天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

鷹3月号小川軽舟を読む

2023-02-26 15:05:39 | 俳句



小川軽舟鷹主宰が鷹3月号に「スピッツ」と題して発表した12句。これを山野月読と合評する。山野が○、天地が●。

冬晴や洗車の水を泡流る 
●この句の味噌は「洗車の水に」ではなく「洗車の水を」であることでしょう。
○そうですね。「洗車の水に」は気になるレベルではないのですが、それでも「洗車の水を」に比べると理屈っぽいですね。 
●理屈っぽいですか。むしろ、こなれた巧い助詞だと思います。 
○いや、「洗車の水を」を示されなければ感じない程度の理屈っぽさが「洗車の水に」にはあるんだなと。それはともかく、「洗車の水に」だと水の直線的な勢いに着目した描写になると思うのですが、「洗車の水を」の場合だと車のボディを覆い流れる水の面的な広がりを感じさせます。
 ●小生の感じでは、「洗車の水に」だと水と泡がくっきりと分かれてしまうんです。「洗車の水を」だと水と泡が一緒くたになって流れて行く感じ。ですから写生としては「洗車の水を」のほうが断然優れていると思います。 
○そうですね、「水」 と「泡」が一体となっているかどうかという違いもありますね。

縁石の落葉溜りに雀どち 
●わかりやすい句です。 
○こうした表現で「縁石」の作るちょっとした段差を思い描かせるのが、凄いですよね。 
●どうということのないところで一句を拾い上げています。

モルタルの壁にざらつく冬日かな
○「冬日」を「ざらつく」と触覚的に捉えたセンスが最高。 
●作者の得意のすり替え技法です。ほんとうにざらついているのは壁自体でしょう。それを日がざらつくと言ってしまっているわけです。これで味を醸し出しています。 

隙間風机の脚をめぐりけり
●わかりやすく取っ付きやすい句ですが、12句の1句とするほどおもしろいのでしょうかねえ。 
○「めぐりけり」という表現は、「隙間風」の直線的ではない動きやそれに要する時間を感じさせるように思うのですが、それが「隙間風」らしさとちょっとしたそぐわない感じがしました。「抜けにけり」くらいの感じじゃないかと思うのですが、それだと全くつまらない句になりますね。

蒲団あげし朝日の微塵やがて澄む
●朝、蒲団をしまう経験はしていますが、こういうふうに1句になるとは……。 
○このモチーフで着想できたとしても「布団の微塵」としちゃったら台無しですね。そうはせずに「朝日の微塵」として光の中を漂う「微塵」がリアルです。思い当たる景ではあるのですが、「澄む」まで見ていたことはないなあ。
 ●いやあ、豊かな句です。埃をここまで濃やかに見せてくれて楽しいです。

笹鳴や櫟林に日の戻り 
●季語に負担をかけずあっさり仕上げています。
○「日の戻り」というのは、雲に陰っていたのがそうではなくなる状況ですか? 
●はい、そうでしょう。曇っていたのが晴れました。
○質問ばかりで恐縮ですが、最後の「戻り」は名詞ですかね? それとも連用形? どちらもありと思うのですが、後者の方が味わい深い気がします。
●動詞の連用形でしょう。上五を「や」で大きく切った場合ここの連用形は揺り戻し作用が出て効きます。

スピッツの吠えしも昔日向ぼこ 
●いま犬を飼っていないのですね。 
○「スピッツ」という犬種そのものが昔ほど見かけなくなりましたよね。「スピッツ」は犬種的によく吠えるので、記憶の象徴としての「吠えし」も、思い起こす契機としての「日向ぼこ」もすごく納得できます。

梢まで冬木暮れたり仔犬欲し
●「梢まで冬木暮れたり」にそうとうの寂寥感があります。 
○「仔犬」を連れて散歩に行きたいんだろうな。わたるさんの言うように上五中七の「寂寥感」を増幅させる下五「仔犬欲し」ですね。 
●前の句と併せて、犬を飼いたいのですね。 
○前句繋がりで読むのは自重していたのですが(笑)、便乗して言えば、日向ぼこから暗くなるまでの時間の経過に、かつて飼っていた犬への愛情を思いました。

ぐじ焼いて竈の飯のやはらかし 
●「ぐじ」は、福井県・京都府でいう甘鯛のことです。身が柔らかく、ぐじぐじしているから、とか、釣り上げるときにぐじぐじ鳴くから、とかいうことがの呼称の由来らしいです。 
○「ぐじ」って聞いたことはありましたが甘鯛なんだ。この「ぐじ」の脇役的な扱いが面白いな。 
●「ぐじ」も飯もやわらかくて食欲を誘う句です。

ポンペイの紅の夢冬深し 
●ポンペイはイタリア南部の都市で、西暦79年のヴェスヴィオの大噴火で発生した火砕流によって地中に埋もれたことで知られています。 
○「紅」は火砕流のメタファーであるとともに、ポンペイ遺跡の壁色としてよく言われるポンペイ・レッドでもあるのでしょうね。ヴェスヴィオの噴火自体は確か秋だったかと思いますが、この措辞には「冬深し」ですね。 
●季語の良し悪しはさておき、噴火、火砕流の光景をポンペイと思った心理ってなんなんだろう。夢なんかでそこがポンペイであるなんて特定できるのでしょうか。心理学へ踏み込んでしまうのだけれど。 
○えっ、句中の「夢」は睡眠中に見るそれではないのでは?「ポンペイ」関係の書物か何かに触れた感慨として読みましたが。
●睡眠の夢でなくポンペイを描く場合こういう表現になりますか。噴火で町が埋まってしまったのは夢どころではなく被災でしょう。誰かに意見を伺いたいところです。

バスタブに脚投げ出して草城忌 
●日野草城で真っ先に思い出すのが1934年、『俳句研究』4月号に発表された「ミヤコホテル」10句です。新婚初夜をモチーフとしたエロティックなテイストが話題になりました。作者は「バスタブ」というキーワードでホテルを想像してくれるように図ったと思います。 
○なるほど、そうか。忌日季語の上手い処理ですね。 
●あのころ草城は新奇に満ちていましたから「バスタブ」の軽さは象徴的でしょう。

フラッシュに闇の跳び退く寒さかな 
○カメラの「フラッシュ」だと思いますが、仲間内とか家族での撮影という感じがしません。ゴシップカメラマンとかに闇討ちをかけられた瞬間のような。 
●はい、いい読みです。問題の男女が顔を隠して横へ逃げたというような場面ですね。闇も被写体も跳び退いたという感じ。いいですね。 
○17音でそんなことを表現できるのかと、驚きます。


撮影地:Jタワークリニック付近(府中市)
コメント
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