目指せ!映画批評家

時たまネタバレしながら、メジャーな作品からマイナーな作品まで色んな映画を色んな視点で楽しむ力を育みます★

ある男 ★★★★★

2024-03-03 11:35:52 | ★★★★★
ある男

(以下映画.comより)
芥川賞作家・平野啓一郎の同名ベストセラーを「蜜蜂と遠雷」「愚行録」の石川慶監督が映画化し、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝が共演したヒューマンミステリー。

弁護士の城戸は、かつての依頼者・里枝から、亡くなった夫・大祐の身元調査をして欲しいという奇妙な相談を受ける。里枝は離婚を経験後に子どもを連れて故郷へ帰り、やがて出会った大祐と再婚、新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていたが、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となった。ところが、長年疎遠になっていた大祐の兄が、遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、愛したはずの夫が全くの別人だったことが判明したのだ。城戸は男の正体を追う中で様々な人物と出会い、驚くべき真実に近づいていく。

弁護士・城戸を妻夫木、依頼者・里枝を安藤、里枝の亡き夫・大祐を窪田が演じた。第46回日本アカデミー賞では最優秀作品賞を含む同年度最多の8部門(ほか最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞、最優秀助演女優賞、最優秀録音賞、最優秀編集賞)を受賞した。
(以上映画.comより)

Amazonプライムで鑑賞。事前情報を全く入れずに観ました。日本映画賞総なめしてたんですね。
それすら知らずに観ましたが、面白い作品でした。

テーマにも触れますので、ネタバレもあるかもしれませんのであしからず。
傑作!とまでは言いませんが非常に面白くよくできた映画だったと思います。

簡潔に言えば、日本社会に広く通底する差別や偏見が生むアイデンティティクライシスのお話でした。
冒頭から気になる引きで始まりましたが最後まで緊張の糸はほぼ切れず、この話はどこに着地するんだろうと思いながら、不穏な感じも残しながら最後まで引っ張ってくれました。出てくる役者さんがベテランも若手も含めて非常にバランス良くレベルの高い演技を見せてくれました。

ラストのシークエンスで、妻夫木演じる城戸までもが、他人の人生になりすまそうとしていて、なぜ?となりましたが、この映画の主題がアイデンティティだと思えば、それはすごく納得感がある終わり方だと思わされたのでした。

劇中、城戸は大祐の人生を追いかける過程で、自分の義理の親からの発言や獄中の男からの発言により、自己のアイデンティティに向き合わざるを得なくなる。
そして、また、その調査の中で浮き彫りになっていく大祐の過去を城戸による調査報告として知ることで、里枝の息子もまた、アイデンティティで苦しむ。ころころ苗字が変わる自分は果たして何なのか?と。
大祐もまた、殺人者の父を持ち、その様を目の当たりにしたことで消えないトラウマを心に抱え、鏡に映る父に瓜二つの自分の顔に戦慄し続けている。逃げても逃げても追いかけてくる亡き父の影に怯える。そして、「何かのきっかけ」で他人の戸籍と交換し人生をリセットする。(しかし、作中ではその何かのきっかけは

自分を自分として規定しているものが戸籍なのか、親なのか、それとも国籍なのか、家族なのか、妻なのか、それとも妻の両親なのか。自分の実家なのか。はたまた、遠い遠い三代も四代も前の祖父や曽祖父なのか。

人殺しの子はやはり人殺しの子だからといってお天道の下を歩けず、人から蔑まれないといけないのか?
在日朝鮮人の子どもは何代かかっても本当の意味で帰化できないのか?謂れのない差別を受け続けなくてはならないのか?
苗字は自分の意思ではないところでどんどん変わってしまい、それでも苗字が自分を構成する要素なのだとしたら、自分は一体何者なのか?そして、それを他人にどうやって説明すればよいのか?

現状、この衰退していく中で極右化が進み差別と偏見の蔓延する日本社会の中で自らの出自や己は何者か?と言ったアイデンティティで苦しむ人たちがそれぞれに結論らしいものは出せず、それでも自分たちなりに自分とケジメをつけて、折り合いを付けながら歩いていくしかない。
どこまで逃げても自分は自分で変えられず、逃げられない、しかし逃げることによって得られた幸せも確かにあった、という話とも思いました。



余談ですが、
多数の死傷者を出した連続ビル爆破事件の指名手配犯 桐島聡が偽名で日常を過ごして、存命かつ、自分の身分を名乗ってから、逮捕もされず、亡くなるという事件が最近ありましたね。結果的にその彼は、人生の大半を偽名で生きて働いていたことが明るみになり、意外と東京都に近いところで、全国指名手配にも関わらず、ずーっと偽名で生きていました。
最後の最後に「桐島聡として死にたかった」と病院で証言したと言われています。
まさにその人のアイデンティティは何だったのか?という話でもあったと思っています。
(勿論、多くの人を殺したから指名手配になっていたわけで、逃げていたこと自体、褒められることではないわけですし、犯した罪を彼は逃げずに司法の場で裁かれ、償うべきだったと強く思います。)
そういう意味では映画の描いた主題に少し近いようなお話なのかなとも思ったのでした。
原作小説や映画が描いているのは、少し違っていて、本作の主題は「偏見や差別が起こすアイデンティティの問題」ではあるので、ずれがあるんですけどね。