戦後60年の日本、戦争を描いた日本映画がいくつか封切りされましたが(福井晴敏三部作とか)1番考えさせられる映画だったように思います。
福井晴敏の映画は「ローレライ」にしろ「戦国自衛隊1549」にしろ「亡国のイージス」にしろ架空戦記ものです。
それに比べると実際の戦争を真っ向から見据えた「大和」の方が迫るものがあるのは当然のことかもしれません。
残念な点。
せっかく等身大大和のセットを作っての撮影の割に映像にダイナミズムがあまり感じられず壕の中で戦っているような感じを受けてしまったこと。
使われた炸薬や血糊はいくらくらいなのかわかりませんがかなりいい味を出していただけに大和のセットのスケール感を感じさせる戦闘シーンがなかったのは痛恨かと。
海にある大和が戦場であることが丁寧に描かれなかったせいでやはり船のセットが無意味なものになってしまったように感じられたのは残念極まりないといったところ。
また、戦闘シーンがあまりに唐突に回想されるのでその辺りにも丁寧さが欠けていたように思います。
回顧物語なのに中途半端に何人かを絡ませたことでいまいち話に必然性がない部分もありました。
逆によかった点。
やはり大和と戦争をきちんと描こうとした点でしょうか。
大戦期の世界最大の戦艦大和を描く、というと、なんだか軍国主義復古のような印象で捉らえられがちかもしれませんが、そういう面ではかなり控え目に、隣国にも配慮が行き届いた映画になっていると思います。
ただ間違ってもデートムービーに選んではいけません。
この映画は一人の男の回顧物語であり、ある種の贖罪のような映画でもあります。
当時、生きて帰ることが恥とされた部分もあり、生き残った意味をいまいち掴みきれなかった男が上官の娘と話をしていくうちに自分が生きて来た半生を悔やみ、そして生きる意味を知る。
戦後60年ということは戦争従軍経験者は益々少なくなるということでもあります。
日本が現在享受している平和も多くの犠牲のもとに成り立っているものであることを理解しなければなりませんね。
劇中、沖縄へ向かう前夜に大和の船内で将校たちが言い争います。
自分たちが死ぬ意味を知りたい、と。
それは裏返すと死地に直面して生きる意味を問い直しているかのようにも見えました。
現代の日本では生きる意味すら見出だせずに無為に生き、無駄に死ぬ人達が大勢います。
それが悪いことではありませんが過去を知り、そのように生きることすら出来ずに死んでいった人達のことを忘れてはいけないと思いました。
戦争の意味や虚しさ、悲しさを知り現代においていかにして生き、いかにして死ぬかを考える、という意味でこの映画は今の日本に必要な作品だったのかもしれません。
余談ですが、正しい歴史解釈であるとか、時代考証を考えると不自然な点は数多く存在しますがそれは映画の演出上で必要だったと大目にみてあげたほうが映画は楽しめると思います。また見に行く人達は戦争について最低限の知識を勉強しておいたほうがいいと思います。
福井晴敏の映画は「ローレライ」にしろ「戦国自衛隊1549」にしろ「亡国のイージス」にしろ架空戦記ものです。
それに比べると実際の戦争を真っ向から見据えた「大和」の方が迫るものがあるのは当然のことかもしれません。
残念な点。
せっかく等身大大和のセットを作っての撮影の割に映像にダイナミズムがあまり感じられず壕の中で戦っているような感じを受けてしまったこと。
使われた炸薬や血糊はいくらくらいなのかわかりませんがかなりいい味を出していただけに大和のセットのスケール感を感じさせる戦闘シーンがなかったのは痛恨かと。
海にある大和が戦場であることが丁寧に描かれなかったせいでやはり船のセットが無意味なものになってしまったように感じられたのは残念極まりないといったところ。
また、戦闘シーンがあまりに唐突に回想されるのでその辺りにも丁寧さが欠けていたように思います。
回顧物語なのに中途半端に何人かを絡ませたことでいまいち話に必然性がない部分もありました。
逆によかった点。
やはり大和と戦争をきちんと描こうとした点でしょうか。
大戦期の世界最大の戦艦大和を描く、というと、なんだか軍国主義復古のような印象で捉らえられがちかもしれませんが、そういう面ではかなり控え目に、隣国にも配慮が行き届いた映画になっていると思います。
ただ間違ってもデートムービーに選んではいけません。
この映画は一人の男の回顧物語であり、ある種の贖罪のような映画でもあります。
当時、生きて帰ることが恥とされた部分もあり、生き残った意味をいまいち掴みきれなかった男が上官の娘と話をしていくうちに自分が生きて来た半生を悔やみ、そして生きる意味を知る。
戦後60年ということは戦争従軍経験者は益々少なくなるということでもあります。
日本が現在享受している平和も多くの犠牲のもとに成り立っているものであることを理解しなければなりませんね。
劇中、沖縄へ向かう前夜に大和の船内で将校たちが言い争います。
自分たちが死ぬ意味を知りたい、と。
それは裏返すと死地に直面して生きる意味を問い直しているかのようにも見えました。
現代の日本では生きる意味すら見出だせずに無為に生き、無駄に死ぬ人達が大勢います。
それが悪いことではありませんが過去を知り、そのように生きることすら出来ずに死んでいった人達のことを忘れてはいけないと思いました。
戦争の意味や虚しさ、悲しさを知り現代においていかにして生き、いかにして死ぬかを考える、という意味でこの映画は今の日本に必要な作品だったのかもしれません。
余談ですが、正しい歴史解釈であるとか、時代考証を考えると不自然な点は数多く存在しますがそれは映画の演出上で必要だったと大目にみてあげたほうが映画は楽しめると思います。また見に行く人達は戦争について最低限の知識を勉強しておいたほうがいいと思います。
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