目指せ!映画批評家

時たまネタバレしながら、メジャーな作品からマイナーな作品まで色んな映画を色んな視点で楽しむ力を育みます★

ラストマイル ★★★★★

2024-09-01 20:37:15 | ★★★★★
ラストマイル
これは社会派な映画ですね。とても面白かったです。

「シェアードユニバースムービー」という触れ込みでMIU404とアンナチュラルの2作品と世界観を共有しているということで脚本の野木さんと監督の塚原さんの連作的な位置付けを取ってはいるものの…。
それぞれの作品のキャラクターが出てきてくれて狂喜乱舞した人たち、多いのではないかな。私もそうです。相変わらず、元気なんだなと思えてそれだけで嬉しかったですね。それぞれに続編があってもいいくらいです。

ドラマの軽妙な語り口や、野木さん節のキャラ造形は引き継ぎ、ドラマシリーズの延長にありながら、映画作品としては完全に独立した作品であり、ドラマシリーズとはお話としてはつながってはいない。
そのため、それぞれの作品のキャラクターたちが一堂に会して事件を解決する、というわけではないです。
それでも、番宣やCMできちんと期待値を上げて、そして、作品内容でちゃんと期待値に応える。これは製作陣はすごいなと思いますね。

元々、ドラマ2作品も社会派というか、社会の様々な闇であるとか、息苦しい部分を見事に軽妙に切り取り表現しきるところがあった。(毎話、テーマとしてはそれなりに重めなのに、登場人物たちの軽さがそれをうまく中和していたと言いますか。)

ラストマイルもまた、その過去のドラマ2作品の雰囲気を受け継いでいる。

タイトルの意味
ラストマイル、というのは近年、運送業や輸送車両サービスでよく言われるお客様ないしは目的地までの最後の1マイル(1.6km)のことを指す。 
輸送車両サービスで言えば、ラストワンマイルを埋めるためにUberのようなライドシェアだったり、超小型車両だったり、電動キックボードなどのサービスが出てきている。
運送業で言えば、このラストワンマイルというのはAmazonのようなECサイトが2000年代に出てきてからどんどん状況が変わってきている。具体的には、荷主の巨大化であろう。そして、荷主というか、胴元が変わったことによってビジネススキームも変化し続けている。簡単に言えば、顧客が簡単にネットで買えるようになったことで輸送量が増え続けている。これまでは、小売店に買い物に行かなくてはならなかったのが、家に居ながらにして様々なモノを変えるようになり、非常に便利になったわけです。また、ブラックフライデーのようなこれまでは日本には無かったイベントすら、Amazonは日本に持ち込んで一定の成功を収めている。

ビジネスとしてはAmazonのようなECサイトはインターネットの急速な発達と普及、そして、スマホの普及により、一層ビジネスを拡大して成功してきたわけです。顧客もまた一定以上の恩恵を受けてきたことは間違いがないでしょう。ECサイトででポチッと購入することをポチる、みたいな言葉すら世の中では市民権を得ているわけですね。(ググると似たレベルになってますよね。)
お話の舞台としては巨大なロジスティクスセンターが設定されているものの、映画の主題はラストワンマイルを埋めるための仕組みの中で奮闘している人々そのもの、ということかと思います。
こうしたテーマを描いている点で社会派…という意味は伝わるかなと思います。



ネタバレします!観たい人は観てから読んでください。










作品内企業のデイリーファースト社、通称デリファス社はアメリカの某大手ECサイトであることは疑いようがない。
アメリカではたとえば、ノマドランドのような作品でAmazonが直接描かれたことからも、フィクションでも直球で名前出せないことは無かったのかもしれないが、そこは流石にTBS制作では難しかったということかもしれない。
極度に効率化した社会で、もしも、このような抜け穴をうまく使って爆弾テロが出来るとなると、恐ろしい話、ではあります。(爆弾テロっていつの時代も怖いモノですけどね…)
とはいえ、無差別の爆弾テロなどは明確な予告が無ければ防ぐ手立てなど無いし、警察はいつでも手遅れから捜査を始めるしかない。
避けられる話か?というと、案外と避ける手立ては無いのかもしれない。(恐ろしく手間が掛かるから、そして、情熱というか、ものすごいやる気がある「大した根性」がある人がいないだけで)
それにしても、犯人を探し出すと決めてからの割り出しの早いこと早いこと。今の時代はデータが全て揃ってるし、何かを少し操作してもそれがすぐバレる時代なんだなとつくづく思わされます。条件をうまく掛け合わせればデータの組み合わせであっという間に犯人が割り出せる。

ですが、一方であまりにもデータが揃いすぎてるからこそ、物量は極大化し、人は部品化して、巨大なシステムの中に組み込まれる。その中で、人は部品化したことに悩み苦しみ、そして身を投げる。例えば、AppleのiPhoneを受託製造している鴻海でも2011年に投身自殺が大きな問題になりましたよね。あまり言いたくはありませんが、そんなAmazonもあまり良い噂は聞かないわけです。優秀かどうかはさておき、人材が使い潰されるなんて話は枚挙にいとまがない。倉庫内作業の動きが悪いと、会社の端末で自動的にクビになるなんてシステムまであるわけです。(なので、「倉庫内作業でのパフォーマンスが高い人」という条件で一気に内部の犯人を割り出せてる皮肉)
ダッシュボードに表示されるKPIである配送の効率が70%を切らないように…とかもまさにそういう描写なわけですが、外資系企業のマネジメントはまさに、人が、アナログで行う作業をデジタルでわかりやすく管理して、問題には迅速に対処してKPIが落ちないようにするわけです。また、デリファス社の掲げる「カスタマーセントリック」などのビジョンも、世の中ではカスタマーファーストとかとも言うわけですが、これもまた、エレナが途中で指摘するように、外資系企業ではよくあるレトリックであり、何かがあっても、どのようにでも説明出来てしまう、しなくては生き残れないというのが、これも海外企業あるあるなのだよなあと。
このあたり、脚本の野木さんはよく取材してうまく脚本に入れ込んでると思う。

「爆弾入りの箱を思わず、開けてしまいました」のシーンは昔のドラマ、踊る大捜査線の2話を思い出しました。(あのドラマではトイレに行けてなくていかりや長介がえらい目に遭う)
箱を開けてしまうすんでのところで、エレナが気がつく、というのはまあ、本当にエレナが睡眠不足で変なテンションで気が立っていたからこそ、気がついたのだと思うことにしますが、普通なら開けてしまうところなんでしょうね。(エレナが何かスイッチが入った気がしたというのは勘が良すぎるし、視聴者と犯人しか、その開けた時の感触ってわかんない気もするんですけどねえ。)
このあたり、考察してる人の中には「舟渡エレナ共犯説」を推してる人もいて、世の中には深く考える人もいるのだなあと感心しました。確かに、舟渡エレナが共犯だったとしても、あまり大きな矛盾が生まれないくらいにはこの爆弾を開けるシーンは不自然なんですよね。このシーンがあるせいで、エレナのキャラクターや行動、言動に疑問符がつく。野木さんは敢えてそのようなお話にしてる可能性はありますね。
このシーンを起点にうまく孔からのデータ削除に関する追求を逃れてます。
そうすると、エレナは分かっていて爆弾とずーっと寝泊まりしていたということにもなり、かなりそれはリスキーでは?とも思うし、寝不足になるのもわからないではないですが。もし、共犯だったとすると、舟渡エレナの動機がわからないけどなあ…ガラクタのように使い捨てにされたことへの復讐?)
山﨑佑の情報を消したのはサラの指示だったとして…。

また、運送会社の親子のうち、息子に至ってはこの一連の騒動で2回も死にかける目に遭ってるわけで(お守りで無事というなかなかの描写)本来なら訴訟モノでしょうが、個人の配送会社だとなかなかそんな話にはならないんでしょうね…。この親子が全編で運送会社の闇というか辛さを訴えかけてきます。
息子は過去に日本の洗濯機メーカーで働いていたことが描かれますが、ここ20年で日本の産業構造は大きく変わり製造業は国内で減り、サービス業へのシフトが進んできました。一方で、賃金は上がってないということもよく言われており、特に運送業は厳しいはよく言われてきました。
洗濯機は最後の最後に活躍しますが、でもだからこその切なさが募ります。
また、やっさんは死んだじゃん、のやっさんが、山﨑佑の父なのでは?という考察も見かけました。劇中で描かれている内容からは断定しきれませんし、推定するしかないのでしょうけど。このあたりまで描くには尺が足りなかったということなんでしょうかね。

筧まりか、被疑者死亡でこの事件は幕を閉じるのでしょうが、そこまでも描かれないまま、エレナが葛藤の末、最後は晴れ晴れと退職し、コウがセンター長になり…というところで不穏な形で映画は幕を閉じます。
「爆弾はまだある」というエレナの一言がどういう意味を持つのか?というところは、その真意は明確にならずに終わります。

映画を通じて、たいして根本的な問題は解決されないわけです。
大きなシステム、プラットフォーマー、GAFAMたちを人々は持て囃してきたわけです。実際、便利ですからね。利用しないという選択肢がない。映画でもやはり、それはその通りで、超大都市東京で、ぐるぐる回る配送網を止めるなんてことは簡単なことではないし、そんな配送網の仕組みを構築しているプラットフォーマーをどうにかするというのも難しいわけです。
そして、彼らの作り上げた巨大な仕組み、プロセス、流れに、「人の感情」とか志ははっきり言えば、邪魔なんですよね。感情的にならずに、仕組みをうまく使う側に回って淡々とこなすことが一番効率的だし、効果的なんですよね。でも、心を殺すことができない人というのは往々にしているわけです。2年以上続いた人がいないなんていう、離職率がなぜ高いのか?ということを件のプラットフォーマーは考える必要も無いくらいに仕組みがうまく出来上がっているわけです。(ある人が辞めれば、また代わりが次々に採用される)

エレナは劇中、序盤から後半手前に至るまで感情を押し殺して、「デキるセンター長」を演じ切ろうとするわけです。(このあたりの満島ひかりの細かな演技が最高ですよね。根が真面目な彼女のキャラクター、本当に活きてますよね。)

一方で、そんな「仕組み側の人」としてサラというデリファス社の本社の人が少し出てきますが、このサラも日本法人代表(ディーン)がエレナに責任を押し付けようとしてる時に間接的にエレナを庇ってたりするんですよね。(細かすぎてわからないカモですがサラは本当に、最後の間際までエレナにチャンスを渡せればとは思ってたのではないかなとは感じますね。)
あと、ディーン・フジオカって本当、こういうキャラ、似合いますよね…。(「正直不動産2」でも思いましたが)彼もまた大きなシステムの中でもがいてる1人なのかなとも思いましたが。

それにしても、あれだけ巨大なフルフィルメントセンターで、「社員は7人です残り200人は日雇い」とか、効率よすぎて泣けてきます。
日雇いシステムやバスなどの仕組みも大変によくできています。また、日雇い労働者たちがスコアリングされているのもなかなか怖いものがあります。
配送業者のおじさまたちが「こんな少ない料金でやってられるか!」と怒るのもわからないでもない。あと、お金にもならない再配達の悲哀ね。実際、もっと再配達にお金が掛かるようになれば、人々は置き配袋などを用意するんだろうなとは思います。コンビニなどでも受け取れるようになってきてますしね。(そのうち、再配達しますか?その場合は¥300かかります、とか聞いてくるようになるんだろうな)
ちなみに、アメリカでは配送料金はもっと高いんですよ。あと、国土広いから全然すぐに届かない。翌日配送なんて、殆どありえない。翌週配達なんてザラです。
日本は安いし、超早い。Amazonも楽天があるから、コスト競争せざるをえない。
配送会社ではヤマトがAmazonとの取引を見直したりしていましたが、それが正しい判断だと、言い切れてしまうくらいにはAmazonのような GAFAMの強さって、実際に際立つんですよねえ。

そういえば、作中の「ベリフォン」だけはAmazonがやりたくてもうまくいかなかった施策で、そこは興味深かったですね。Amazonはfire phoneを鳴物入りで発表して、スマホ市場に乗り込みましたが、さっぱり売れずに市場から退場し今も再参入は果たせていません。(その代わり、アレクサでスマートスピーカー市場ではシェアを握るに至りますが、あまり儲けられてはないようですね。)

あと、冒頭からWhat do you want? (あなたは何が欲しいですか?)というデリファス社の広告が出てきて最後まで出てくるわけですが、これは人々の欲望に問いかけているわけですね。人々が欲しいがままに、欲しいモノを安く買う。
デリファスは顧客視点だと言って、輸送業者の輸送費用を買いたたく。でも、「結局、輸送業者の人たちもまた(デリファスの)顧客である」という視点は忘れられてるんじゃないかな、とは思いましたね。
最近ではステークホルダーというのは納入業者も含めてステークホルダーだと考えるのが一般的になってきました。AppleでもUNIQLOでも巨大なグローバル企業はサプライヤーに対して、コードオブコンダクトというルールを敷いていたりして、児童労働を禁止したり、納入業者への監査をしたりしていますね。(だからといって、コストアップを簡単に許容してくれるという話ではないんですけどね。)
消費者には欲望のままに購買行動をとらせる一方で、システムの中で働く人々の幸せは考えられておらず、ひたすらに仕組みをうまく回せ、という人間性の喪失したプロセスを回させているわけですね。こうした皮肉が、やるせなさを思わせるラストに集約していくから、この映画は観終わった後も、もやもやするのかもしれません。


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