キはキモノのキ

キモノ‥愛してます

カクマさんありがとう

2009年06月06日 | ちくちく

  カテゴリ『ちくちく』ですが、ちくちくしたのはわたくしではありません。前から帯のお手入れやリメイクをお願いしていた京都の『カクマ』さんに、ヤフオクで求めた古い帯をとってもステキにリメイクしてもらったので、そのご報告です!
 
 リメイク前。
 恵比寿・大黒の笑顔が気に入ってたのですが、いかんせん古い帯。いっぺん締めたのですが、短くて締めにくい上に、生地が弱っていて今にもビリっといっちゃいそうでした。
 それに、刺繍もところどころ擦り切れちゃってて、お出かけに締めてくにはいまいちかなって感も否めず。

 けれどもやっぱりこのあやしい笑顔は諦めきれず。笑った顔ですもの、落語会のときにちょうどいい。そう思うとますます何とかしたくなって、カクマさんに相談したのでした。

 カクマさんと何度かメールのやり取りをしてご相談しているうち、ただ修復するだけでなくもっと楽しいことができそうな気持ちになってきました。落語会に締めていくって考えたら、笑顔だけじゃなくって…。

 いろいろ一緒に考えていただいて、このようになりました!!

 笑顔を引き立てる『笑門来福』がめくりになってて。そして、前帯には笑福亭の紋、五枚笹♪

 この帯、初使いの日はもう決めてあるのです。贔屓の『笑福亭小つる』師匠を擁して金沢で催している落語会『き楽寄席』、そこでお茶子をするとき♪うっふふっふ、楽しみです!
 その日のご報告で締めた姿をご披露できると思いつつ、なんだか待ちきれなくって載っけちゃいました。

 古いヨレヨレの帯がこんなお宝に。キモノの力ってすごい。そして、カクマさん、どうもありがとうございました!!


キモノのチカラ!

2007年12月23日 | ちくちく

 カテゴリ「ちくちく」の記事ですが、ちくちくしたのはわたくしではありません。
 キモノ友達・和裁仲間のことりちゃんが、やってくれました!!

 ことの始まりは、やはりキモノ仲間のmayさんが箪笥の中身を整理するべく洋服の処分を始めたことでした。
 「葉っぱ模様だから。葉さん、よかったら」とくださったスカート。
 
 地模様も葉っぱに、葉っぱのアップリケ。「わーい♪」と喜んで履いてみましたら。・・・入らない(哀)。
 「きつい」とか、そういうレベルでなく無理。くうう、無念。悲哀、というか肥哀。mayさん、わたくしよりもずいぶん細いのね。ちょっと細いとは思ってたけど、こーんなに違うとは思ってなかったわ(泣)。

 しくしくとその旨申しましたらmayさん「それなら切って何かの材料にしてもらっていいよ。バッグとか」と言ってくれました。我が名ゆえ執着の葉っぱ模様。たいへんありがたいことです。うれしいうれしい。
 でも、ここで問題が。このスカート『mina』というブランドの、かなり貴重なもの。わたくしなどが下手に鋏を入れて、取り返しがつかないことになったら。

 と、ここで思ったのがことりちゃん。その手作り品は、ちゃんとお店に出せるほどの腕前。ことりちゃんになら委ねられる。て言うかお願い助けて~~!!

 和裁の忘年会の前ことりちゃんとお茶をしたときに、この話をいたしました。そしたらことりちゃん、二つ返事で引き受けてくれた上「バッグがいい?帯もできるかもよ」と。
 帯っ!考えてもみませんでした。それは、帯になるなら帯が!
 「普通の名古屋帯には生地が足りないけど、付け帯だったら隠れるところに別布を使ったりしてできるかも。このアップリケ、あとから縫いつけてあるから外せるよね。うん、きっとできるたぶん」
 頼もしいお言葉。いつでもいいから、とスカートを預けて別れたのが12月4日のことでした。

 そして先日。「帯、だいたいできたよ。前帯のアップリケの位置を決めたいのでうちに来て」とことりちゃんから連絡が。えーっ、もうできたんだすごい!「楽しいことだからやっちゃった」って、ありがたいありがたい。

 というわけで今日、葉っぱ帯できましたっ!!
 別件でmayさんが和裁の先生んちに行くのについていく用があったので、ことりちゃんも先生んちに集合して。その場で帯を巻いて、葉っぱの位置を決めて、おしゃべりしながらことりちゃんちくちく。できた~~。
 
 お隣はmayさんです。
 わたくしの締めている帯。上の葉っぱスカートが、こんな帯になりました!!
 二部式の付け帯で、スカートの生地を最大限使っています。裏は斜めに継いであったり、ベルトの布まで使ったり、工夫満載です。おかげで締めたところはこんなに自然。ことりちゃんすごい。

 mayさんからいただいたスカートをことりちゃんが帯に仕立ててくれて。『成分分析』ではありませんが、葉の90%くらいはひとの情けでできていますわ。
 mayさん、ことりちゃん、どうもありがとう!!とても嬉しい。大事に活用しますね!!

 ちなみに、mayさんの『別件』とは、お祖母さまのお対の大島を自分サイズに縫い直すことを和裁の先生にお願いしていた、それが出来上がったのの受け取りでした。洗い張りをして、羽織と着物のいいとこ取りで、いろいろ繰り回して一枚の長着に仕立て直してもらったのです。
 
 仕立て直す前のキモノも見せてもらっていたので、どんな風になるかとても楽しみでした。そして、期待に背かぬ素晴らしい出来!!
 この話は、きっとmayさんのブログで詳しく紹介されることでしょう。わくわく。

 スカートが帯に。羽織と着物が着物に。
 キモノって、ほんとうにしたたかな命を持っている。しみじみとキモノのチカラを感じた一日でした。あらためてキモノ愛、です(肥哀のことはとりあえず忘れます)。


おばばか報告・おんな四代?

2007年09月06日 | ちくちく

  妹から写真が届きました!
  
 
 あう。あてずっぽで丈をつめたら短かった!
 という痛恨はありますが、やっぱり可愛い~~~(おばばか)!!写真を見てもにこにこしちゃいます。実物が見たかったなあ、遠方に住まいしているとこんなときはほんとうにもどかしい。

 姪っ子めいこ(仮名)、キモノ着てたいへんな喜びようだったそう。
 「めいこはいま、せかいでいちばんかわいいおんなのこ!!」と叫んだそうですわ。ほほほ、おばちゃんはうれしい。ちくちくした甲斐あったよ!
 「『今』と言うところが、まぁおのれを知ってるよな」とその母(妹)は冷静でございました。
  
 おかあちゃんといっしょ&おとうちゃんといっしょ。

 妹は今まであまりキモノに興味がなかったのですが、わたくしや周りが着ているのを見て「着てみようかな?」という気になったとか。おお、なんかうれしいぞ。というわけでわたくしのキモノを一式送りました。この結婚式&披露宴は『平服で』ということだったので、こんな感じかなぁ?と考えたコーデです。どないなもんでしょうか。何はともあれ、ほっそりとよく似合っていると姉は思いました(ちなみに私が着るとこんなもん)。
 着付けは美容院でやってもらったのですが、でも、背が高いから大変だったらしい。そのせいなのか、苦しくてご馳走が食べられなかった~と嘆いていました。妹よ、自分で着ればそのへんは大丈夫だぞ。教えてやるで君もキモノにはまるよろし。

 めいこの方は、終始ご機嫌。ちょうちょのようにひらひらとあちらのテーブルこちらのテーブルと駆け回り、行く先々で「かわいいねえ」と言われてご満悦だったとか。
 ふふふ、さぞ人目を引いて、可愛かったろうなああ(おばばか)。

 この着物わたくしも小さい時に着ましたが、どうやらわたくしのために作ったというよりももっと古いもののようです。母によると「嫁入りのとき、箪笥の肥やしにっておばあちゃんが手持ちの着物を入れてくれたなかにあった」ということですから、もしかしたら大正生まれの祖母が着ていたものかも。柄行きなど、そんな感じですもの。

 もしかしたら母も小さい頃着たかも(母は全くキモノに興味がない人ゆえ、着たとしても忘れている可能性大)。そしたらこの着物、祖母・母・わたくし・姪とおんな四代で着たことになります。つくづく、着物ってすごい。

 
 この着物、身揚げを伸ばしながら、十三参り前まで着ることができます。めいこが育つたびにちくちくしよう、そしてずっと可愛い姿を見たいものだわ、とこの伯母は思っております。ほとんど生きるヨロコビってくらい楽しみです。
 キモノ好きだった祖母も、天からめいこを見てよろこんでいるだろうなあ・・。


おばばかです

2007年08月29日 | ちくちく

  ちょっと前から暇を見つけてはちくちくやっていたコレ、できました!
  
 と、急いで言っておきますが「縫った」のではありません。「揚げをした」の。

 9月初旬に、妹が姪っ子(5歳)連れて後輩の結婚式に出るというのです。で、去年私が骨董市で買ってあげた綿絽の浴衣を着せてもいいかなぁ?と聞いてきました。
 9月かぁ。浴衣はなぁ。単の子供キモノはないけど、どうせ式場の中でしか着ないんだから、袷でもいいよなぁ。そうだ、子供の頃着せてもらってた振袖、あれに揚げをしよう!ふふふ、姪っ子きっと可愛いぞ。

 そう思い立って妹にもそれを告げ、実家の箪笥を漁ってみましたら、出てきました昔の四つ身。・・でも、でかいぞ。そーいえばこれ、わたくし中学生くらいまで着ていたっけ。5歳児に、着せられるか?

 困った時の和裁教室。先生に相談してみましたら、「二重に揚げをしたら大丈夫よ」といつもの頼もしいお答え。
 キモノの身丈は150cmくらい、姪っ子身長120センチ。例によって先生に待ち針を打ってもらい、二重の腰揚げと深い肩揚げをぬいあげました。「揚げするだけって簡単に考えるけど、けっこう難しいでしょ~。ちょっとしたバランスで可愛くなくなっちゃうのよ~」と先生。はい、そのとおりです。簡単に考えていたけど、ひとりではできませんでした~。
 さらに、ちゃっちゃと着られるように袖の振りと半襟を「なんちゃって」でくっつけて、一枚だけで長襦袢を着ているように見える細工を。さいごに腰紐を縫いつけ、これで下着の上からくるっと巻くだけでOKになりました。姪っ子よ、さぁ着てくれ!
 
 ・・後からよく考えたら、9月でも初旬だから綿絽の浴衣でもよかったような気もしましたが・・でも、細工しちゃったら早く着たところ見たいんですもん。頼むぞ妹よ。あばれんぼうの姪っ子5歳、でもおしゃれは大好き。きっとその時だけはかわいいキモノ少女になってくれるでしょう。わくわく。
 それにしても、13歳のわたくしが着ていたキモノを5歳の姪っ子が着られる。キモノってすごいですねえ。


歩くぞ!

2007年04月23日 | ちくちく


 うまこさんに倣って作りました、伊達花緒つきエア地下足袋、またの名を地下足袋草履。

 まだキモノ仲間に出会う前、ネットでキモノ生活の情報を集めていた頃、目から鱗をいっぱい落としてくれたHPがありました。それは「うまこの着物で遊ぼかね」。どこにでもキモノでがんがん行っちゃううまこさんの、楽しい工夫が満載のHPです。
 その中でも一番「こりゃいい!」と感じたのが「地下足袋に伊達花緒をつけて履いちゃう」という工夫。これなら踵も浮かないし、長時間疲れなく歩けるはず、何より楽しい!いつか私も作ろう!と思っていました。その後思いがけずうまこさんと知己を得て、エネルギッシュにお出かけされている姿を目の当りにしているうちに、その思いはますます強くなり‥。

 そして、ついにその日が。私も作りましたよ、うまこさん!
 芯にはオット下着シャツのよれよれになったのを使い、ありあわせのポリ縮緬をくけました。地下足袋への装着は強力接着のマジックテープで。そして防水スプレーをかけまくり。
 よし、準備OK。歩くぞ!

 張り切ってどこを歩く気でいるかと言うと、週の後半からでかける南ドイツです。17日にすうちゃんからいただいた「洗えるキモノ」と、うまこさんのアイディアいただきの地下足袋草履(わたくしはうまこ草鞋と呼びたい)で、遠つ国を歩き回ってまいります。

 ・・と、やる気満々でいたのですが、現地在住の友人から「日本ほど治安が良くないからあまり調子に乗らんように」と釘を刺されちゃいました。
 ネオナチに襲撃されるとか石が飛んでくるとかはないらしいですが、いたずら好きの南ドイツのひとたちにアイスクリームをつけられたり、スリ・かっぱらいの標的になったり、10mおきに話しかけられたりする可能性がかなりあるとかで。わあどうしよう。
 まあ、とりあえず一式持って行って、どっかで着ようと思います。そしたらまた写真を載せますので見てやってくださいね~。


プロジェクト“H”

2007年02月15日 | ちくちく

 プロジェクトHaori !!   
 
 身丈わずか143センチ。
 幅が足りない。
 羽裏はどこだ。
 継ぎ合わせること、数ヵ所。
 「はーい、ここを縫ってねー」‥
 そして、迎えた、完成の日。
 162センチの葉の、挑戦の記録。

   2006年、夏。葉の元に、一本の電話がかかった。
 「あのねー、田中(仮名)のおばちゃんがねー、もうキモノ着ないから、葉ちゃんにあげるってー。もらっておいたからねー」
 電話の主は、実母。顔の広いひとだった。近所中に娘が最近キモノを着ている事を触れ回っていたのだった。
 葉、キモノ好き。ありがたい話ではあった。だがしかし。

 不安は的中した。
 田中のおばちゃん。とても小柄な人だった。
 葉のもとにもたらされた、身丈わずか143センチのキモノ多数。‥とても、着ることはできなかった。
 なんとか、浴衣などの単ものは身幅を出し袖を直して対丈で着た。
 しかし、袷。まるっきり解いて、作り直すしかない。‥羽織にしよう。そう思った、そのときからこのプロジェクトははじまったのだった。
 
  羽織を作ろう!と決めた着物。身丈143センチ

 アナウンサー「袷で、長羽織を作る。しかも、小さい着物から縫い直すなんて、すごくたいへんなことだと思うんですが‥どうしてそんなことをやる気になったんですか?」
葉「前にも古い羽織で道中着を作ったりしたんですわ。それで、こんどは羽織りかなーと。あんまり持ってないですしねー」
アナ「単と袷、羽織と道中着。かなり違うと思うんですが‥」
葉「いやー、あんまり考えてませんでしたー。とりあえず、先生に相談したらなんとかなるかなぁって~」

 2006年、9月。
 和裁の先生に相談した。先生、二つ返事で引き受けてくれた。「着物って、これだから愉しいのよねー」心強いお言葉。葉、嬉しかった。いそいそと、着物を解いた。
  

 ただ、羽裏が必要だった。着物の八掛だけでは尺が足りない。また、羽裏はお洒落のポイント。無地ではつまらなかった。
 どこかに羽裏はないか。何か手持ちのものを解くか、ハギレを探すかと考えていたその頃。オットの実家に帰省した葉、たまたまキモノを着ていた。すると、義母。「使う~?」と言って呉れた羽織。小さくて着られないが‥可愛い羽裏だった。葉、その日のうちに羽織を解いて、洗ってアイロンをかけた。

 その義母の羽裏。身頃分と袖を継ぎ合わせて、長羽織に必要な長さができた。
 残りは、着物の八掛と継いで、袖の裏になった。
 これで、ようやく長羽織に必要なだけの布が、揃ったのだった。それは、2006年10月のことだった。

 
 慎重に寸法を決めて‥
 
 見ごろを裁つ!(手は先生の手です)

 しかし、困難はまだ続いた。
 幅が足りない。
 羽織の袖は着物よりも二分長く作る。葉の袖幅は九寸。しかし反物の幅自体が九寸そこそこ。
 「継ぐしかない」
 奥身分を足すことにした。幸い、継ぎ目の目立たない柄だった。

 次なる課題。羽織の、衿。ひと幅が必要であった。
 着物の衿や奥身は半幅しかない。足さねばならないのか。何を。緊張が走ったそのとき。
 「余り布がありました!」
 別の文庫にまぎれて、この着物を作ったときの余り布が発見された。その長さ、4尺。「小さい人だから‥こんなに余ったんだ。おばちゃんありがとう」
 しかし、長羽織の衿にはやはり足りない。‥やむを得ず、掛衿を継いだ。継ぎ目が目立たないこと、ここでも助けてくれた。
  
 (どこで継いであるかわかりますか~?)

アナ「いっぱい継ぎましたねー」
葉「はいもう、山盛り。羽裏を継いで、袖裏を継いで、衿を継いで、袖を継いで‥。継ぎ目を縫って、縫い目を割って、縫い代を綴じるんです、全部。んもうちくちくちくちく。やってもやっても形にならない。思えばこのへんが一番つらかったです。」


 しかしパーツが揃うと、和裁の時間のたびに羽織は少しずつ、できあがっていった。
 先生に待ち針を打ってもらって、そこを縫う。その繰り返し。
 裏と表を合わせたり、袖の丸みを作ったり、難しいところは先生が縫ってくれた。
 そして、袷は‥難しいところが多いのだった。
 葉は、ひたすら待ち針を打ってもらったところを縫い続けた。
 和裁教室。女ばっかりでわあわあきゃあきゃあとしゃべくりながら。長羽織、ちゃくちゃくと出来ていった‥。

 そして年が明け、いつのまにか2月。ついに、その日は来た。
 その日は和裁の日ではなく、先生のお宅で「おうち展示会」だった。しかし、葉は身頃・袖がそれぞれ出来上がっていた羽織を、持って行った。「せんせー、待ち針打ってくださーい」
 賑やかに、反物を品定め。おしゃべりしながら、先生の手元は素早く動いていた。そして・・
 「はいこれー。あとは裏をくけくけして綴じてねー」
 いつの間にか袖。ついていた。裏地を止めつけてある待ち針が、まぶしかった。
 「せんせー。ありがとーーー」
 葉、帰宅していそいそと、裏を綴じた。
 
 縫い終わったー‥。

アナ:結局袖は先生がつけてくれたんですね。
葉:そうなんです。わたくしは裏を綴じただけ。衿のところも前下がりもマチのところも先生がやってくれましたー。あ、あと袖の丸みもー。
アナ:えっと。結局、葉さんは何をやったんですか?
葉:だから~、先生が待ち針を打って「ここを縫ってね」というところを縫って、「ここをくけてね」というところをくけたんです。ぁ、あと着物を解いた!
アナ:えー‥裁ってもらって印しつけてもらって待針打ってもらって縫い方指示してもらって、そのうえ難しいところは全部縫ってもらったわけですよね。
葉:そうでーす。
アナ:それって‥「葉さんが羽織を作った」と言えるんでしょうか?
葉:えーと‥「葉は羽織を縫った」とは、なんとかかろうじて言えるような気が、しないでもない、ような気がする‥ゴニョゴニョ」
アナ「‥言葉の綾ですね」
 
 翌週。葉は、縫い終わった羽織を持って和裁教室に行った。
 魔法のアイロンをかけてもらうためだった。
 先生の手が素早く動くと、よれよれだった羽織、仕立て上がりのようにしゃんとした姿になった。
 
 これを文庫に入れて、しばらく落ち着かせてから、着るつもり。
 おばちゃんが着ていた143センチの着物は、こうして162センチの葉の長羽織として生まれ変わった。

 ほどくと四角い布になる着物。着物として着られなくなったら羽織に、道中着に、もっと古くなってもいいとこどりしてでんちこなどに。生まれ変わりながら、布としての命が尽きるまで、愛しみ尽くすことができる。着物って、ほんとうに佳いものである。
 新しいものを誂えるのはもちろんこの上ない愉しみだけれど、こうやって昔のものを甦らせていくことは、それとはまた違った無上の愉しみであるとしみじみ思った。
 そして、一枚の着物のためにこうやって時間も手間もかけること‥これは現代ではたいへんな贅沢ではないだろうかとも、感じたのだった。
  
             これが                           こうなった    

 こうして、おばちゃんの着物を葉の羽織に縫い直す「プロジェクトH」は成功した。
 しかし、葉の元にはまだおばちゃんの着物、たーんとあるのであった。
 旅は、まだ終わらない。
 


正体は?

2006年12月24日 | ちくちく

   今年の夏、すぅちゃんが骨董市で掘ってくれた半幅帯。朝顔にトンボの模様が気に入ったのですが、どうにもいいところが出てくれません。


 思い切って、解いて作り直すことにしました。解いて伸ばしてみると‥。
    5つの絵が縦に並んでいました。百合・貝合わせ・朝顔・チューリップ・桔梗。あれ?貝合わせだけ絵がさかさまです。
 これ、たぶんもとは半幅帯じゃない何か別のものだったのでしょうね。何だったのかなあ?上から2つ目だけがさかさまになっているものって??

 名古屋帯にするにはどっちにしても切って継がないといけないので、好きなところをお太鼓に持ってこれます。朝顔のお太鼓にしようかな、チューリップもいいな、と楽しく迷っているところです。前帯はどうしようかな~。
   


大うそつき~いつも泥縄~

2006年09月22日 | ちくちく

  明日は着物で出かける予定です。
  で、2~3日前からコーデを考えていたのですが、上はともかく襦袢に適当なものがない。ないこともないけど色が気に食わない。
  そうだ、大阪で買ったハギレがある。これ、半衿を取って帯揚を取って、まだ少し余っている。よし、これを振りのところに持って来て「大うそつき」にしよう。振りから市松模様をのぞかせちゃおう!

こんな布です。

 このハギレを替え袖につければいいのだけど、どの袖にしようか。どうせなら新しく替え袖作っちゃおう。材料はある。
 材料は、祖母の古い長襦袢です。この長襦袢、袖丈が一寸二分(45㎝)しかなくって、そのままでは手持ちの着物に使えない。なので、袖丈を何とかするか、ばらして替え袖と裾よけにするか‥と悩んでそのままにしていたのです。

裏はシミだらけなので使えない

 私の袖丈は一寸三分。襦袢は無双袖なので、単に作り直すことはできます。でも、いっぱい布が余っちゃう。もったいない。せっかく長いのだから出来るだけ切らずに何かに作り替えたい。長いお袖の着物用の替え袖にもできるし。
 身頃のほうの裾よけを取った後の布を、替え袖が作れないかなぁと思って測ってみましたら、くりこし分つまんであるのを伸ばしたらぎりぎり取れそう。よし、それでいこう。
 身頃分で袖を作るとなると衿肩開きの部分を切ってあるのが問題だけど、どうせ大うそつきだもの、見えないところを継いじゃえばいいや。

 ‥何ともケチケチした話でお恥ずかしいんですが‥キモノを愛しく思うと、ほんのちょっとの布も無駄にしたくないと思ってしまうのです。
 一枚の長襦袢から、替え袖二組(長いのと短いの)と裾よけを作ると、ほとんど布が余らない。こういうの、とても気持ちいいんですが、わかっていただけるでしょうか?

 というわけで作業計画が立ったので、まずは明日使う予定の「大うそつき」から手をつけることにします。
 何はともあれ、裁断。バラバラになった長襦袢~。

 ふたつに切った身頃を解いて、まずは衿肩開きを継いで。

 継ぎあて。ここは肩に来るから見えない!

 別布をどうやって振りに持ってくるかなぁと悩みましたが(切りばめふうにしようかとか)、まずはこの布で普通に替え袖を作り、別布は上からくけることにしました。こうしておけば、不都合があったときに外して普通の替え袖として使えるし。

別布つける前


つけた後。左が裏、右が表

 後姿の振りからのぞくことを思うと、裏の方に少し多めに布を使ったほうがいいかと思ってそのようにしました。
 でも、布がそんなにないので、もしかしたら上手な嘘はつけないかもしれない。後ろから見たら別布だってのがバレバレかも。ま、そんときゃ外しゃいいのよ。

 まぁ、明日は実験です。
 さて、どうなるかな~。

 それにつけても、昼から晩までずっとこんな風にちくちくしていました。なにせ明日着るものだ。なんて泥縄。大阪に行く前もそうだった。
 せっぱつまらないと動かないこの癖‥直る日は来るのでしょうか(来ないな)。  


Fromカンボジアの

2006年09月13日 | ちくちく

 
         あやしいわたくし‥

  わたくしをあやしくしているこの布は、カンボジアの「クロマー」という布。40cm×120センチくらいの薄くて丈夫な木綿の布で、カンボジアの人には欠かせないもの。タオルになったり鉢巻になったり風呂敷になったり赤ちゃんを胸にぶら下げたり、それはもう多彩に使われています。

 日本人のわたくしとしては、これを見た瞬間思いました。
 「替え袖になる‥!」
 一枚で、うそつきの替え袖ちょうど一枚分くらいです。こんなにちょうどいい大きさなんて、カンボジアと日本、何かご縁があったのかしら。 

  このクロマー、アンコールワットなどカンボジアの観光地に行くと、小さい子供が腕いっぱいに抱えて売っています。一枚だいたい1~2$。
 今年初めカンボジアに旅行したとき買ってきたこれで、今日作りました、替え袖。

 33cm×49cmになるように、袋縫いして袖口と振りをくけてお仕舞い。
 替え袖を作るときの注意点は、片袖だけ2枚作っちゃわないこと。一生懸命作って「出来た~!」と思ったら右袖だけ2枚できてたことがあります‥。

 この替え袖、実は泥縄なんです。あさってから着物でお出かけ予定。単の下に着る単のお袖で適当なのがないので、急遽クロマーを引っ張り出したのでした。
 さぁ、これで出かけられるわ!‥‥あとはお天気だけです‥‥。

 


なんちゃっておはしょり

2006年09月09日 | ちくちく

         
                 これはなんでしょう~。

 昔キモノを愛好する現代女子の困りごと‥それは「裄丈が足りない」こと。昔の日本女子、小さい人が多かったから。でも、昔キモノには今ではなかなか見られない面白い柄があったり、思い出のあるキモノだったら何とか着たかったりしますよね。
 というわけで、いろいろ工夫をするわけです。上の写真もその産物。名づけてなんちゃっておはしょり。

    
          使用前

  祖母の遺した夏お召し。雪輪は大好きなので、ぜひ着たい。でも、身幅も狭く、何より丈が微妙に短いのです。対丈には長いけど、おはしょりができるかできないか、帯の中に入っちゃうくらい。ちょっと着にくい。お袖は長くてかわいいのですが‥。
 むりやり着たのが、上の写真です。

 まぁ着て着られないことはないのですが、やっぱり着にくいし動きにくい。どうせだったら着易くしたい。というわけで、和裁教室に持ち込みました。
 はじめの目論見では、帯で隠れるあたりで胴を切って、別布を接ぐようにしようかと。これって、丈が足りない場合によくやる方法。でも、先生に相談したところ、このキモノはかなり古いもので布のしょうが抜けつつあるので、ちょっと危険らしい。また、それってけっこう面倒(全部ほどいて縫い直し?)らしい。

 というわけで、冒頭の「なんちゃっておはしょり」作成となりました。
 長いお袖を標準の長さに切って、余った布を半分に切って長くつなげて。それを二重にして、幅が足りないぶんは帯の下に入るだけ別布を足し、マジックテープをつけます。
 キモノの方は袖を外したついでに幅もギリギリまで出して広げました。丈は対丈に直し、あと、背縫いを上からもう一本補強に縫いました(special thanks to 和裁の先生)。

 さて、着てみます。対丈なので前をあわせてそのまんま、はだけないようにコーリンベルトでとめます。身幅が自分サイズなので着易い。「なんちゃっておはしょり」を巻いてマジックテープでとめ、ベルトつきの帯板をまわしたら、こりゃ腰紐も伊達締めもいらない感じです。

     
       使用後

  どうでしょう?普通におはしょりして着てるように見えますよね?うーん、せっかくだからもうちょっとおはしょりを出せばよかったかな。

 着た感じは、紐が少ないのとおはしょり分帯下の布がないので、夏には涼しくてよかったです。
 欠点は、おはしょりして体へのフィット感を調節しながら着ることができないので、裾が広がったり衣紋が決まらなかったりしがちであることかな。ぱぱっと着られちゃうけど微調整は必要ですね。まぁ、総じて言えば長いお袖で短い丈の昔キモノに「なんちゃっておはしょり」なかなかいいかもです。