「東北の旅」は、63回にして被災地を離れます。
遠野へ向かいます。
大槌町から雪の残る「笛吹峠」を超える道を選びました。
冒頭の画像は2月ですから雪で閉ざされていますが4月の雪は大したことないと思いましたがどうでしょうか。
「笛吹峠」は、遠野物語の読者としては無理をしても通りたくなる道です。
昔は大変な難路だったようです。
wikiよりの引用です。
冬期吹雪の候にはしばしば方向を誤まりて危難 . . . 本文を読む
大槌町の高台といえば城山です。
この城山まで逃げることができれば生き残ることができました。
しかし、登ることのできる道が狭く急でした。
城山の下にある町役場では、役場前の広場で緊急会議を開いていました。
そこを津波に襲われてしまいました。
書類上の避難場所は城山だったのですが、まさか津波が襲ってくるとは思いもしなかったので広場で会議をしてしまったと。
悔やまれます。
街の行政のトップや幹部が失わ . . . 本文を読む
2013年4月22日 午後
山田町の亀山ご夫婦宅を辞して、大槌町を目指します。
大槌町は昨年6月に続いて2度目の訪問です。
まず、AMDA大槌健康サポートセンターに行きました。
現在は近くに一時引越しをされています。
詳細はサポートセンターのブログに掲載されています。
ご覧ください。
冒頭の写真は、サポートセンターのワンちゃんです。
スタッフのみなさんは元気に活動されていました。
大槌町のホーム . . . 本文を読む
2013年4月22日
宿を出て、宮古市街⇒津軽石と45号線を走り、目的地山田町にたどり着きました。
漁師で釣船の船長、亀山さんに会いに来ました。
実は、この東北の旅ですでに紹介させていただいています。
もう一度、まとめて掲載いたします。
山田町についての記事です。
東北の旅 3
東北の旅 5
東北の旅 6
東北の旅 7
東北の旅 8
山田町の2010年の写真です。
震災後(2011 . . . 本文を読む
「国民休暇村 陸中宮古」ご案内
この東北の旅も59回になりました。
観光の案内は、ここ「国民休暇村 陸中宮古」が2度目です。
初回は「神割崎」です。
神割崎は、10分程度の立ち寄りでしたが、ここの休暇村は一晩泊まって朝夕のバイキングを美味しくいただきました。
東北の旅58でご紹介したように散策路からは素晴らしい風景を満喫できます。
ぜひ、東北旅行に行きましょう。そして、「国民休暇村 陸中宮古」に . . . 本文を読む
2013年4月21日
宮古市田老から45号線を再び南下します。
今夜の宿は、「国民休暇村 陸中宮古」です。
三陸海岸の宿をネットで探したのですが、数が限られます。
数少ない宿も復興支援の方優先でした。
「国民休暇村 陸中宮古」は、仕事の方、観光の方が半々のように見受けられました。
宿の周辺は遊歩道がつくられており、散策が楽しめそうです。
朝の散策を楽しみに床に入りましたが3時過ぎには目が覚めまし . . . 本文を読む
宮古市田老3で紹介させていただきましたあるブログとは、
「宮古on Web『宮古伝言板』後のコーケやんブログ」です。
管理人さんから丁寧なコメントをいただきました。
すでにコメント欄に公開されています。
重要な情報ですので記事として掲載させていただきます。
貴重な写真 (「あるブログ」の管理人)
2013-06-18 01:11:34
ここに掲載されている田老の第一防潮堤は昭和8年の大津波の . . . 本文を読む
防潮堤に囲われたスペースの風景です。
がれきが散乱しています。
水門の開閉操作ガイド盤です。
google earth より
震災前の田老(山側からの撮影) 赤いラインが防潮堤です。
震災後の田老です。
最後に町の宣言文を掲載します。
津波避難訓練が継続されていたことがわかりました。
津波防災の町宣言
田老町は、明治29年、昭和8年など幾多の大津波により . . . 本文を読む
宮古市田老の写真です。撮影日2013年4月21日
すべて防潮堤の上から撮影しました。
この防潮堤をジャンプするように乗り越えた津波は人々の頭上に落下してきたといいます。
右側の防潮堤は破壊されている。
三陸海岸全体で防潮堤の再建が進んでいる。
あるブログには批判的な意見も書かれていた。
. . . 本文を読む
2013年4月現在の宮古市田老の写真です。
万里の長城という表現は、その長さではなく、形から来ているように思いました。
万里の長城のように底辺が広い防潮堤です。
大変強靭な防潮堤です
住宅が破壊されても大部分は壊れていません。
しかし住宅や命が失われても防潮堤のみは壊れないということでは存在価値は認められません。
この城壁のような構えが「万里の長城」言われる所以でしょう。
水門 . . . 本文を読む
宮古港から田老へさらに北上します。
今夜の宿泊地 浄土ヶ浜を通り過ぎていきます。
ずいぶん、北に上がってきたような気がします。
でも、アキちゃんやユイちゃんが住む「北三陸市」はもっと北です。
私は398号線、45号線と走ってきましたが、もし海岸沿いに走れば(可能ならば)、とんでもないほどの距離です。
こんな海岸線が津波で破壊つくされたのです。
もちろん、もっと北も被害を受けていますし、南は福島、茨 . . . 本文を読む
宮古の街は通過するしかありませんでした。
港の水門が閉じられていました。
水門の前に車を停めて、写真を撮りました。
この階段を上って港の中を見ました。
赤いラインが45号線です。赤丸の位置が宮古港水門です。 . . . 本文を読む
今日は田老まで走らなくてはなりません。
急ぎ足です。
釜石港
昨年に続いての再訪です。
先を急ぎます。
両石、鵜住居町、大槌町。明日また来ます。
大槌町の復興商店街で休憩
さらに山田道路を経て
峠を越え 宮古へ
こんな場所にも小沢氏
宮古市に入ります。
. . . 本文を読む
2013年4月に行った東北被災地への旅を6月の中旬になっても書いています。
旅の目的であった「第2回復興グルメF-1大会」も、関係者の皆様、参加者の皆様の熱い心が爆発し大成功でした。
その気持ちを心に抱き、一人三陸海岸を北上します。
気仙沼市、陸前高田市、大船渡市と大きな街を走ってきた45号線は、大船渡市から釜石市の間はほぼ内陸部を走ります。
海岸の浸水域は他の地域に比べて少ないように . . . 本文を読む
大船渡市について、少し調べてみました。
市のホームページです。
大船渡市は、他の三陸の町々と同じように幾たびも津波に襲われています。
NHK東日本大震災アーカイブスより
45号線から東側が浸水しています。
西側が高台になっているために難を逃れています。
大船渡市に三陸町綾里という町があります。
今回、訪問できなかったのですが、
昭和大津波の後、高台に復興住宅を造り、今回の津波 . . . 本文を読む