天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

ままならないから私とあなた

2018-05-08 14:08:32 | 


『ままならないから私とあなた』は、朝井リョウの小説。2016年、文藝駿春秋刊。
同名の中篇のほか、短篇「レンタル世界」を含む。

「ままならないから私とあなた」は簡単にいうと、
無駄なことを次々と切り捨ててく薫。無駄なものにこそ人のあたたかみが宿ると考える雪子。幼いときから仲良しだった二人の価値観は、徐々に離れていき、そして決定的に対立する瞬間が訪れるという展開。
二人のほかに雪子の恋人となる渡邊くんが主要人物。

ヘルマン・ヘッセの『ナルチスとゴルトムント』(邦訳『知と愛』)を彷彿とさせる二元論の人物設定。
薫は数学ができる合理主義の権化として、雪子は生身を大切にする情愛の女性として描かれる。
薫は学校で友だちをつくったり交友関係を築くことに懐疑的で雪子が唯一の友人。体育は休んでばかりで水泳だけは船が沈んだとき役立つからとの理由でやるような少女。
雪子が望む「自分らしい音楽」を得意の技術で駆使して創造しようとする。したがって「おふくろの味」といった抒情的な世界に留まることに満足せず、分析と統合により新しい世界を再構築する世界に入っていく。
創造といっても0から1を生むようなことはほぼない。たいていすでにある1を2にしたり5にしたりしている。文化は再構成である、という視点で合理を追求する。
薫は音楽において新しい技術を開発し、企業を立ち上げて成功。雪子が望む「自分らしい音楽」を雪子の資質の分析と統合でつくってやろうとする。

二人が進めてきた「雪子らしい音楽」はほぼ同様のものに至り、雪子は呆然とする。薫に「自分の予想通りに動いてくれないものが怖いんじゃない」と切りかえす。
終盤の二人の激突は見どころ。押したり押されたりして息がつけない。それは作者の中での二元論のぶつかり合いなのである。古くて永遠のテーマに作者はまじめにぶつかっていてスリリングである。

「レンタル世界」は、結婚式などで友人の役を演じて出席する「レンタル友達」「レンタル恋人」「レンタル妻」などがテーマ。
この話のおもしろさはネタバレになるのでこれ以上書けない。
キーワードになる言葉をレンタル美女がいう。「その場をしのいだ先に解決の糸口が見つかるかもしれないでしょ」
両作品とも、正しいと思われていることとそうでないこと、ほんとうということと嘘ということ、真実と仮初……それが混じっているのが世界であると主張する。
その間で揺れ動き簡単にどちらかに組すせないではないか、簡単に決めようとすることを考えて欲しいという作者の声が聞こえる。作者の若さと奥行の深さが心地よく伝わる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする