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再び原点回帰なり!

未熟なビジネスマンの心のつぶやき

なぜ今、エグゼクティブコーチングなのか?

2024-01-27 14:37:27 | 日記
1991年1月、私は2年半に及んだ企業留学(MBA取得)を終え帰国し、本格的なビジネスキャリアのスタートをしました。それから今日までの30年余りの年月は、日本経済が世界も羨むトップの地位から、今では「失われた30年」とまで揶揄されるようになってしまいました。この30年をビジネスパーソンとして中核的なキャリアを過ごしてきた者として、この日本経済の長期低落傾向の責任の一端を感じざるを得ません。
会社の成長は経営者の器で決まる。この格言は、今振り返るとまったく異論を挟む余地がないと断言できます。創業社長として私が経験したスタートアップ企業の立上げ期は、この先に何が起こるかまったく見えない状況で、無我夢中で突っ走るものです。まさに小さな小舟で大海に出て行くようなものでした。今、コーチングという手法と出会い、あらためて思うと、もしあの時に信頼できるコーチとの出会いがあったなら、随分と違った結果になったのではないか、あのような稚拙な失敗による苦く辛い思いをしなくても済んだのではないかなど、つらつらと思っている次第です。
今後の日本経済の復活には、とにかく民間企業が大企業のみならず中堅・中小企業までが元気になる必要があります。そのためには、既存のビジネスモデルやサービスに安住することなく、常に新しいことへの挑戦が必要でしょう。もちろん、既存の仕組みによる収益確保は前提としつつも、今までにはない新たな収益機会の追求や新しい技術を取り入れた新事業・サービス開発など、継続的なビジネスイノベーションが不可欠となります。まさに「両利きの経営」です。
そのような会社経営を実現するには、まずは企業のトップである経営者層の意識改革、行動改革が必須となることは言うまでもありません。エグゼクティブコーチングはそのような組織づくりに際して、大きな役割を担うものと確信しております。そのためには、上質のコーチングが提供できるコーチの存在が不可欠になるのではないか。それがこの度、私がコーチングを学び、コーチング手法を身につけようと決意し実行した理由です。
昨今のコロナ禍による働き方の変化は、コロナ前のビジネスは対面が原則であったものが、コロナ後にはオンラインによるコミュニケーション手段が加わりました。私はコロナ前のコーチングの状況を体験したことはなく、オンラインの存在を前提としたコーチングしか知りませんが、デジタル化の波は急速に進行し、AIなどもコーチングに活用され、今後、オンラインの使いこなし方がコーチングの成否を決めることになるでしょう。
経営者がマネジメントの対象とする社員も、今後デジタル世代が大半になり、オンラインを前提とした人材育成に向けた人的投資・リスキリングが重要になります。この人的資本への投資は、昨今の開示義務に従うだけの消極的なものではなく、むしろ積極的かつ戦略的に行っていくべきものでしょう。
したがって、エグゼクティブコーチングも旧態依然としたままでは、その存在意義を失うことになりかねません。新しい時代に即した新しい形のコーチングに積極的に変革していくべきであり、微力ながら私が一人のエグゼクティブコーチとしてその一翼を担えればとの覚悟を持って取り組んでいく所存です。

コーチングビジネスを始めます!

2024-01-26 08:38:44 | 日記
前回、年末のブログで以下のように宣言した
「これからの残りのビジネスパーソン人生をこの衰退への贖罪と挽回の気持ちとして、ただし、決して若手の足を引っ張ることなく、むしろ黒子としてサポートしつつ、多少なりとも日本経済の復活に向けた貢献ができればと考えています。」
この宣言の具体的な行動として、昨年の秋口より勉強してきた「エグゼクティブ・コーチング」をビジネスとして始めます。
昨年の9月より、ビジネスコーチ株式会社が提供している「エグゼクティブコーチプログラム」を受講し、このほどその修了証を受領しました。これからは、ビジネスコーチとして、私の場合は、特に、中堅・中小企業の社長や経営幹部、またスタートアップの創業社長を対象としたビジネスコーチとして、ビジネスパーソンとしての最後の挑戦をしたいと思っております。
ビジネスコーチはコンサルタントとは違い、クライアントに対して何かアドバイスや成果物を提供するのではなく、あくまでクライアントの日々の経営を黒子として支援する役割を担います。コーチングの主役は、あくまでクライアントになり、コーチはその伴走役に徹するというものです。
これまでの自分は、気候変動対応やエネルギー問題をビジネスとして解決するという考えのもとに、自らが先頭に立って新規事業を立上げ、成長を目指してきました。
今後はコーチとして、先頭に立って戦っている若手経営者を支援することになります。これはこれで、なかなか容易ではないテーマであるかとは思いますが、これまでの自らの経験や知見を唯一活かせる手法ではないかとも思っております。特に、数々の苦い思いをした失敗経験は、コーチングにおいては有効に機能するのではないかと密かに期待しております。
とはいえ、まだまだ駆け出しの初心者マーク付きコーチではありますので、温かい目で見て育てていただければと願っております。
日々の経営上の悩みや課題から、経営者としての個人的な悩みや相談事まで、まずはお声を掛けていただければありがたいです。
よろしくお願いします。
個別のご相談は、以下のメールまたは携帯までご連絡ください。
メール:k-tsutsumi@aqua-cons.com、携帯:080-11847-403

何回目かの原点回帰に際して考えたこと

2023-12-15 09:08:38 | 日記
来年2024年1月1日より、また新しいチャレンジを始めます。今回で何回目の原点回帰であろうか。そう思いを巡らし、あらためて自分の「原点」とは何か?ということに自問自答している今日この頃です。
原点である以上、常識的にはある1点(時期)とすべきなのであろうが、どうもそれでは収まらない感じもしている。
まずは、絶対的な私の原点は、1981年4月1日になります。それは父母からの温かい庇護を離れて社会人として一歩を踏み出した時。地下鉄銀座線京橋駅に降り立って、快い緊張感と共にビジネスパーソン人生のスタートラインに立った時。
もう一つの原点、第二原点とも言えるのは、1991年11日、米国が多国籍軍を編成し、イラク攻撃を開始する数日前に米国から帰国した時。奇しくもこの時あたりから、日本経済の失われた30年が始まった時でもあリます。
来年からの新しい挑戦は、この第二原点に戻って、あらためてスタートラインに立ち直した新鮮な気持ちで、これからの課題に立ち向かって行こうと思っています。
失われた30年と共に、さまざまな悪戦苦闘をしてきたが、日本経済の衰退の責任の一端は、私も含めた1950年代生まれ世代にあると思っています。
これからの残りのビジネスパーソン人生をこの衰退への贖罪と挽回の気持ちとして、ただし、決して若手の足を引っ張ることなく、むしろ黒子としてサポートしつつ、多少なりとも日本経済の復活に向けた貢献ができればと考えています。
何度目かの原点回帰に際して、こんなことを考えつつ、新しい年を迎えたいと思っております。

G7議長国の責任とは?

2023-08-09 11:29:00 | 日記
今年2023年、わが国はG7の議長国を務めている。ウクライナ問題が主要な議題となることはやむを得ないものの、気候変動問題についても極めて重要な方針決定があった。このことがあまり国内のマスコミは取り扱っておらず、その重要性と緊急性が国民全体に伝わってないのは心配なところである。
「2035年GHG排出削減を2019年比60%削減とする」
本年4月の札幌で開かれた気候・エネルギー・環境大臣会合で決まったことである。
これまでは、わが国は2030年46%削減(2013年比)であったものが、その5年後にさらなる大幅な積み上げが必要になった。
このG7共同声明が意味する緊急性と危機感が国内的にはあまり感じられないのは、私だけでしょうか?
政府は原子力への期待を表明し政策転換を試みておりますが、この実現可能性は極めて低いのではないか。
そうなると、このG7議長国として取りまとめた国際的な約束を守るためには、これまで以上に2つのことに注力するしかない。
一つはもう一段のエネルギー効率化、徹底した省エネであり、もう一つは再エネを主力電源としてあらゆる手段を使って増強していくこと。
政府としては、そのための政策をこれまでの延長的な発想ではなく、抜本的に転換する必要がある。そうでないと、この大幅削減は実現不可能であろう。
まずは、今の第6次エネルギー基本計画は、この目標にはまったく不十分であり、今年から始まるであろう第7次計画に向けた見直しが極めて重要になる。日本がこの気候危機問題で、G7議長国としての責任を果たしつつ、確実な経済成長を成し遂げるためには、これからの数年が極めて重要な時期であろう。
また企業サイドとしても、このような国際的な大きな潮流を正しく見据えて、今こそ積極的な投資行動に出る時である。
最近、多少なりとも失われた30年の出口が見えかけてきたと感じているが、この機会にこそ、大胆で具体的な行動に打って出る時ではないか。
私個人としても、今何ができるのか、何をすべきなのかじっくり考えて、今一度積極的かつ具体的な行動に出たい。
G7議長国としての責任は、単に政府だけの問題ではなく、企業や自治体、そしてその構成員である私達ひとりひとりが担うべきものであると思っている。