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月刊 きのこ人

【ゲッカン・キノコビト】キノコ栽培しながらキノコ撮影を趣味とする、きのこ人のキノコな日常

『グリーンブックス33 キノコ』

2012-02-18 12:46:09 | キノコ本
『グリーンブックス33 キノコ』 矢萩信夫

『魚の剥製の作り方』『オオムラサキの繁殖法』『土壌動物の観察と調査』などなど、100を超える豊富なバリエーションと、そのあまりに渋すぎるラインナップで、自然科学好きで多少マニアな青少年たちの心をわしづかみ、その燃えさかる向学心を40年も前からバックアップし続けてきたであろう、ニューサイエンス社グリーンブックスシリーズ。そのエントリーナンバー33番、『キノコ』。

初版発行は1977年。美しいイラストやカラー写真がたっぷり入った読みやすい本がいくらでも手に入る現在とは違い、写真はモノクロ、イラストは垢ぬけない手描き、文章も先生然とした飾り気のないもの、そういうのが当たり前の時代だ。そしてこの本もその例にもれない。

それでも、ああそれでも。

こんな見栄えのしない本に心くすぐられてしまうのは私だけだろうか。
昆虫少年が学校から帰ってくるなりカバンを放り投げてタモ網と虫カゴを持って出かけるみたいに、キノコ少年はもう理由なんかを考えるヒマもなくキノコを探しに出かける。そんなときに必要なのは、分厚くて豪華な図鑑でもない、正確でスマートな教科書でもない、ただ、でっかな「好奇心」だけなんじゃなかろうか。

本は、そんな子供たちの背中をちょっと押すだけのものでいい、不十分でもいいから、不正確でもいいから。

なんか、漠然とそう思うんだよね。そうすると、このグリーンブックスほど似つかわしいものは他にないんじゃないかと思えてしまう。もし私がもう少し早く生まれていたならば、少ない小遣いから750円をやりくりしてこの本を買い、胸を高鳴らせながら最初のページを開いていたかもしれない。今はなんでもあるから、そういう気持ちって忘れがちだけど、とても大事だと思う。




さて、この本の内容だけど、やはり現在の水準から見れば、作りが粗末で情報も古く、使えるものではない。きのこのイラストなんかは著者自身が描いたのだろう、その手作り感があふれすぎる中身は、情報源という点でかなり心もとない。それでも標本の作り方が記してあるあたりは、面目躍如かな。巻頭にカラー写真が2枚だけ入ってる。

ページ数は100ちょいだけど、その半分以上をキノコ60種の紹介に当てている。もっと総論が多くても良かったと思うけど、すごく一生懸命書いてるのが分かるから、これでいいことにしとこう。

当時としては貴重なキノコ本だ。

ちなみにグリーンブックス51に『冬虫夏草』がある。やっぱ渋い……。

『世界のキノコ切手』

2012-02-12 00:04:16 | キノコ本
『世界のキノコ切手』  飯沢耕太郎

近年、とみに胞子活動を活発化させている飯沢耕太郎氏がおそらく最初に手がけたキノコ本。

そもそもがマイナーなキノコなのにも関わらず、さらにその上を行って「キノコ切手を集めてみました」と来たか。その行きすぎ感というか突き抜け感というか、採算度外視にもほどがあるが、出版元のプチグラパブリッシングさんも
「こんな企画通るかっ!おととい来やがれってんだ、べらぼーめ!」
とか言わずに、よくぞ受けてくださいました。

あとがきによれば、キノコ切手収集が趣味だった飯沢さんと別の企画で出会ったこの本の担当者さんが、たまたまキノコ好きの切手好きだったことから始まったのだとか。まさしく偶然の産物。別々の胞子から伸びた2本の菌糸がごっつんこして絡み合う、そんな場面を想像してしまう。

さて、中身はというと、これがけっこう出来が良くて。
集めも集めたり800をゆうに超える世界中のキノコ切手が地域別にまとめられているのだが、その多彩なこと。伝統あるキノコ文化を持つ東西ヨーロッパをはじめとして、北米、中南米、アジア全域、オセアニア、それに中東からアフリカまで、ありとあらゆる地域から発行されている。中にはサントメ・プリンシペとかいう聞いたこともない国が大量に発行していたりして(どうやら貴重な収入源らしい)興味は尽きない。
絵柄も多彩で、描かれるキノコの種類が多いのはもちろんのこと、写実的なもの、メルヘン調のもの、極彩色のもの、動物とセットで描かれているものなど、タッチも多様で地域色豊かなのが楽しい。

個人的にはハンガリーやチェコスロバキアあたりのが好きだなー。スウェーデンも渋くていい。タイやベトナムなど東南アジア勢も意外に侮れないし、モンゴルなんかも悪くない。ディズニーキャラの足下とかにチョロっと生えてて、え?キノコどこにあるの?ってのも混じってて、これはこれで楽しめる。

挿入されるコラムや巻末の対談も小気味よく、全体のデザイン・レイアウトとあいまって非常にバランスの良いまとまり具合。この本で味をしめたのかどうかは知らないけれど、この後も飯沢さんがキノコ本を連発して新しい潮流を生み出したことを考えると、この地味な本はけっこうエポックメイキングな立ち位置にあるのかもしれん、などと思ったりする。

新しい日本のキノコ切手、早く出ないかなー(現行では激ショボのシイタケ切手のみ)。

『持ち歩き図鑑 きのこ毒きのこ』

2012-02-08 22:20:26 | キノコ本
『持ち歩き図鑑 きのこ毒きのこ』  監修 横山和正 執筆 須田隆 中沢武 村岡眞治郎

最小クラスのポケットきのこ図鑑。縦に細長い形なので、まさしくポケットに入れることができる。

ただ、中身のほうはポケット図鑑の分際で相当に欲張ったようだ。おもだった栽培キノコには栽培風景の写真がついていて、光るキノコ、カエンタケ、虫草類などネタ系キノコはもちろんのこと、タマノリイグチやキリノミタケ、ウスキキヌガサタケなどレアキノコも押さえてある。おまけにコラムも7つ付いてるという充実ぶり。

ちょーっと待て。

超小型ハンディ図鑑でそこまでサービスする必要があるのか。おかげで普通のキノコが圧迫されてなんだか変なことになってるぞ。

ヒラタケ科8種
ヌメリガサ科6種
キシメジ科53種
テングタケ科18種
ウラベニガサ科6種
ハラタケ科12種
ヒトヨタケ科6種
オキナタケ科1種
モエギタケ科12種
フウセンタケ科4種
チャヒラタケ科1種
イッポンシメジ科7種
ヒダハタケ科1種
イグチ科13種
ベニタケ科10種

ヒダナシタケ類83種
腹菌類20種
キクラゲ類9種
子嚢菌類37種

掲載種を分類してみた。このサイズの図鑑で300種超えは偉大だと思うが、なんかバランスがおかしい。掲載種700の幼菌の会きのこ図鑑ですら7種のヒラタケ科を、ここに8種載せた時点で不安を覚えなかったのか、キシメジ、テングタケ、ハラタケ、モエギタケまでそのペースのまま来て、ふと気付いたのかもしれない。

「やべ。おさまりきらん。どうしよ……」

危機に陥った筆者たちは、ここで英断を下す。

「てえええい!フウセンタケは4種!」

しかもそのうち3種が毒というあまりの不遇さ。日本フウセンタケ協会からクレームがつくこと間違いなしだ。

その後のイグチ13種、ベニタケ10種も窮屈だ。タマノリイグチとか載せてる場合じゃないかも。しかもベニタケ科のうちベニタケ属はアイタケのみ、のこり9種がチチタケ属という不自然さ。きっとチチタケ教の本尊・栃木県民に買収されたに違いない。おそるべし栃木。

いや、それはいいんだ。そんなことよりも……

オニイグチ科はどこ?

ということで、つっこみどころ満載の図鑑ではあるのだが、ヒダナシタケ類が83種という異例の大充実ぶり。地味だし食えないキノコが多いということで、コンパクト図鑑では普通、ぞんざいな扱いをされることが多いグループ(特にサルノコシカケ系)だが、この図鑑では獅子奮迅の活躍を見せている。
腹菌や子嚢菌も多い。すげぇ、ツチダンゴとかマユハキタケとかも載ってる。

以上、いまひとつ制作意図がつかめないきらいがある図鑑だけど……ま、おもしろいからいいや。

『キノコの効用』

2012-02-06 12:43:18 | キノコ本
『キノコの効用』 鈴木高之

『元薬事監視員の著者が、医学・薬学・栄養学・農芸化学の学会誌などに発表されたキノコの効用をわかりやすくまとめ、解説しました』
という帯の文句、そのまんまの内容。恨みがましく言わせてもらえば、まとめただけで解説してないような気もするけど。

以下引用

≪エノキタケの熱水抽出物は、動物実験やヒト臨床試験(経口投与)で抗腫瘍作用が認められている。
ちなみに、長野県内のエノキタケ生産農家を対象に疫学調査を実施した結果、エノキタケの日常的な摂取により癌死亡率が低下することが明らかになった。
また、エノキタケ粉末配合飼料によりラット群を4週間飼育した実験では、対象群に比べて血漿コレステロール値が著しく低下したそうである。≫

で、関係する論文のサマリーみたいなのがつらつらと続く。

ていうかゴメン。これ要らんわ。

科学的根拠のない情報は載せない!という堅さが身上。研究者か、キノコ業者、健康食品系企業の人なら使えるかも。でもせめてもーちょっと噛み砕いてよ。

掲載キノコ20種:アガリクス、エノキタケ、エリンギ、キクラゲ、クロアワビタケ、シイタケ、シロキクラゲ、タモギタケ、チャーガ、冬虫夏草、ナメコ、ハタケシメジ、ハナビラタケ、ヒラタケ、ブナシメジ、マイタケ、マッシュルーム、マンネンタケ、メシマコブ、ヤマブシタケ

『乙女の玉手箱シリーズ きのこ』

2012-02-02 22:42:00 | キノコ本
『乙女の玉手箱シリーズ きのこ』  とよ田キノ子 監修

おっ、乙女の玉手箱シリーズ!宝箱じゃない、玉手箱!この微妙に古風で魅惑的な響き!

かつては生き物の本と言うと犬猫といったペット、さもなくば教育モノか図鑑くらい、といった窮屈さを感じさせるもんだったけど、近頃は、なんだかよくわかんないマイナーな生き物の本も出るようになった。しかも多様な視点で取り上げられるようになって。たとえばそんな生き物たちのフォルムだとか配色だとか、デザインという観点から……そんな流れで、キノコにもこんな本が出版される日が来たのだなぁ、などとちょっと感慨深く。

知る人ぞ知るキノコ女子にして重度のキノコ病患者・とよ田キノ子さんの手による、ビジュアルに特化した「きのこカタログ」。編集がすこし変わってて、五つの動詞をテーマにして章が立てられている。

雑貨や服飾、切手など、きのこアイテムが一堂に会する『愛でる』
日本全国のきのこスポットを巡る『旅する』
意匠やシンボルとしてのキノコ、生き物としてのキノコ、本・写真・映画……『調べる』
ホクトぉぉぉぉ!エリンギぃぃぃぃ!『食べる』
キラ星のごとく活躍するきのこアーティストたち『発信する』

おお、この五つの「Do」に込められたアクティブなパワー!俺が追い求めてきたのはこれだ!キノコ雑貨を集める、キノコ写真を撮る、キノコオブジェのある公園を探索するなど、どう考えても無駄なことにだって、実はメチャメチャ意義があるような気が俺もしてきた!
現代というカチコチと凝り固まった世界に、自分なんかは窮屈さを感じるわけだけど、こーいう感性に触れるとノーミソに風穴を空けられるというか、ブチ抜かれるというか、はっはー、なんだか元気が出てくるねー(なに言ってんだか)。

さてさて、この本でもうひとつ注目すべきはデザインかな。五つの章はそれぞれ橙、緑、青、ピンク、紫を基調に構成されていて、そのカラフルさがキノコをかわいくポップに演出している。気分がウキウキするね。それでいてシュールで妖しい空気もふわっと。レイアウトもよく練られているみたいだし、印刷もバッチリ。

個人的にスゴイ良い出来だと思うんだけど。これを機にもっときのこコレクターやきのこクリエイターが増えるといいな。

ただ、この『乙女の玉手箱シリーズ』というのが、まだ『きのこ』の他に『マトリョーシカ』しか出てないのが気になる。きのことマトリョーシカ……いくら玉手箱に入れるったってマイナーにもほどがある。きのこの名誉のためにも早く仲間を増やしてくれい。

それにしてもグッチのきのこスカーフが素敵すぎる。

『きのこの100不思議』

2012-01-31 12:49:25 | キノコ本
『きのこの100不思議』  日本林業技術協会 編

私が学生のころには書店の自然科学のコーナーでけっこう幅をきかせていた「100不思議シリーズ」の一冊。

何のことはない、いろんな人たちの持ち寄った見開き2ページ分のコラムを100コ寄せ集めたという、いくぶん投げやりながらも多彩な(悪くいえばゴチャゴチャな)内容。

社団法人が編集者(現 一般社団法人日本森林技術協会)ということで、原稿を依頼された人々が、森林総研や国立大の研究者など、相当に官公庁寄りではあるのだが、さすがにこれだけ人数がいるので(一人で複数書いてる人がいるので80人くらい)、かなりいろんな話が読める。メインはやっぱりキノコの生態や変わったキノコの紹介、それに栽培キノコや毒キノコ、薬用キノコなんかのエピソード。中にはオオキノコムシの研究やキノコの方言の地域性なんかの話もあっておもしろい。たまにアカデミック(マニアック?)過ぎてよくわからんのが混じってるけど。

今じゃ飯沢耕太郎さんが頑張ってるけど、文系方面からのアプローチが多ければ、もっと多様にできたと思う。ただ、それだとますます雑多でわけわかんなくなってしまうので(本屋のどこを探せばいいのか分からなくなる)、とりあえずこれでいいと思うよ、ウン。

三洋電機の研究者でヤコウタケの研究してる人がいたのには笑った。缶詰会社の取締役が次代のマッシュルーム工場について熱く語ってたりするのもいい。もっと民間の人ばかりを集めて同じような本をこさえてみたいなー。かなり面白い本になるかもしれん。


『ヤマケイポケットガイド15 きのこ』

2012-01-26 00:24:59 | キノコ本
『ヤマケイポケットガイド15 きのこ』  小宮山勝司

写真図鑑のヒットを連発してきた山と渓谷社の人気シリーズ『ヤマケイポケットガイド』の一冊。

手のひらサイズの携帯図鑑にはきれいなキノコ写真が収められており、さらに生育場所や発生時期、形の特徴などを箇条書きにしてあるきのこデータ、くわえておなじみ小宮山さんのソフトで要を得た解説文が添えられている。

構成は、発生場所別(シイ・カシ林、カラマツ林など)になっていて、キノコ狩りにはもってこい。箇条書きのデータが使い勝手がよい上に写真のレベルが高く、見ているだけでも楽しい。

スペースの都合上、掲載種が約220種と物足りないのと、字が細かくて読むのが少しつらいのがタマに傷だけど、数多あるコンパクト図鑑の中では傑作の部類に入るだろう。このサイズの制約の中でよくぞやった、という感じ。内容を別にしても、このサイズ、厚み、重さ、装丁の配色バランスまで含め、持っていてなんとも気持ちがよくて絶妙なのだな、これが。

ちなみにこの写真のは2000年発行の旧バージョンのもので、現在は2010年に発行された新装版『新ヤマケイポケットガイド10 きのこ』が出回っている。ところがこの新装版というのが、この旧バージョンのより大幅にダサい装丁で。しかも紙質が変わって厚みも重さも半分近くに。「コンパクトになって使いやすい」って?

違う、それは違うんだ!

ああ、せっかくのパーフェクト持ち心地が……ちょーっと責任者さん、出て来てくんないかなー。

『ライカ伝』

2012-01-21 20:57:55 | キノコ本
『ライカ伝』上・下巻  川崎ゆきお

個性の強い(アクの強い?)漫画家を集め、勇名をはせたマイナー漫画雑誌『ガロ』においてさえ、なおマイナーをきわめた漫画家・川崎ゆきおによる、えー、ファンタジー?SF?空想戦記モノ。

ストーリー:近代的な兵器を中核にした強大な武力をもって覇権を握っていた「ライカ帝国」の大王が凶弾に倒れた。彼のカリスマ性によってひとつに保たれていた帝国はにわかに団結を失い、同盟関係にある大国「ニホン国」の思惑もからんで、一触即発の状況に陥る。
一方、重傷を負ったまま行方不明となった大王だが、奇跡的な生還を果たすも国政にはもどらず、隠遁していた。彼の関心は、今やただひとつの疑問に集中していたのだ……『すべての人間にとっての母なる存在「神」は本当に実在するのか?』彼は隠密裏に少数の部下を集め、神が居ると伝わる北の砂漠の果てへと向かう……

時代も場所もよくわからないところで繰り広げられるスケールのでかいストーリーで、架空の世界地図や各国の勢力関係、さらに大まかな歴史の流れまで別紙にまとめてくっつけられている凝りよう。ただひとつ、大きな問題が……

この人の漫画、本当にヘタで。デッサンは狂いまくり。ネームはヘロヘロ。私でも描けそう。よくこれで漫画家を志したもんだなー。キングギドラに折りたたみ傘で立ち向かうほど無謀だと思う。画の下手さで日本随一といわれる蛭子さんも真っ青だね(どうやら仲良しのようだけど)。

タイトルでもわかるように、けっこうコアなカメラマニアらしく、国や地名にカメラメーカーの名なんかが使われてるけど、それはさておき。

この神様ってのが、キノコの形をしておりまして。っていうか、キノコで。このキノコと大王の会話の中で、世界の謎が解かれるんだけど、不相応に大きいと思っていた話の規模が、ここでさらにスケールアップ!そーいうお話だったのか!ということに。画はアレだけどストーリーは妙にいいんだな、これが。けっこー好き。



ちょっと入手が難しい漫画だけど、そこまでして手に入れるもんじゃないのもまた事実。

『家守綺譚』(いえもりきたん)

2012-01-16 22:23:16 | キノコ本
『家守綺譚』 梨木香歩

≪以下引用≫

 さて松茸である。
 まだ学生の頃、友人と連れ立って松江まで行く途中、丹波の友人の実家で松茸狩りをしたことがある。松茸狩りはそれ以来だが、吉田山を散策中にそれとおぼしきものを発見、匂いもたぶん間違いなかろう、というので食うてみたら違っていた。そのときは一両日の腹痛だけですんだが、あれは猛毒の何とかいう茸で、松茸とは似ても似つかないではないか、しかも腹痛だけですんだとは、ずいぶん野蛮な内臓であると、菌類が専門の友人から馬鹿にされた。それ以降茸の判別には多少自信を失っている。しかし和尚がああもしっかり裏山に出ていると断言したのだから、まあ、間違いなかろう。たとえ間違えたにしても、食べる段になって和尚がそれは違うと云ってくれるだろう。
 松茸というのはこういうところに生えるのだ、とゴローに云って聞かせながら、足先で赤松の根方の、腐葉土の積もったところなどを掘ってみせる。すると黒っぽく丸い、明らかにきのこの仲間ではあるのだが、松茸とはとても言えない何かが飛び出してくる。茶色い粉など吹きながら。
これは松茸、ではない。念のため、ゴローに断っておく。ゴローは最初から興味はなさそうにしていたのだが、ふいっとそばを離れると、どこかに消えてしまった。仕方がない、こうなれば自力で何とか、と目を皿のようにして辺りを見ていると、今行ったはずのゴローが帰ってくる。一匹ではない。連れがいる。犬ではない。人のようだ。尼さんだ。なんだか足元がふらついている。

 ――具合でも悪いのですか。
 思わず声を掛ける。
 ――苦しいのです。吐き気がして。頭が割れんばかり。
 ――大丈夫ですか。
 おろおろして思わずそう云ってしまったが、馬鹿なことを云っていると自分でも思った。見るからに大丈夫ではないし、本人もそう訴えているのに。

≪引用終了≫

梨木香歩。はじめてこの人の文章を目にした時、「こんなにきれいな文章を書ける人がいるんだ」と衝撃をうけたのを覚えている。それ以降、さほど多くない読書量の中で、新しくいくらかの作家さんの文章に触れてもきたけど、その印象はいまだ変わらない。すなわち、梨木香歩よりきれいな文体を持つ人に会ったことはない。もっとも、今の私にはこの文章は純度が高すぎて、一度にたくさん読むのがしんどいのだけど。えーと、酸素濃度がめちゃめちゃ高い空気を吸い続けるようなイメージで。

『家守綺譚』は明治か大正あたりの時代の京都のはずれ(たぶん山科あたり)を舞台にした小説。書生上がりの貧乏作家・綿貫は、とある一軒家の守りとして、そこに仮住まいをすることになる。ある雨の夜、掛け軸の中から今は亡き親友が訪ねてきて……というお話。数ページずつの小さな章建てになっていて、それぞれの章に草花の名が冠されている。それぞれの話はその草花が鍵になるという、植物に造詣の深い作者ならではの構成。作中でカッパやら狸やら、もののけの類が出てきても、ごく自然に受け入れられてしまう雰囲気が心地よい。

引用したのは『ホトトギス』の章。松茸のほかにキノコが2種類登場していて、それを想像してみるのがおもしろい。

間違えて食ったのはカキシメジ?でも似ても似つかないで猛毒なんだったらコテングタケモドキも範囲内かも……とか、松林にある黒っぽくて半地中の腹菌ってなんだろう、ああ、でも落ち葉に隠れてただけかもしんないから、どの線もあるな……とか。

キノコは動物でもなく植物でもない境界線上の存在なので、人間界ともののけ界、ないし、あっちの世界?との境界が曖昧なこの物語の世界観にふさわしいんでしょうな。

まあストーリーとかはさておいても、私が惚れこんだのは、この文章の「音」の流れの気持ちよさなので、そういう視点で引用文をもう一度読んでみてくださいーな。めっぽう朗読向けなのであります。

『センセイの鞄』

2012-01-08 21:47:06 | キノコ本
『センセイの鞄』 川上弘美

≪以下引用≫

「ツキコさん、その魚は生きがよさそうだ」
「ちょっと蠅がたかってますよ」
「蠅はたかるものです」
「センセイ、そこの鶏、買わないんですか」
「一羽まるごとありますね。羽根をむしるのが難儀だ」
 
 勝手なことを言いあいながら、店をひやかした。露店はどんどん密になってくる。軒をぎっしりとつらね、呼び込みの口上を競いあっている。
 おかあちゃん、このにんじん、おいしそうだよ。子供が買い物籠を提げた母親に向かって言っている。おまえ、にんじん嫌いなんじゃなかったの。母親が驚いたように聞く。だって、このにんじん、なんかおいしそうなんだもん。子供は利発そうな口調で答える。ぼうやよくわかるね、うまいんだよっ、この店の野菜は。店の主人が声をはりあげる。

「うまいんでしょうかね、あのにんじん」センセイは真剣ににんじんを観察している。
「普通のにんじんに見えますけど」
「ふうむ」
 
 センセイのパナマ帽が少しはすになっている。人波に押されるようにして歩いた。ときおりセンセイの姿が人に隠れて見えなくなった。そこだけはいつも見えているパナマ帽のてっぺんを頼りに、センセイを捜した。センセイのほうはわたしがいるかいないかにはぜんぜん頓着しない。犬が電柱ごとに止まってしまうように、気になる露店の前に来ると、すぐさまセンセイも立ち止まってしまう。
さきほどの母子連れが茸の露店の前に佇んでいた。センセイも母子のうしろに佇む。
 かあちゃん、このキヌガサタケ、おいしそうだよ。おまえ、キヌガサタケ嫌いなんじゃなかったの。だってこのキヌガサタケ、なんかおいしそうなんだもん。母子は同じことを言い合っていた。

「サクラだったんですね」センセイは嬉しそうに言った。
「母子連れっていうのが、ちょっとした工夫でしょうかね」
「キヌガサタケってのは、やりすぎです」
「はあ」
「マイタケくらいにしておいたほうがいい」

≪引用終了≫


……とらえどころのないほんわりとした中に、時おり妖しさ、怖さが見え隠れしたりする独特の文体を持つ川上弘美のベストセラー。四十路手前の「ツキコ」さんと、その高校時代の教師で、どっからどう見ても正真正銘おじいさんの「センセイ」。師弟のような酒飲み友達のような恋人のような…という奇妙な間柄のふたりが、ほぼ四六時中酔っぱらいつつ、すっとぼけた掛け合いをしながら時を重ねていく。

ここに「キノコ狩」の話が入っていて、けっこう密度が濃いのでそれもおもしろいのだけど、それとは別に露店の市を二人で歩く話「ひよこ」の一節にインパクトがあるので引用してみた。……キヌガサタケ売ってるってすごいな、というか、茸の露店ってこういう場所に普通あるか?これ日本?

もっとも、この作者の場合、本人が酔っぱらったまま文章書いてんじゃないかと思われるフシがあるばかりか、ラリってんじゃないかと疑いたくなるような幻覚の描写もしばしば出てくるので、冷静なツッコミはなんら意味をなさない。本書の「キノコ狩」の話では、まさしく毒キノコを食べる話題になって、キノコ汁食べて酒飲んで干しベニテングタケ?噛んで、あげくに最後わけわからなくなっている。

キノコ作家の最右翼に認定してよいのではなかろーか。

『夜は短し歩けよ乙女』

2011-03-03 23:36:07 | キノコ本
≪私は気が焦るあまり、万年床から這いだして、しばらく四畳半をぱたぱたと手のひらで叩いて回り、どこかに貴重な才能が転がっていないかと探し回った。そこでふいに、一回生の頃、「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を信じて、「才能の貯金箱」を押し入れへ隠したことがあったような気がした。「アレがあったではないか!おお、そうだ!」と私は嬉しくなった。

押し入れを開けるとそこは大きく育った茸だらけであった。「いつの間にこんな有様に」と怪訝に思いながら、私はヌメヌメする茸を押しのけた。奥から取り出した「才能の貯金箱」は黄金に輝いている。あたかも私の未来を象徴するかのように。私は貯金箱を逆さまにして、狂ったように叩いてみたが、出てきたものは一枚の紙であった。そこには、「できることからコツコツと」と書かれていた。

万年床に倒れ伏し、私は危うく号泣しかけた。≫


『夜は短し歩けよ乙女』  森見登美彦 著

頭でっかちのヘタレ京大生であるところの「先輩」と、彼が追いまわし続けている総天然系美少女「黒髪の乙女」が、主客交代しながら繰り広げるキュートでポップな痛快大活劇。夜の先斗町や学園祭などを舞台に、年中浴衣の自称天狗・樋口や鯨飲美女・羽貫、高利貸しの老翁・李白、詭弁論部やパンツ総番長など、魅惑的な脇役を巻き込みながら展開するドタバタは、武田騎馬軍団も真っ青の怒涛の進撃ぶり。著者・森見氏の無用に小むずかしい修辞の連続攻撃が装飾過多なストーリーに花を添える。

本作には達磨、林檎、鯉、招き猫、行燈、炬燵などといった魅力ある小道具がふんだんに用いられ、「赤」の統一された視覚的イメージを築きあげているところが素敵。そして近年めきめきと頭角を現してきた氏の作品には、キノコも時おり登場する。現実と妄想がごっちゃになり、なんだかよくわからないファンタジー小説と化す本作をはじめとして、彼の作品には持ってこいの意匠だと思う。

それはさておき「黒髪の乙女」がキュート過ぎる!もはや反則!ヘタレの先輩など薙ぎ倒し、私が黒髪の乙女ストーキング部の部長に名乗りをあげるぞ!(←ヘタレほぼ同類)

『カッパときのこ』

2011-02-18 20:35:39 | キノコ本
『カッパときのこ』  魔神ぐり子 著

クールなカッパとノータリンなきのこがドタバタ漫才を繰り広げるギャグ漫画。

一言で言って駄本。(ああ、言っちまったよ)

というか、この程度のマンガが単行本化されたことにもっとも疑問を持っているのが作者自身で、そのこと自体をネタにしているあたり、もはや救いがないと言うべきか、それともしたたかというべきか。やる気のない装丁(これ自体もネタ)が全てを物語っている。

女性作者とは思えない下ネタの嵐&過激ドツキ漫才は『サイバラ茸』の西原理恵子の系譜か(そんな系譜があればの話だけど)。毎回ひどい目に遭い、血まみれになって倒れているきのこが哀れ……

ゴメンナサイ、けなしてから言うのもなんだけど、こういうしょーもないマンガ、私大好きです。

さすがにこれじゃまずいと思ったのか、描き下ろし四コマ漫画2作品を追加収録。それにしてもブックオフでこの本が一冊だけ棚から引き抜かれて置いてあったのを見つけた時は運命を感じたよ……ホンマしょんない運命だけど。


※サービス:カッパときのこの表紙でのやりとり

きのこ「単行本になるのはいいけどさ まずはこのタイトルはダメだろって マンガのタイトルってものすごく重要だぜ?読者が興味をいだいて本を手に取るかどうかが売上げを左右するんだし」「そんなワケでタイトルをいじるべきだと思う 今のままじゃ極一部のマニアが買うだけだ!!」「飽和状態の出版業界で手を抜いてはいかんのだよ!!」

カッパ「糞偉そうに言うからには読者の食指を刺激するタイトルを考えられるんだろうな?ええ? 言ってみろよホラ」

きのこ「…えーと」「『カッパときのこと辛そうで辛くない少し辛いラー油』?」

カッパ「表紙で時事ネタとは冒険するにもほどがあるぞ」

『キノコの魅力と不思議』

2011-02-09 20:57:54 | キノコ本
『キノコの魅力と不思議』 小宮山勝司 著

「21世紀を賢く生きるための科学の力を培う」というポリシーの下、創刊された『サイエンス・アイ新書』の一冊。
近年のブーム(といっても消費者のではなく出版サイドでのブーム)で、新書の創刊が相次ぎ、新書という枠組みが随分拡張された感があるが、この本も新書でありながらオールカラーで画質のいいキノコ写真をバリバリ載せており、ヘタなハンディ図鑑ならばビジュアル勝負でも負けそうなシロモノ。ひと昔前から見れば隔世の感、といったところか。

さて本書、サブタイトルに『見た目の特徴・発生時期・場所から食感・毒の有無・中毒症状まで』などとやたらと長い能書きがついており、「お、硬派。やる気マンマンじゃないの」と思いながらページを繰ってみると

ちょっと待てー、中身めっちゃ軟派やん。

一種類ごとにキノコを紹介していく、という体裁をとっているものの、内容はぶっちゃけ、きのこエピソード集。『ペンションきのこ』のオーナーであり、名だたるキノコ人とも古くから親交のある著者の多彩な経験談が、軽妙、というかザクザクポワッというか(意味不明)、まあそんな感じで語られていく。『見た目の特徴・発生時期…云々』は写真の下にチョロっと。これでよかったのか?ソフトバンク編集部。

ひとつひとつのエピソードもかなり内容が濃く、特にキノコ中毒体験談はゲリベンなどの描写が妙にリアル過ぎて、凄い内容となっておりますです。他にもゲロが飛び散ったり、女性にタケリタケ持たせたり、しまいには「ボクのキノコ」などと言いだしたり…もはや、やりたい放題。これでよかったのか?ソフトバンク編集部。

この本がこのようになってしまったいきさつは、前書きのところに丁寧過ぎるほどことわってあり、まあ私個人としては大いにうなずけることではあるのだが……いたずらっぽそうな笑顔の著者近影が「してやったり」という顔に見えて、妙に合点がいくのだった。

ということで、タイトルで買ってしまった人は「なんじゃこりゃー」となること請け合いの、素晴らしいきのこエッセイ集というのが偽らざるこの本の評価かと。どんな知識も経験の厚みには勝てませんなー。

『毒キノコ119番』

2011-01-28 22:00:23 | キノコ本
『毒キノコ119番』 佐藤金一郎 著

なんだかすごいタイトルの毒キノコ本。

毒キノコの中毒症状や判別方法などの概論にはじまって、各キノコの紹介につながってくスタンダードな構成だが、読んでるとちょっとメロメロになる。

毒キノコの章だと思ってたら突然食用キノコが乱入してきたり
有毒として紹介したキノコを次のページで「毒キノコでない」と紹介したり
ほぼ同じアングルの写真が何枚も貼ってあったり
食えるキノコのとこで食えないキノコ紹介したり。

「も、もーアカン」

思わず電話に手をのばして119をコールしそうになる。

っていうか編集担当者!ちっとは手伝え!著者に仕事丸投げすんな!

逆にいえば文・写真・イラスト・構成・レイアウトその他もろもろ、ほぼ一人で仕事してここまで仕上げたのだとしたら、そういった意味ではすごいかもしれん。
いや、私は好きだぞ、こういうのが。優等生の面白みのない100点満点よりは、間違いだらけでも個性や温かみのある落第点の方がよほど価値がある。
クロハツの写真があまりに殺風景だと思ったのか、コスモスの花を添えてしまったところなんかは、もうこたえられん。

間違いは偉大だ。なぜって人間の存在そのものが間違いみたいなもんだからな。

『きのこの語源・方言事典』

2011-01-20 21:45:53 | キノコ本
『きのこの語源・方言事典』  奥沢康正 奥沢正紀 著

≪よえもん(与右衛門)  人名。「昔時与右衛門なる者 是を食べて死、故に名づく、今に土人 是を恐れて採り食わず」栗本丹州著『仙台蕈譜』より。よえもんたけ(ツキヨタケの古語)≫

だいたいがキノコを扱ってること自体マイナーであるのに、その方言や語源を一冊の事典にまとめてしまおうなどと考えるのは、どこの酔狂か。労多くしてなんとやら、ほとんど奇書の部類に入ると思うが、なんのなんの、新書サイズながらも全607ページ、堂々の大作である。

キノコには方言がとても多い。もともとが山間地のものである上、生活必需品というほどのものではなかったために、統一名称が浸透しにくかったという面があるのかもしれない。そもそも、利用されているキノコの種類自体に地域差が大きかったようだ。「ある地域ではキノコは二種類にしか分類されていなかった……マツタケと、それ以外全部(クソタケ)だ」という笑い話もある。

なんにせよ、そんな多様な方言は、逆に言えば、ごく狭い地域でしか知られないのをそのままに、今すぐにでも消えてしまおうという、こころもとない存在でもある。現に今ではまったく使われなくなった呼び名は数知れず、せめて跡形なく消える前に記録にだけはとどめておこう、というのも、先祖の生活の断片を拾っていく貴重な作業のひとつになるのではないかと思う。


本書はキノコの標準和名や方言に使われている言葉の由来をあいうえお順に解説する「語源編」と、標準和名から方言を、方言から標準和名を調べられる「方言編」に、キノコの形態に関する専門用語を調べるための「きのこ用語図譜」と、キノコの名前に関する雑学集「きのこ和名のアラカルト」(これが特におもしろい)を加えた構成。

たとえば「方言編」で、「ナラタケ」をひいてみると、『あしなが、あまだれ、あまだれごけ:新潟……』と続き、なんと177種類もの呼び名が並んでいる。
三重で「スドーシ」と呼んでいるキノコが何だろうかとページを繰ってみると、愛知県をはじめとした各地で「アミタケ」のことを指しているとわかる。
「オニフスベ」の方言を調べて「ぼーさんのあたま」「きつねのへだま」「ちんぷくりん」に思わず笑ってしまう。

実用性はともかくとして、読み物としても意外に楽しいという価値ある一冊だ。