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トッペイのみんなちがってみんないい

透析しながら考えた事、感じた事。内部障害者として、色々な障害者,マイノリティの人とお互いに情報発信したい。

今日の園芸日記/アイスプラントの花

2009-07-30 23:48:38 | 日記
 今日は、朝から晴れていた。どうも、天気予報は当たらないようだ。今は、雨が降っているが。

 アイスプラントの苗は順調に育っているが、水分が足りないのか、サラダで食べるようなみずみずしい葉ではない。他の多肉植物のように、乾燥に耐えているような感じの葉である。

 この所、しばらく天気が悪かったので、水やりの方ほお休み状態であった。今日は、晴れたことだし、透析から帰宅後、水やりをしようとアイスプラントを見てみると、たくさんの白い花をつけていた。一応、メセンの仲間なので、ある程度は、花の様子は予想できたが、案外、地味な花であった。よくいえば、可憐に咲いていたということだろう。
 葉の先が赤いのは、前から気になっていたのだが、育て方によるもののようだ。

 実生の苗は、まだ、株分けをしていない。もう少し、放置栽培して様子を見ようと思う。


居場所はどこに/絵本を読んでいて

2009-07-29 00:13:43 | 日記
 知人もよく図書館を利用する。図書館に来る人のことが話題になる。図書館は公民館の中にあるのだが、以前は、1階に大きな液晶テレビとそれも観るためか、あるいは休息用の椅子が並べられていた。しかし、ほどなく、テレビも椅子も撤去された。

 二つの上下のフロアを利用している図書館には、新聞と週刊誌をはじめとした雑誌が置いてある。冷暖房完備である。

 友人が言うには、何もすることがない人を多く見かけるという。確かに、高齢者の方が多い。図書館が居場所になっているようだ。ホームレスの人の姿も時たま見かける。姿を見る前に、匂いでその存在に気がつく。悪臭が図書館の一角に満ちる。でも、係の人は敢えて追い出すこともしない。寒い冬などは、シェルターになっているのだろう。

 テレビと椅子が撤去されたのは、省エネによる財政上の問題があったのかもしれないが、高齢者が集まるからとも思えた。

 以前から、行き先もなくさまよえる高齢者のことは話題になっていた。デパートの椅子に朝から所在無げに座り続けるお年寄り。小さな病院の待合室でテレビを見ているお年寄り。もちろん患者ではない。

 東京の巣鴨は、お年寄りの居場所の一つだ。でも、ここに来るまでが大変なお年寄りも多いのだろう。

 不思議に思っていることがある。お寺や神社で何故、昔のように場所を提供しないのかと。

 自治体で運営する市民センターなどは、将棋とか俳句とかのサークルに入らないと利用できないところがある。そうしたことを、敢えてしたくないお年寄りも多いはずだ。本当は、ポットにお湯だけでも用意して、無理に何らかの活動を求めないスペースがあってもよいはずだ。

 お年寄りをだます催眠商法をやっている業者にも関わらず、足しげくそこへ通っているお年寄りも少なくない。そこが「居場所」になっているのだ。

 お年寄りばかりでなく、若者の居場所もないのが現実だ。カラオケとか居酒屋とかが本当の居場所には思えない。派遣村が話題になった時、居場所を失った多くの若者の姿を見た。

 虐待を受けている子どもにとっては、家庭も居場所とはならない。カルト宗教に走った家庭に生まれた子どもが、親の信仰の対象に疑問を持った時、もはや、その家も居場所ではなくなる。

 夜の街を徘徊する若者たちがニュースに登場することがある。彼らにも、帰る居場所がないのかもしれない。

 安心して、心の交流ができる居場所を作ること、それは現代社会では、無理なことなのだろうか。

患者会、生と死

2009-07-26 23:54:35 | 日記
 先週の雨続きの中の天気予報に反して、今日は、まさに夏の日であった。
午前中、夏用の礼服に着替えて、透析患者の葬儀に出かけた。一般のサークルなどの団体と比べると、患者会は、年間に亡くなる人の数が多い。役員が、お通夜か告別式に行くことになっている。本当は、この仕事、かなりしんどいのである。精神的にも身体的にも。家族はタクシーで斎場まで行くように言っていたが、節約のために、甲州街道まで出て、バスに乗っていくことにする。夏の日差しの中を歩くと、汗が滝のようにふきだす。ワイシャツもびっしょりである。※汗が出やすい体質なので、夏は、特に水分管理が楽である。透析患者は、水分を取り過ぎると、身体の中に溜まり、むくみや心臓肥大を起こす。ひどい時は、肺の中が水浸しになる。でも、汗が出るおかげで、水分補給をする目的で、かなりの水分をとることができる。

 バスを降りてから、斎場までしばらく歩く。今まで、何回来たことか。ここは、焼き場も併設されている。昔は、焼き場のそばは、人が住むのに嫌われた場所だが、今では、周りは、建売住宅とマンションでいっぱいである。春など訪れると、焼き場のそばの公園で、家族連れがお花見などをしている。だいぶ、人々の意識も変わったようだ。

 最近は、葬儀は、告別式よりお通夜の方が参加者が多い。昨日のお通夜は、透析の後なので行くのは止めて、今日の告別式に参加することにした。

 いつも、患者会の行事に夫婦で参加されていた喪主の奥さんは、急の訃報で精神的に衝撃が大きかったようで、焼香の時は、友人に支えられていた。

 今まで、かなりの数の会員を見送った。

 葬儀が終わってから、急いでバス停に向かった。今日は、患者会のお楽しみ会が11時から始まっていた。本来だったら、受付30分前に会場にいなくてはならないのだが、今日は、遅れていく旨を連絡しておいた。お清めの塩で清めてから、ネクタイだけは外してバスに乗り込んだ。昨日は、このお楽しみ会を機会に新しく入会する会員の分の料理の手配を役員に頼んだりして、あわただしかった。会を去る人、会に入る人、死する人と、生きて交流をする会員たち。

 会場に着いて、新しい会員をはじめ、知り合いに挨拶をして回る。こうした催しで、会員たちは、いつもはできない病気に対する意見の交換なども行っている。新会員も、10年以上透析を続けている会員から、色々と話を聴けて、心が落ち着いたと言っていた。

 9月には、焼津に日帰りのバス旅行がある。生きていることを実感する意味もある行事である。今日、亡くなった会員は、去年は旅行にも参加していた。毎年、こうした行事に参加できることは、生きている証しでもある。

日記/患者会の喪の仕事

2009-07-24 00:12:44 | 日記
 透析患者は、仲間内ではよく言うのであるが、綱渡り状態で生きていると。この病気は、見た目からはなかなかわからない。昔の透析技術がまだまだの時は、身体が黒ずむ人が多かった。だから、透析患者といえば、顔が日焼けと違う黒さをしていた。もちろん、身体全体もである。腎移植をすると、色が白くなるといわれていた。最近は、ダイアライザーの性能も良くなったので、真っ黒になるということは少ないようである。
 しかし、合併症や、自己管理の失敗からの血圧低下など、病状が突然悪化することがある。同じ、クリニックのフロアで透析をしているので、透析患者の状態が悪化する姿を厭が応でも見てしまう。そこに、明日の自分の姿を見ることもある。
 患者のベッドがある日突然空く時がある。しかし、特に親しい人以外は、その消息を聞いたりはしない。悪く言えば、無関心を装っている。多分、入院したのだろうと思っても、話題にもしない。結局、いつまでも帰ってこないと、亡くなったのではないか心の中で推量しているのが、患者たちではないか。

 死亡しても、患者会の会員の場合は、役員の方にクリニックから連絡がある。といっても、最近は、個人葬など内輪だけで葬儀を執り行うことがあり、そんな時は、連絡もないこともある。役員が連絡を受けても、最近は、他の会員に敢えて知らせないことにしている。ある会員が、訃報があった時は、その旨を待合室のホワイトボードに張り出せばいいと言ってきた。しかし、透析患者の微妙な心理状態から、その提案はお断りした。

 今日、透析室に入ると、すぐに看護師が紙を持ってやってきた。そういう時は、なんとなくあれかと思う。つまりは、会員の訃報である。今回は、しばらくベッドがありていたAさんであった。訃報を張り出した方がいいといった会員である。

 20日に亡くなったという。看護師は原因は分からないと言っていたが、本当のことはわからない。73歳であった。いつもは、元気に見えて、夏の炎天下も冬の寒風の中も、経営するアパートのペンキ塗りなどの作業をしていると言っていた。また、家庭菜園もやっていた。去年の夏は、暑さの中、動き過ぎて、ダウンしていたが、普段は見た目は元気そうで、患者会のバス旅行や、食事会には、奥さんと一緒に参加していた。

 やはり、綱渡り状態。うまく、バランスをとって綱を渡っている分には、問題がないが、風が吹いてバランスが崩れると落下する。

 憂鬱なのは、喪の仕事である。役員をやっていると、患者会の香典を持って届けなくてはならない。病人が、死の儀式に参加するのは、メンタル上も良くない。第一、斎場へ行くのも一苦労なのだ。半日つぶれることもある。死者を見送るのは、親しい友人が行けば良いのだが、よく知らない会員の葬儀に参列しなくてはならないこともある。役員会で、この喪の仕事を止めるように何度も提案しているのだが、いつも、拒否されてしまう。僕の透析日のサイクルは、僕以外には行く人がいない。だから、憂鬱である。

 今回は、土曜がお通夜で、日曜が告別式である。しかし、土曜は透析日。透析が終わってから、帰宅して、喪服に着替えてから斎場に行くのは、心身両方の負担が大きい。日曜日は、患者会のお楽しみ会である。会食とカラオケ大会。このままでは、日曜の午前中に葬儀に参加するようになる。そして、お楽しみ会には、喪服のまま、遅れて参加ということになる。ネクタイだけ取り外すしかあるまい。斎場へは、はるか離れたバス停まで歩いて、そこからバスで行くことになる。今回も、役員の喪の仕事を止めるように言うつもりだが、また、拒否されるのだろう。

 最近は、自分の時間を削ることを意識するようになった。制限された自分の時間を自分の思うように使いたいと思う。

 でも、喪の仕事は、式に参列している時は、参加して良かったと思ってしまうものである。でも、帰り道がある。

 他のサークルと比べたら、一年間に亡くなる会員の数は遥かに多いのである。

 日曜は、御経の後に、会員のカラオケを聞くことになりそうだ。

今日の日記/夕やけ小やけふれあいの里でBBQ

2009-07-20 21:39:31 | 日記
 今日は、地元の「夕やけ小やけふれあいの里」で、バーベキュー大会があった。昨年に続き2度目の参加。今回も多くの人が参加した。90名位か。サークルからも参加。

 夕やけ小やけふれあいのさとは、地元、恩方地区にある。中村雨紅の童謡「夕やけ小やけ」が、この地をモデルにして作られたとされている。※実際は、他の地区でもそのように主張するところがあるが、あくまでもイメージも含まれているから他の地区も夕やけ小やけの故郷だと言っている。

 同じ市内といっても、交通の便は、車がないと不便なところである。バスも大方1時間に1本しか走っていない。ロードバイクを楽しんでいる人も多く見かけた。

 朝は、その数少ないバスの乗り遅れないように、まずは、JR八王子から高尾駅まで中央線に乗る。以前は、「陣馬高原行」のバスは、京王八王子駅から出ていたのだが、2年前から高尾駅が始発となってしまった。だから、家から、いったん遠回りの形で八王子駅へと急いだ。このバスは、陣馬山へのハイキング登山の人で休日は込み合う。陣馬から高尾山や相模湖への登山コースを楽しむ人が多いが、ここでもご多分にもれず、高齢者の登山家が多い。若い人は、わざわざ体力を使って、披露してまで山に登る人は少ないのだろう。昔は、高校や大学の山岳部は、結構盛り上がっていたのだが。

 天気は、曇りがちで、気温と湿度は高めだったので、体力を消耗してしまった。
青梅市から、自転車でやってきたメンバーもいた。開場まで、女性陣は、朝取り野菜を売店で買う人が多かった。ロードバイクの人も時折見かける。トイレも売店もあるので、休憩地点になっているようだ。







 さて、材料が届いて、各グループごとの焼き方始め!
今日は、朝は軽く食べてきた。透析をしているので、調節をする必要がある。



 炉の前は、さすがに暑い。適当に手伝う。



 1グループ7人分が焼きあがる。こういう時は、たくさん食べられる。



 たまには、ビールも飲む。冷やしトマト付き。



 コミュニケーションも御馳走である。交流も楽しい。

 でも、透析患者には、たんぱく質のとりすぎは要注意である。明日、検査があったらリンの値が高くなるかも。また、今日は、野菜とスイカを結構食べた。カリウム値の血中濃度が急激に上がると、心停止の危険がある。自己管理、自己管理。
 ビールもプリン体が多いな。家に帰ってから、カリウム吸着材のアーガメイトゼリーをリンゴ味のふりかけをかけて食べておいた。リンの方は、食前には炭カルとフォスブロック、食後には、ホスレノールを服用しておいた。

 食後は、ゲームを楽しむ。身体を動かすのもたまにはいいね。

 帰りは、八王子駅まで、車に相乗りだった。バスを待っていたら、遅くなってしますのでまずは安心。

 ということで、今日も、仕様のない日記の書き込みと相成った。納涼能その他の記事は、また先送りになった。今日は、お疲れモードでもあるので。

今日の日記

2009-07-19 21:11:54 | 日記
 今日は、ブログに納涼能の記事を書こうと思っていたが、この所、精神が夏バテ状態か、心が夏風をひいたようで、あまり書く意欲がわかないので、日記をしたためることにした。
 明日は、バーベキュー大会があるので、今日は、家でのんびりしようと思っていたら、友人からメールが来た。ゲーセンに行こうとのこと。インター近くのゲーセン。断れない僕は、午後から彼のお伴をする。車で迎えに来る。今日は、町内では、夏祭りなので、御神輿は見られず。

 ゲーセンといっても、もう、三国志大戦とガンダムビルダーは、不向きなのでやらない。せいぜい、クイズマジックアカデミーくらいしかやらないものの、今日のゲーセンには無い。※なお、三国志大戦、近々、新バージョンになるが、友人は再挑戦するようだが、こっちは関心無し。

 新型インフルエンザが騒がれてからは、ゲーセンに行っていない。透析患者は、罹患すれば重症化するリスクが高いから、空気の悪い人込みは避けていた。
 煙草の匂いがするところは、まっぴらごめんだ。

 今日は、諦める。友人が競馬ゲームをするのを見ていた。

 でも、退屈なので、クレーンゲームに初挑戦してみた。景品は、一定の値段以下と法律で決められているので、高価な景品は存在しない。千円もしないだろう。うん百円の景品。ただ、非売品ということで、レアな感じがするのである。

 げーっ、散在してしまった。案外、頭に血が昇りやすいのかも。これなら、夏の文庫本フェアで、ブックカバー2枚と、Yonda?の人形がもらえたのに。

 その成果は、小さな景品だけ。高いリラックマのマスコットになってしまった。

 友人は、今日は、閉店の12時近くまで、マージャンゲームをするという。帰りは歩いて帰ってくれという。彼も、頭に血が上る。健康のためもあるから、汗をかきかき歩いて帰る。今日は、早めに寝なくては、明日のバーベキューに差し支える。



 家に帰ってから、外を見たら、雨も降らないのに、高層マンションの上に虹の一部が見えた。なんかいいことがあるんだと、自分に言い聞かせる。

 と、仕様もない日記を書いている。

日記/夏祭りの季節です

2009-07-18 21:44:29 | 日記
 今日は、市役所の近くの川では、灯ろう流しが行われました。町内のお祭りも、今日から始まりました。透析に行き時に、会場では、神社へ行く準備の町内の人がたくさん集まっていました。これから、御神輿を八幡八雲神社に運んで、ご神体を移すためです。御神輿は神様の乗り物ですから。

 透析の帰りには、もう、夜の夜店と盆踊りの準備をしていました。僕自身は、もう、子どもの時の興奮は冷めてしまいました。

 31日は、冨士森公園の浅間神社で、団子祭りがあります。花火大会は、1日ですね。祭りの季節がやってきました。

 僕は、祭りのそばを通り過ぎるだけでしょう。

 お祭りといえば、上田現さんの「お祭り」が、僕にとってお祭りの曲の定番です。独特の曲の雰囲気と、歌詞が好きですね。

上田現 お祭り



今日の日記/外来植物のこと

2009-07-16 20:59:19 | 日記

 今日は、市役所に診断書を届けに行きました。透析の帰り、市役所まではバスで行きました。

 市役所のロビーには、地元の漁協による展示の浅川の魚が水槽の中で泳いでいました。八王子も最近になって、ようやく下水道の整備が進んで、多摩川の支流である浅川の水質も良くなりました。この夏休みには、ガサガサ探検隊も開催されます。でも、まだ、工場の排水を川に垂れ流している所があり、残念です。夏は悪臭を出しています。利益を出して操業しているのですから、もういい加減、整備をしてもらいたいと思います。下流の日野市で、清流を取り戻そうという運動をやっていても、上流の八王子で汚水を垂れ流していたら、意味のないことになってしまいます。なお、今までは、サバイバルいかだレースが行われていましたが、去年をもって終了となってしまいました。

 

 帰りは、川の沿って歩いて帰りました。今日も、梅雨明けの暑い一日でした。



 河原に繁茂しているアレチウリは困りものです。外来生物法で、特定外来生物に指定されています。冬の間は枯れますが、木に巻きついた枯れ草が異常に醜いです。一部の自治体では、駆除しています。在来種に対する侵略的外来植物とされ、自然保護団体でも、まめに駆除している団体が三多摩にもあります。とにかく、お邪魔虫状態の植物です。こういうのに限って、繁殖力が強いわけです。いずれは、多摩川水系から姿を消してもらいたい植物です。









 近年、よく見られるようになった、ナスの花のような植物も困りものだそうです。その名もずばり、「ワルナスビ」。有毒植物だそうです。はるか、アメリカ合衆国からやってきた、これもお邪魔虫。従来からの、日本の植生が破壊されているという証しでもあります。昔は、蛍も当たり前に飛ぶ河原には、懐かしい在来種がたくさん生えていました。


今日の日記

2009-07-14 20:20:19 | 日記
 梅雨が明けたとのこと。今日は、暑い日でした。お茶の水の病院に通院の日です。昨日は、憂鬱な気分でしたが、今日は、立ち直って、午後の受診の前に、三井記念美術館に行きことにして、出かける前の急いでネットでアクセス方法を検索しました。
 病院に着いて、診察券の受付を済ますと、歩いて美術館へ行きました。東京に出たときは、歩いてみるのもいい経験になりますし、道も覚えます。でも、方向感覚が鋭いわけではないので、結構探すのにてこずりました。

 帰りは、歩く予定でしたが、美術館で時間を費やしたので、病院に時間内に着くために、一駅区間でしたが、中央線に乗りこみました。

 お茶の水で、ビッグイシューを久しぶりに買いました。八王子の販売員の姿を見なくなってから、久しくなりますが、彼の消息、心配です。

 ビッグイシューは、読みでのあるオピニオン誌なので、是非、販売員を見かけたら買ってくださいね。122号は、「はらべこあおむし」のエリック・カールのスペシャルインタビューと、特集「ドラマなき日常を生きる 僕らの演劇生活」(若き演劇人の紹介)が載っていました。

 病院終了後、金曜日に行く予定の国立能楽堂に行ってみました。8月の定例公演のチケットを買うのも目的でしたが、チケットは完売でがっかりしました。新宿駅まで、歩いてみました。結構、歩くと時間がかかります。汗が滝のように流れました。

 京王八王子駅に着いてからも、帰りは歩きです。今日は、たくさん歩きました。

 いつもの花屋で、イポメアの鉢植え、もう種ができていましたが、2鉢を500円にしてもらいました。あと、無料の苗をもらいました。ダチュラ、朝鮮アサガオの八重咲きと多肉を2種類。他にも、無料の苗があったのですが、そんなに持っていけないので。ダチュラも、エンジェルトランペットというよりは、朝鮮アサガオと言った方がいいような品種です。この仲間は、時々、河原に自生しています。






昨日の日記

2009-07-14 01:03:10 | 日記


 この時間に書く日記は、正確には昨日のことなのだが、まだ日が変わったばかりなので、「今日」と書いたほうが気分的には自然である。

 今日は、お茶の水の病院に通院する日だ。だから、透析は昨日に変更した。(ここで昨日と書くと、なんだかおかしな感じがする)。透析には、休みがないから、日程を変えるしかない。透析を始める前から、シャントが痛かった。家を出るときに、この前のシャント閉鎖の後で買った聴診器で音を聴いても詰まっている様子はなかった。主治医も音を聴いたが、シャントは生きているようだった。腕の裏の方の細めの血管をこの所ずっと使っていたので、そこは休ませることにした。静脈炎を起こしているらしい。本来の、反対側にあるシャントをしばらく使うことにした。透析中は、腎移植に関する本を読んでいた。なんか、今日は、そんな訳で、あまり気分が乗らなかった。

 いつものように、透析が終わってから図書館に寄った。相変わらず、入口にアルコールが置いてある。新型インフルエンザ対策が、ここではまだ続いている。ダイソーに寄ったら、不織布のマスクが14枚入りで売られていた。一応、秋の流行に備えて、薬局で買ったマスクが2箱と、ほかにもコツコツ買った分があるのだが、買っておいた。近所の薬局では、まだ、箱入りのお徳用のマスクが売り切れ状態で、お1人一点限りと書いてあった。街の薬局には置いてあるのだが。今でも、時たま、マスクをする人を見るが、地元で患者が確認された時と比べれば、めっきり減った。

 メールが入った。患者仲間だ。モスで待っているという。

 彼は、そんなに年が変わらないが、脳出血の後遺症で左片まひが残っている。でも、最近は車を運転している。この前、同乗したが少し怖い。
 市役所へ、また、生活保護申請に行ったという。前回も、申請したことがある。その時に関わった。彼は、無年金者。国民年金を払っていなかったので、障害基礎年金がもらえない。最近は、将来の年金支給の心配から、国民年金を払っていない若い人がいるらしいが、障害を起こしたときに、彼のように無年金者となってしまう。
 前回の申請時には、とりあえず最初の2カ月分くらいは支給されたが、実家が、土地と家屋を所有していることから、申請は却下された。世帯分離すれば、支給されるかもしれないが、何分、1人暮らしは難しいだろう。
 
 しかし、今回は、自分で申請をしたらしい。そして、役所で駄目だと言われての帰りだった。僕には、彼の真意がよく分からない。病院にいた時から、かなりわがままなところがあって、看護師がこぼしていた。クリニックでも、ロッカー室から、いつも緊急用のブザーを鳴らしている。なんてことはない。着替えの手伝いをさせるためにである。なんか、自分で努力しようとしないで、人任せが多過ぎる。でも、そんなことは、彼には、言いたくても言えない。

 モスで話しながらも、またもや、憂鬱になっていく。とりあえず、無年金状態に対する対応ができればいいのだが。

 今日は、病院で半日はつぶすだろう。前回は、午後の診察までの間に、上野に阿修羅を観に行った。今日は、なんか、あまり他の場所に寄る気分ではない。科学博物館に行けば、ガリレオが天体観測を始めてから400年目を記念する展示もある。でも、気分が乗らない。今日は、どうやって時間をつぶそうか。アキバも行きたい気分になれない。

今日の日記

2009-07-12 23:09:40 | 日記
 テレビでは、都議会議員選挙の開票状況が進んでいる。とにかく、今の自公体制にうんざりといった民意が働いたようだ。次の総選挙の予兆となるかも知れない。

 さて、たましろの郷で求めた牡丹玉が、小さいながら、2番目の花を咲かせた。ギムノカリウムは本当に花付きが良い。

 たましろの郷ニュースの7月号には、今後の予定が載っていた。

 8月4日㈫には、例年のようにろう者の戦争体験を語るイベントが開かれる。戦争の記憶がだんだんと風化していかないための試みとして大切のことだと思う。
 
 ☆「手話で語る戦時体験2009」
   日時:8月4日 ㈫ 午後の部  14:00~
 夜の部 18:30~  各1500円
   場所:中野区野方区民センター
      東京都聴覚障害者自立支援センター・たましろの郷後援会共催

  なお、今までの記録をDVD化するそうだ。

 ☆たましろの郷夏祭り
   日時: 7月25日㈯ 雨天決行
       16:30~19:30
   会場: たましろの郷
   東青梅駅からの送迎バス
     行き ①16:00 ②16:30 ③17:00
     帰り ①18:00 ②18:30 ③19:00 ④19:30

 

プラネタリウムに行く

2009-07-11 20:20:01 | 日記


 当初の予定では、サイエンスドーム八王子のプラネタリウムでの「銀河鉄道の夜」は、明日12日で終了ということでした。そんなわけで、今日、透析の帰りに見納めの意味で、観に行った次第です。
 でも、好評につき、再再度の投影延長のようです。10月12日までの予定表にも、新番組とともに「銀河鉄道の夜」が載っていましたから。

 この作品は、賢治の「銀河鉄道の夜」を読み解く上で、とても役に立ちます。ジョバンニたちの旅の行程がよくわかります。北十字から、南半球の南十字までの銀河の旅だったんだと実感できます。天気輪や特に三角標のイメージがつかめました。
 KAGAYA氏の取材の旅が作品に生かされているわけです。汽車のデザインは、岩手軽便鉄道がモデルになっていたのですね。ボールドウィン蒸気機関車は愛知県の明治村にあるそうです。映像の中の汽笛や車内音はそこで収録されたそうです。シグナルは、八戸線の腕木式シグナルが。
 「銀河鉄道の夜」を読んでも、三角標の意味がよくわかりませんでした。賢治が生きていた時代は、測量の時の三角点の上にやぐらが組まれていたんですね。それが三角標で、つくばの国土地理院に保存されているようです。

 「星めぐりの歌」に出てくるさそり座の赤い目玉は、賢治のオリジナルな発想なんですね。地中海世界では、このアンタレスは、さそりの心臓と解釈されていたということです。

 まだまだ、プラネタリウムで「銀河鉄道の夜」観られます。7月18日からは、子どもが喜びそうな恐竜の番組「ダイナソーDX パタゴニア・巨大恐竜の謎」の投影が始まります。


「銀河鉄道の夜」予告編(日本語版)


Trailer of "The Celestial Railroad"(English version)by KAGAYA Studio


桑島法子の朗読「銀河鉄道の夜」6/8


銀河鉄道の夜 one night


星めぐりの歌




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画集 銀河鉄道の夜
宮沢 賢治
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写真日記/帰り道

2009-07-10 17:44:57 | 日記
 サークルの帰り道。すっかり晴れてしまった天気。
 市民球場の横を通る。夏の甲子園の西東京地区のゲームが行われる。









 昨日、今日は信松院のほおずき位置だったが、もう片付けていた。時間はまだあるのに。



 信松院は、徳川家康が恋をしたという武田信玄の娘、松姫が尼僧になって仏に仕えたお寺。ここのお地蔵さんが、向かいの小学校の生徒をいつも見守っている。



 中央線は自殺が多い。踏切の高架工事の車両が通るトンネル部分は完成した。車は、この踏切で待つ必要がなくなった。でも、歩道部分は、8月いっぱいまで工事が続く。





 歩道が完成した段階で、この桜横町踏切は閉鎖される。





 萩原橋を渡る。萩原さんという人が昔作った橋の名前が、そのまま、新しい橋の名前に残っている。プラネタリウムが見れるだろうか。
 今日は、暑い夏の日であった。まだ、梅雨は明けていない。歩いていると、汗が滝のように出る。


今日の日記

2009-07-07 19:04:57 | 日記
 体調を崩すと、痔のような症状になる。日曜日は、友人のお付き合いと、ムットーニ氏の展覧会に痛みをこらえた出かけて行った。これが、患部を刺激してしまったようで、月曜日は昼間まで、座る時にも、激しい痛みに襲われる。痛みに耐えるのは、体力を消耗するようで、しばらく、昼寝状態で寝込んでしまった。夕方は、何とか薬が効きだしたのか、正座しても痛みは軽くなった。しばらく、様子をみる必要がある。今日の透析の帰り、歩く時に少し痛みを感じる。血液の凝固を防ぐへパリンを使っているせいか。早く、痛みから完全に解放されたい。でも、今日の痛みは苦にはならない程度。
 以前は、やはり、微妙な所に腫れものができて、何回も大爆発した。今のクリニックで、手術をして摘出するまでは苦労した。摘出した部分は、幸いに細胞を調べたがガンではなかった。この患部とは、20年近いお付き合いであった。透析導入のために入院した時も、入院中に大爆発を起こしている。その時は、透析の方がメインだったので、診察はしてもらったものの、手術はしなかった。
 当時は、ドラクエとか、信長の野望などのゲームに夢中となると、必ず、症状が悪化した。遊ぶことへの天罰だったのか、なんて思ってみたりした。痛みには、我慢してしまう所が、症状を悪化した。今のクリニックでも、何べんも爆発して処置をしてもらっていた。今回も、同様な展開をしないことを祈っている。

 今日は、七夕である。新暦で行うことから、毎年、晴れることは少ないようだ。本日は珍しく晴れている。帰りにプラネタリウムに寄ろうと思っていたのだが、時間を間違えてしまってあきらめた。



 地元のマンホールの蓋には、郷土芸能の車人形が描かれている。三番叟だろう。



 おまけに、ちょこっと園芸日記。300円ぐらいで買った胡蝶ランは、茎を切り戻したことで、今も2番花が咲いている。



 透析するようになってから、園芸のほうはお留守になって、放置状態が続いた。当時の生き残りも、今年になってやっと植え替えたものもある。

 多肉植物の生き残りは、珍しいものも残っているのだが、名前を確定する必要がある。以下の2種も今の所、名無しさんである。記録したノートを探し出して、名札を付けてやらなくては。

 このサボテンは、初春に黄色い花を咲かせる。刺なしサボテンのほうが、扱いやすくて好きである。刺のあるものは、植え替えの時など、気をつけないと刺攻撃に会う。



 この苗は、フィカスの仲間。阪神淡路大地震の起こる前に、兵庫県のマニアの方から分けてもらった実生苗の生き残り。多肉マニアは、根茎が膨らむものを好む。厳密にいったら、多肉植物と言えないようなものも、対象となる範疇に含める。なんせ、バオバブの木も多肉植物愛好家が早くから育てていた。
 このフィカスも、小さいながら、膨らんだ根茎を持っている。




『ムットーニ ワールド からくりシアター』最終日に行く

2009-07-05 20:04:40 | 日記
 八王子市夢美術館で5月30日から行われていた『ムットーニ ワールド からくりシアター』も、今日が最終日であった。こうした展覧会は、めったに行われないので、今日も最後の口上を聴きたくて出かけた。やはり、作品を、ムットーニ氏の口上付きは、ムットーニワールドを十分に楽しめる。
 今日は、最終日のせいもあり、口上を楽しむお客さんが多くて、2回の上演会とも部屋の中は人でいっぱいであった。車いすのお客さんも2組位来ていた。

 まだ、始まった時には、口上がついていなかった新作「インターメッツォ」に、最終的なものではないらしいのだが、口上がついて上演された。

 今回は、3回、会場に足を運んだ。初日に、大作「ザ ダイアリー オブウィングズ」を口上付きで鑑賞できたのはラッキーであった。

 こうした形の総合芸術を体験したのは初めてである。音楽に光と影、口上などが全てそろって繰り広げられる独自の詩的な世界を堪能できた。

 ムットーニ氏の油彩画も魅力的であった。

 今日は、お子様もたくさん来ていたが、どんな風に感じたのであろうか。
 
 会場を離れてからも、7時まで展示が行われていたが、今日は特別に上演会の他に、口上があったようだ。最終日のお楽しみだ。