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円朝と鉄舟の出会いが、いつのことか不明だが、鉄舟は、こう言った。
「君は講釈がうまいそうだが、一つやってきかせないか」
「何をやりましょうか」
「そうだな。おれの家に子供らがいるから、みんなに桃太郎の話をきかせてくれ」
さて、円朝は困った。ずいぶん噺もしたが、まだ桃太郎はやったことがないし、おとぎ噺である。
困ってしまったが、鉄舟の注文だから、得意の弁舌にものを言わせて、一席、話し終わった。
ところが、鉄舟は「おまえの噺は、口で話すから肝心の桃太郎が生きてこない」と少しも面白がらない。
円朝は、口で話さないで何で話すんだろう、と釈然としない。それからは、高座で話していても、このことが頭に浮いてきて、彼を苦しめるようになった。
とうとう鉄舟のところに来て、日頃の苦しみを述べて、座禅をしたいと言い出した。
「そりゃ、いいところへ気がついた。早速、やった方がいい。」
「いずれ、家の方を都合しまして‥‥‥」
円朝が言うと、
「そりゃだめだ。おまえの、いそがしい体で、いつ都合がつくものか。今日からすぐ、やったほうがいい」
円朝は戸惑った。
「でも、先生」
「でもじゃねー。すぐ、やるとしよう。‥‥‥いいことをするのに、ぐずぐずするやつがあるか」
叱りつけられて、無理矢理、二階の一間に入れられ、屏風で囲われてしまった。大小便の用のほかは、一歩も出てはならぬという。食事は女中が運んできた。
円朝の家では、主人が出たきり帰ってこないので、心配して、弟子どもが鉄舟の家にやってきた。何か、不調法でもしたなら、お詫びするので、師匠を戻して欲しい、と嘆願する。寄席からも、頼みに来た。
円朝も、これには閉口して泣きっ面だ。鉄舟は怖い顔でにらみつける。どうにもならずに、進退窮まって「ままよ、どうでもなれ」と捨て身で参じた。すると、わずか一週間ばかりで、豁然、大悟の域に達したのである。
鉄舟が、また桃太郎の話をさせると、もはや前日の桃太郎ではなかった。元気溌剌たる桃太郎が、いきいきと鬼退治した。
鉄舟は喜んで、
「今度の桃太郎は生きている。この気持ちでやり抜けば、きっと名人になれる。役者がその身を無くし、剣術使いが剣を無くし、講釈師が口を無くさなけりゃ、ほんとの名人にはなれぬものだ。おまえも今の気持ちを忘れないで、進むようにすれば大成すること請け合いである」
と諭した。
円朝は生まれ変わった。彼は鉄舟が適水和尚に相談して選んだ無舌居士を名乗り、その妙技は人々を魅了した。
小島 英熙 『山岡鉄舟』より 日本経済新聞社
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徳さんの弟子筋にあたる一人に、人は良いのだが、その発想が何となく右翼チックな男がいて、徳さんいつも冷やかしては遊んでいる。
その彼が、どうしてもこの本を読めと薦める。
自分の心情の根拠はこの本にあらわされてる、というところだろう。
彼の心積もりをかわした積もりで引用部分を選んでみたが、彼の術中に嵌ったのかも‥‥‥。
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