼毘にふすことにしました。
琵琶が燃え出すと、あたり一面には、えもいえぬ
高貴な香りがただよいました。
その香りは、たちまち野山に広がり、里全体にただよいました。
「お坊!申し訳ござらん!
私がついておりながら、無念でございます。 ・・・許して下され。」
白檀でつくられた琵琶の香りは、煙とともに光盛の心の傷にしみ入り、
言いようのない無念さは、炎とともに燃えさかります。
そのとき、一陣の強風が吹き、その香りは風に乗って平戸の瀬戸をこえ、
対岸の平戸島までただよいました。まるで、琵琶法師の魂が、
平通盛の住む宇久島まで届きたいという一念で、
この妙なる香りを遠くまで漂わせたかのようです。
光盛と里の人々は、あらためて涙を流し、静かに手を合わせました。
つづく