どの業界でもそうだが、物流業界に
も多くの業界用語がある。
英語でシャジィの事をシャシとかシャ
ーシーとか呼んだり、ボディの事を
ボデーと呼ぶ。
そして、運送会社の社長や幹部、従
業員のみならず、トラック協会や
関連団体職員の人たちにみられる
一般的な日本語とは使い方が異なる
用法がある。
それは、「次にこちらにいらっしゃ
る予定がおありの時には」という
シチュエーションの時に必ず「こち
らに来られる便があるなら」と言う。
人が来るのにも「便」を使う。定期
便や不定期便の輸送業務のように。
これは面白いもので、どの関係者で
も運輸関連の人たちは言う。
「ついでの時で宜しいですよ」と
言う時も「便がある時で宜しいです
よ」と言う。
運輸物流関連独自の言い回しなんだ
ろうなぁ、と感じる。
業界により業界言葉というのは各業
界に存在している。
芸能界やテレビ曲、音楽関係などは、
いつの時間帯でもその日初めて会う
と「おはようございます」だ。
先に帰る時は「お先に」で、返す
言葉は「おつかれさま」だ。
この「おつかれさま」という言い回
しの挨拶は欧米には存在しない。
欧米は挨拶無しなのだ。私が帰るの
だから、何故他人に挨拶するのか、
てな文化なのだろう。
「これにて御免」という挨拶さえ
昔にも役人や支配階級さえも持って
いなかったのが欧米なのだろう。
日本語の「さようなら」は武士言葉
から来ている。
「左様ならば御免仕る」とその場を
去る挨拶からだ。
そして、周囲に気遣い「お先に失礼
いたす」となった。
今の「おつかれ〜」も日本人独自の
労いから来ている。
しかし、本来労いは目上の者が目下
の者に言うものなので、上の者に
「ご苦労様です」とかは、今のビジ
ネスのシーンでも言ってはならない。
「おつかれさまです」は問題なない、
と社会人規範でもされている。
「ちゃーす」なんてのはダメ。
職場や公的交流場面では使えない。
そういう意味では、話し言葉と公的
な言葉使いの区別弁別を日本人は持
っている。
そして、それらは日本人は親の躾と
学校教育や社会教育で学んで来た。
初対面の人に対しては、小学校1年
から国民教育で習って来た標準語(共
通語)で話をするのは、人と言語を
介してコミュニケーションを取ろう
とする文明人としての常識だ。地方
言葉は狭いエリアでしか通用しない。
全国区の日本人であるならば、標準
語である母国語を正しく話せないと
ならない。
日本は方言だらけでまるで意思疎通
が不能なので、明治に統一国家とし
て歴史上初めて国語教育が開始され
た。
それは、江戸の旗本の使用していた
言葉を日本語の標準とした。
薩長土肥芸が主軸の新政府とはいえ、
「〜でごわんど」とか「知っちょる」
とか、「わしがやるすけ」や「いっ
ちょん変わらんばい」や「なんしょ
ん、ぶちほうじゃけん、じゃけえけえ
けえけえ」というような言葉が標準
語として日本語に定められる事は無
かった。部族語のような言葉を国の
言葉とする事は、国家としてはでき
なかったのである。
何故旗本言葉かというと、幕臣たち
は一番武士言葉の最大公約数に近い
言葉だったからだと思われる。
徳川幕臣たちは三河者が多いが、
三河弁ではなく、階級としての公用
語の書き言葉に近い言葉を日常会話
でも使うようになったのが江戸期だ
った。
だが、江戸に長く住むと、新たに形
成された江戸の方言である江戸弁に
日常会話は武士とてなってくる。
大身旗本のみならず、御家人たちも
町家の庶人と似たような言葉を使っ
ていたりした。
「それがしは知らぬ」ではなく、
「俺は知らねえ」というように。
ただ、現代語にある「です」「ます」
はあまりにも幇間などの下々の言葉
であるので武士も町人も使わなかった。
武士は「左様に御座る」、町人は
「左様で御座います」だ。「です」
は「でげす」と同意の下世話な下衆
言葉と江戸期にはされていた。
しかし、どういう訳か、明治国民
教育では、その最下層階級の「です」
「ます」が一般的丁寧語として採用
された。
しかし、今でも、正式文章や公式な
話し言葉では「です」「ます」は
使わない。正式には「ございます」
だ。「おはようございます」の御座い
ます、だ。これは「御座る」の武士
言葉からのものだ。公式場面では
「あっがーす」などは今の時代でも
使わないのと同じである。
裏社会でも隠語としての符牒がかな
りあり、その筋の業界人の言葉は
多くある。
それを真似て不良少年たちもそれら
に属する言葉をあえてよく使ってい
た時代もあった。「ヤサ」「シカト」
などは典型だ。良家の子女は「おめ
えヤサどこよ?」とか「シカトして
んなよ」という言葉は使わない。
これは今でも。
ただ、方言には混合希釈が時代と共
に発生する。
今、大阪出身の漫才師の漫才を観て
いても、やたらと語尾に「〜さ」を
つける。これ、30年前にはあり得な
い現象だ。40年前なら絶対に無い。
「さ」の末尾は東京弁だからだ。
東京的になる事をクソダサと信じて
いた大阪人が多かった時代にはあり
得ない現象だった。
逆もある。
今、東京では、東京人が「めっちゃ」
を使う。バリバリの関西弁の言葉だ。
日本の最古の京としての古都難波と
新都東京は21世紀の今、単語に混合
現象がみられるようになった。
ただ、大阪の地がかつて京都などよ
りもずっと古い帝都だった事をきち
んと認知している日本人は少ないの
ではなかろうか。
新都である東京や古都京都のみが
都であったと勘違いしている日本人
は多いように感じる。
(ちなみに法制上は、明治以降の現
日本は首都を定めていない。たま
たま行政集中地区の東京に首都機能
を置いているだけで、正式には日本
は首都を法規定していない。また、
日本は世界的に珍しく、国号を定め
ていない。日本、日本国というのは
事実上の呼び名であり、国号として
の国名は日本は定めていないのであ
る。それゆえ、日本の読みはニホン
でもニッポンでも正しいとしている)
かつて言語学者が定説として唱えた
方言の同心円的拡散という日本の
図式は、通信網の発達により成立
しなくなってきている。
それでも、初対面の相手に向かって
自分の地言葉のみでしか話そうとし
ないのは、日本人としてアウトだ。
明治以降、国家と教育者たちが苦労
して全国統一の言葉を作ってそれを
国民に教育して、国民同士の意思疎
通や軍隊や企業や学校の組織の中で
コミュニケーションが円滑にできる
ようにしてきた努力を踏みにじるか
らだ。
地元民同士の時は方言オンリーでも
よいだろうが、初対面の相手、公式
場面、書き言葉は、日本人は国語を
使うべきである。日本国民ならば。
業界用語も、それは話し言葉の範疇
であるし、文章にする際には正確な
日本語が書けない、読めないと話に
ならない。
基本的には新聞や論説文などの文調
で日本語を書くのが標準の基準軸と
なる。
学校教育のうちの母国語の履修は、
日本人がまっとうな日本人という
国民になるについて極めて大切な
事なのである。
標準語を正しく話し、きちんと日
本語で物を書ける事、これ大事。
日本人であるならば。