再び原点回帰なり!

未熟なビジネスマンの心のつぶやき

初めてのインドネシア

2010-10-30 11:39:10 | チャット

もうすでに2週間前のことになってしまったが、生まれて初めて、インドネシア・ジャカルタを訪れた。

現地5日ほどの短い期間であったが、エネルギー関連の新しいビジネスチャンスを探るという命題の下に、充実した経験ができた。

今回は現地のエネルギー関連企業のみならず、顧客候補となりうるインドネシアへの進出企業が立地する工業団地などにも訪問することができた。

経済発展のスピードに電力供給体制のみならず、ほとんどのインフラ整備が追いついていないという典型的な開発途上国であった。

ちょっと郊外に出れば、ちょうど私が生まれた1950から60年年代の高度成長前の日本と同じような風景も見られた。

一方、ジャカルタ市内では、一見、大都会の様相を呈してはいるものの、こちらも住みやすい都市には、まだまだ遠い。こちらも30年から40年前の東京・大阪だと思えば、さもありなん。

最近の若者が総じて海外に出たがらないと言われるが、確かに今の日本の都市も田舎も、世界に類のない快適で、清潔で、美しいところであるので、その気持ちになるのも分からないでもないか。

ただビジネスという視点から言えば、われわれが経験したさまざまなことが、高く「売れる」と思うので、積極的に出て行かないとそれこそ「宝の持ち腐れ」になりかねない。

十分に儲けながら、途上国の人々も幸せにする。

この両立は、決して難しくはない。むしろ、そこへ飛び込むちょっとした勇気とそれを支える使命感が重要なのかもしれない。

日本人よ!特に若者よ!おじさんと一緒に立ち上がろうではないか!

こういう仕事に残りの人生を賭けてもいいかもしれない。いつもながら、祖国を離れると心が解放される自分を感じた次第である。


失われた20年の総括

2010-10-03 09:55:02 | コラム

1990年から2010年の20年間。それはわが国における「失われた20年」と呼ばれるようになった。

自分自身の年齢で当てはめると、34歳から54歳までの20年間であり、まさにビジネスマンとしての多々なる経験を通じて成長してきたはずの年月。

その期間が国全体としては図らずも世界の成長軌道に乗れなかったからこそ、「失われた・・・」と言われるのであろう。

では、その責任は一体誰にあるのか?

そう真摯に自問自答すると、やはりビジネスマンの成長期として、その間を生き抜いたわれわれ世代にこそ、大きな責任の一端があるのではなかろうか。

われわれに欠けていたものは、一体なんであったのだろうか?ビジネスの構想力、企画力、実行力、運営力・・・・、それらのすべてに力不足であり、戦略性に劣っていたのではないか。

そうした自責の念を強く持ちつつ、この20年間を総括することなくして、次なる20年間の明るい夢と展望は開けないのではないか。

その役割こそが、今の50歳代のわれわれに求められている責務なのではないか。最近、特にそう思うようになった。

われわれ世代は、次なる世代に何を残すことができるのか?あるいは、何を残していくべきなのか?

そのような心の置きどころで、日々のビジネス現場での格闘を続けつつ、過去の総括に基づくさまざまな反省点を後進に伝えていきたい。