月刊 きのこ人

【ゲッカン・キノコビト】キノコ栽培しながらキノコ撮影を趣味とする、きのこ人のキノコな日常

『御松茸騒動』

2017-11-29 21:44:21 | キノコ本
『御松茸騒動』 朝井まかて 著

榊原小四郎は名家として名高い徳川御三家のひとつ、尾張藩の藩士。今は江戸の藩邸に勤める下っぱだが、頭脳には自信がある。いつかは重臣へのし上がろうと意欲に燃えていた。
けれども小四郎は人づきあいが苦手。職場での無能な上役とのやりとりや、家での人づきあいにいつもうんざり。そんなある日、彼は家老に呼び出された。
新しい役目をたまわるというのだ。ところが・・・

『御松茸同心を命ずる』

家老が告げたのは予想だにしない役回りだった!
江戸から尾張に引っ越してマツ山を巡察、マツタケの増産が任務?しかも同心といったらヒラ同然、要するに左遷じゃないか!そもそも松茸ってどうやって育てるのよ!?

……無気力がはびこる職場、慣れぬ山での力仕事、そしてボロボロになっても守らねばならん松茸ノルマ。
職場では産地偽装が日常茶飯事になっており、それがまた生真面目な小四郎のいらだちを募らせる。直談判すると立場がさらに悪くなり・・・

はたして松茸の増産は可能なのか?小四郎に出世の目は残ってる?マツタケ山を舞台に、地に足のつかない若者が駆けずり回る「江戸時代お仕事小説」!!



これは珍しい時代劇キノコ小説『御松茸騒動』。
コミカルに仕立ててあるおかげか、300ページ弱もあるのを一気に読み通してしまった。

以下引用
≪とにもかくにも二千本の御用は果たせた。久しぶりに味わう達成感が、ごくりと生唾を呑み下させる。いや、そんなことはどうでもいい。俺はたぶん、喰いたい。そう、己の手で掘り取った御松茸を喰ってみたい。
「では、御免」
頭からかぶりつくとしゃきりと音がした。熱い汁が舌を焼くが、そのまま咀嚼する。七年物の漬松茸とは段違いの歯応えだ。
何なんだ、これ。
思わず目を閉じた。味はよくわからない。だが、噛むたびに秋の山の匂いが口の中に広がる。まるで、香りを束ねて喰らっている感覚だ。歯触りも、他のどんな喰い物にも似ていない。≫


……松茸を収穫し、食べたときの体験が描かれたこの一節。当時としても至宝の高級キノコを自分の手で掘り取り、それを食べたときの驚きと幸福感がにじみ出るような描写になっている。
主人公の小四郎も「たかが松茸」と小馬鹿にしていたのがこの時に一変、何かに憑りつかれたように松茸増産という難題に向き合うことになる。

豊作不作の予測がつかない、松のまわりに輪をえがくように生える、動物はもちろん植物とも異なる、謎に包まれたマツタケ。その生態を謎解きしながら進むストーリーはミステリー小説としても楽しめる……かもしれない。


そしてこの小説、松茸とともにもうひとつストーリーの柱がある。それは江戸時代の武家の経済事情だ。

時代は徳川吉宗が改革を取り仕切ったあと。幕府財政の再建はいちおう成功を収めたものの、経済の引き締めによって世間は不景気まっただなか。なかでも小四郎が仕える尾張藩は、さらにいろいろな事情で大赤字を抱えていたんだけど、その実情が情けないというか、なんというか……。
一度増やすと削れない予算、リストラできない余剰人員、見栄最優先の形式主義、くわえることに縦割り行政……って、なんかどこかで聞いたような!?

バブル経済からの失われた20年、前例を踏襲するだけの無能なサラリーマン、旧来の人づきあいに馴染まないドライな若者、派閥闘争、産地偽装……他にも現代社会に通じるさまざまな味付けをしてるのがポイント高い。しがらみだらけの中、悪戦苦闘しながら成長していく小四郎にも注目してほしい。


……丹念に描きこまれた時代背景の中、お仕事に励むサラリーマン侍を縦糸、マツタケの奥深さを横糸にして、織りなされたストーリにさらに尾張方言を大量にトッピングしたのが、この『御松茸騒動』なのだ。そんなん読まなあかんに決まっとるがね~!!