しろつめ・楚々・くちかずこ姫のお部屋 goo

安易に清水の舞台から飛び降りるが、意外に用心深い。極めて自己中心的だが、意識がない部分で情が深かったりもする。

くちかずこはくちかずこなのに!!

2008年11月28日 14時18分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

あーやだやだ!
50年も生きてきて、結婚もし、離婚もし、

子連れ大黒柱となり、一家を構え、

世間の、花や嵐を踏み散らかしていると、いろんな処に名前を出している。



前回の結婚は養子取りだったので、名前は変わらなかったが、今回、50歳にして変更。
有るわあるわ・・あるわあるわ!!!!!
手続きの山!


運転免許やパスポート、預貯金なんて、序の口。
クレジットカードも十数枚。
電気、水道の類。
社会保険、民間保険、通販各種。

昨日は、霞ヶ関、厚労省へ電話。
看護師免許の改正の問い合わせ。
はい、地元保健所へ戸籍謄本、印鑑、等々を持ってトコトコへとへと。
しかし、免許は、娘時代に取っているため、出生から全て追跡できる、除籍謄本まで要るとのこと。


言われるままに書類を記入。
「はい、ここに舛添要一と書いてください。」
「はあ?」
「今の大臣宛に書くんですから。」
「はあ。」
「舛添要一様、あなたの和子より・・・」


帰宅後、出生地の役所に電話。
郵便局で定額小為替を作り、請求準備
また、保健所に行く予定。
費用、〆て六千円!


では、ケアマネもついでに・・・と思ったら、こちらは県庁の長寿課とのこと。
あああ・・・

くちかずこは、くちかずこなんだぞ!!!
髪の毛一本たりとも、交換してないんだぞ!!!
おとーさーん、おかーさーん!

50歳で、嫁にいくとは、かくも煩雑なことなり

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エッセイストくちかずこ最終日

2008年11月26日 09時01分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

    回想


小さい頃、アイスキャンディーは五円だった。
私のお気に入りは十円で四色入っていた。
駄菓子やの、イチゴミルクキャンディーは一個一円。
私は、五円くじが大好きだった。

近くの竹屋の竹は、国道を馬が牽いていった。
私は、五合瓶を持って、裏の家に山羊の乳を貰いに行っていた。
近所の一見普通の家が、豆腐やだったり、卵やだったりした。
母は、「吉岡鍋」で丸いカステラを焼いてくれた。
偏食だった私は、「のりたま」でご飯を食べ、エイトマンのシールを集めた。
私の夢は、洗面器位でっかいプリンを食べることだった。


祖母は箱枕で寝て、髪はいつも結ってあった。
祖父は当然、褌!

看護婦になっても注射器はガラスで、針は研ぎに出していたと言うと、

職場の若いスタッフ達は、目を??にする。
ちなみに私は、学費、食費等、全て国費で養成された最後の学年である。

知らない間に古い奴になっている。
こんなに早く時代は変わるものなのか。


「山口百恵ちゃんと同じ歳でーす!」といつも自慢していたのだが。
今、生きている人を半分に分けたら、やっぱり私は・・・。
わあ、大変だあ!
休憩、終わり!


あれから7年、もっと時代は高速に変遷し、

くちかずこは目をくるくる回し、あーもこーもし、時に息も絶え絶えとなりつつも

、めでたく?50歳を迎え、今日に至った訳です。
エッセイは一回飛ばしましたが、こんな感じで終了しました。

くちかずこを凄いと褒めてくれる人もいますが、要するに、中途半端な奴なんです。
一言でまとめると、「器用貧乏」

ああ、やっと、普通の日記に戻れる!
ご精読どうもでした

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エッセイストくちかずこ登場7日目

2008年11月24日 08時38分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

     音楽療法


ディズニーランドとシーに行ってきた。
晴天の下パレードを待っていると、数台の車椅子の人々が介護者と共にやって来た。

十代後半位だろうか。結構重度の障害らしく、それぞれの車椅子は砂袋や変形クッションのようなもので工夫されており、

足元を装具で固定されている人もいた。


子供なのか青年なのか区別がつかなかった。
ただ、一様に無表情で微動だにしない。
私は、さらに障害の重さを感じていた。

実は、以前二年位、脊椎損傷で寝たきりの人の元へボランティアで通っていたことがあり、ついつい目がいてしまった。

手指が海老反りに硬直していた。
そして動かない。
ああ、もうこの硬直は駄目だなー、私は心の中で考えていた。

そしてパレードが始まった
ディズニーのパレードはびっくりするほど長く、楽しかった

そして、もっとびっくりしたのは、

車椅子上で、能面のように無表情だった彼等が、笑い喜び、拍子をとり、

踊り出さんばかりに楽しんでいることだった。
硬直した手は丸くなり、ポップコーンをつまんでいた。



実は私は、「音楽療法」を勉強中なのだが、

「こういうことか・・・」と心底思った。
やはり、音楽の力は計り知れない。
そして、介護者がとても良い顔をしていた。


喜びは双方にある。
私は更に、ディズニーパレードが楽しくなった。


あれから7年・・・
行ってないんだなー・・・
さて、誰と行くかな。

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エッセイストくちかずこ登場6日目

2008年11月23日 00時33分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

母性を神聖視してはいけない。


母性は全女性とセットにはなっていない。


職場では日々出産ドラマが展開されているが、

出産して直後、精一杯の産声をあげている我が子に、「ありがとう」(生まれて来てくれて?)「ごめんね」(しんどい思いをさせて?)「かわいい!」と声をかける産婦が半分。
疲労と安堵で脱力し言葉にならない声とともに、じっと胸に抱き動かない産婦が二割。
興奮して喋り続ける人etcも二割とする。

さて、残りの一割だが・・・。
生まれたばかりの、へその緒も切れていない我が子に向かって「このやろー!」と言った産婦がいた。(お前のせいで痛い目にあった?)

産みの苦しみはよく取り沙汰されるが、実は胎児もそれ以上の苦しみを味わって、やっとの思いで生まれ出ているのだ。
なのに唯一無二の母親からの第一声がこれである。
「あんたこそばかやろーだ!」とは言えなかったが。
「ジュース飲んでいいですか?」が第一声だったりは結構ある。

外来に来る、沢山の不妊症の女性達を思うと、神仏を疑いたくもなる。
「赤ちゃんが私のことを睨むんです」と訴える人もいる。
母親にインネンをつける新生児なんているはずもないのだが。

今、母性が崩れ始めている。
案外、全ての問題はここから始まっているのでは?


さて、このエッセイから7年。
幼児虐待・・・
赤ちゃんポスト・・・
育児放棄・・・
そして、安全に出産する場所も保障されなくなりましたね

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エッセイストくちかずこ登場5日目

2008年11月21日 20時04分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

   鰯の頭


小鰯を近所の駐在さんに山ほど貰った。
「もう十分」と言っても、

「こんなに沢山持って帰ったら母ちゃんに怒られる!」と。

数百匹に鰯の頭と腹を次々と落とす。
手開きにし、洗いにし、すだちを添えて一皿。


私は、流しの前で仁王立ちのまま頬張る。
新鮮な洗いは少し甘みがあり、するりと喉を越す。

その後も黙々とビニール袋に頭を溜めていく。
一辺5ミリの三角形の一つ一つに澄んだ目がキラリ。
袋の中は三角キラリで満ちていく。

ふと、金子みすずの、鰯の弔いの詩を思い出す。


じっと、鰯を見る。
やっぱり私には彼らが葬式をする姿は思い浮かばない。
彼女の詩はなかなか良いと思うのだが、鰯に関しては少し考え過ぎではないかと思う。

翌日、少々藻塩を振った鰯を天ぷらにする。
貰い物の茄子やピーマン、じゃが芋もついでに。
たっぷりの大根おろしにすだちを添える。
揚げては食べ、揚げては食べ・・・


そうだ、隣の一人暮らしのバアチャンに持って行こう。
勝手口を出て三歩、バアチャンちの台所の窓を開ける。
あろうことか、バアチャンは風呂上り直後だった!
うーん、なかなかの・・・81歳。

こうして、数百匹の小鰯達は、いっぱいの三角キラリを残して去っていったのだった。


ふーーーー、転記ってつまらんなー
でも、乗りかかった船・・・
あ、自分の船か。
もう、交番は無人になってしまったし、

隣のバアチャンは子供に引き取られてしまった・・・
そして、くちかずこは、その7年の間に、離婚して再婚したのか・・・
ふーん、そーかー・・・
ご精読ありがとうでした。

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エッセイストくちかずこ登場4日目

2008年11月19日 07時44分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

再度お断りをしておきますが、エッセイスト1日目にも書いたように、

これは、8年前に某地方紙に短期連載された、くちかずこの雑文です。
では・・・



   神風滅亡


数年来高校の体育祭を見に行って驚くことがある。
今時の高校男児で障害物競走の跳び箱を飛び越すのは50人に1人位だ。
残りは踏み箱。
年々段も低くなり今やなんと3段!
続いて平均台を走り抜けるのも50人に1人。
歩くことさえおぼつかない子が2割はいる。
組み体操の二人倒立。

1人は相手の両足首を保持する役なのだが、なにせ蹴った足が高く上がらないので成立しない組がそこらじゅうで次の笛を待っている。
これが、今の日本高校男児なのである。
3人の我が子を通して、9年来見てきたが明らかに低下している。

今、日本が報復に参戦するか否か大変な議論になっているが、

私から見ると結論に選択の余地はないと思う。
たちまちすぐの資金や兵器はあるかもしれないが・・・
日本も戦争を放棄したのだから当たり前だと言われればそれまでだが、

とにかく、彼らを見ていると軍隊は成立しない。


誤解のないように言っておけば、私は戦争を肯定しているのではない。
息子達を戦争に行かす気など毛頭ない。
ただもう、神風は吹かないということ。


英国のニュースは、米国の同時多発テロを[KAMIKAZE](神風)と伝えたそうだが、

内容の云々はともかく、これは日本への過大評価だと思う。
日本にはもう、神風は吹かないから。

あれ?あの・・・よく見たら、2001、9月の新聞でした。
7年前でした。
閑話休題、寒くなりましたね。

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エッセイストくちかずこ登場3日目

2008年11月17日 00時27分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

   パンツのこと


成人男性の何割が女性のパンツを手際よくたためるのだろうか、とふと考える。


分娩の介助を看護師としてしていると・・・
陣痛も佳境にさしかかり分娩台へ。


世の流れは立会い分娩。
そこで、夫は妻の脱いだパンツを実に慣れた仕草で、くるくるとたたみ、かばんに仕舞うのである。
言っておくが、決して生まれて初めてという様子ではない。
「小さいビニール袋ないですか?」なんて声をかけられることも。


就職当時、わたしは唖然とした。
わたしも三人出産したし、夫が亭主関白な訳でもないが、それはありえない。
びっくりして友人達にも聞いてみたが、みんな目がテンになった。
多分私達の世代ではなかったことだ。


では、いったいいつから世の男性は妻のパンツをたたみなれたのか・・・
そこであることに気づいた。
長女が京都の大学に進学して以来、洗濯物の片付けは長男が、長男が出てからは次男がしている。
ある会話を思い出した。


「兄ちゃん、母さんのパンツどうやって畳むん?」

「そりゃあのう・・・」彼等は既に慣れた手つきで畳めるのだった。
それにしても、あれとこれとではね・・・

しかし、必要にせままれればうちの息子達も?
延々ぼんやりかんがえる。


男性とは健気な生き物である。
時には気絶しつつ必死に立ち会う。
ああ、性善説を信じずにはいられない!

ただいま、新夫にパンツのたたみ方特訓中!

才能がない
きちんとたためるまで投げ返すのだが、最後はやけになて、頭にかぶって踊っています・・・やれや

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エッセイストくちかずこ登場2日目

2008年11月16日 23時56分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

   向き不向き


人には向き不向きがあるということを私は切に訴えたい!


1時間も前から三対の盆提灯と格闘しているのだが、ついに最後の1つは和室にばら撒いたまま、私は力尽きた。
誠意も尽くし、努力もしたが、きちんと箱の蓋が重なったものは1つもない。
あんなジグゾーパズル私にはできない。
不向きなのである。


初盆の母は心配で墓に帰りそびれたかもしれない。
父は、また母に「お前の育て方が悪い」と言っているかも。
私は一人っ子なので、帆かに望みをかける術もなく、先祖のほうこそ祈るような気持ちでわたしをみているかも。


母は8年間、大病のため半病人で最後の数年は痴呆もあったが、他界する前年まで自分で片付けていた。
「母さん、あんたは偉い!」
私はこれから山ほどの提灯を抱えて生きていくのかと思うと眩暈さえしてくる。


ピアノも弾くし、手芸教室の講師もしている、オペにつく看護婦もやってる・・・んだが・・・
できんもんはできん!
これは大人版、学習障害児とでも言うのだろうか。
一人っ子だから兄弟から学習できなかったせいか・・・
やっぱり、親の育て方が悪かったのかな?父さん?

8年前から進歩してないなあーーーとくちかずこ。

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エッセイストくちかずこ登場1日目

2008年11月16日 23時39分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

なんと、8年前の新聞のコピーが出てきてびっくり!!
くちかずこが俄か短期エッセイストだったんです。マイナーな地方紙に毎週連載の・・・
しょーもない雑文でも、権利は新聞社に?
ま、いーよねー・・・では・・・

  人生は常ではない


人生は無常だと痛感している。
結婚し、一人ずつ子供が増え、狭い家に五人がごった返し、昨日と同じ今日を繰り返してきた筈なのに、息子達はとっくに親の背を越し、あんなにしっかりものだった母が六十少々で痴呆となった。


施設を勧める医者の言葉を振り切り同居へ。
家は建てたものの、六人プラスヘルパーさんが毎日、3-5回出入りすることに。
期限のない痴呆との闘いを考えると、気絶しそうになった。
しかし、母六十四歳にしてピリオドは突然だった。


長女は京都の大学へ。
長男はフリーターにて家を出る。
母の葬儀、法要を通して人の縁も無常であることを考えさせられる。
「人生は常ではない」ということ。


いつの間にか結婚21年。
両親を見送り、子育ても終了間際のこの時、夫婦のあり方の根底を問い直す時が来ている。
去年と同じ今年、今日と同じ明日なんて約束されていないのだ。
父母と私、夫と私、子供達と私、友人達と私、全ての縁に別れはセットされている。


母の初盆を先日済ませ、少々感傷的になったいるのかもしれないが。
42歳にして少々立ち止まり、大海原の中の小さな自分を実感し、

肩の力を抜き、全てをニュートラルにして、

ちいさなあくびをしつつ、薄めで世の中を見ていたいと思う。


くちこ、ただいま休憩中!

で、8年後が今日のくちかずこです。ふーむ、ずっと、大海原にいたらしい・・・


あの、せっかく?なので9回連載しまーす!

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ぷー122日目、花も嵐も踏み散らかしウエディングより帰還

2008年11月14日 20時23分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

ただいまです
日本国憲法に抵触しないという確認の上、50歳でありながら、ウエディングドレス、着てきました
162センチと182センチを左右に従え、

うっかりと、初々しさを家の玄関に置き忘れたくちかずこの、珍わがままアルツ風道中はいかに・・・

フォトウエディングを舐めたらあかんぜよ
くちかずこは、なめていました・・・
カメラマンが撮るわ撮るはわ
あちこちあちこちパシャパシャと。
観光客に向かい、「見るな!ばかものっ!」とも言えず・・・
最後はほとんどやけくそに笑っていたような。


王子や王女も撮る撮る
介添え人やレフ板を持った助手、カメラマンまで従え・・・
「誰だ!こんな計画立てた奴は!」
はい、オール、くちかずこ・・・

夜はディナー後、部屋で宴会。
三度の食事とティータイム、

ちゃんぽん食うぞ!

佐世保バーガー食うぞ!


その間、船の券失くす、朝食券失くす、博多駅では新幹線の切符失くす・・・
命からがら帰宅いたしました

子供達に結婚祝いを貰い、娘が介添え人やカメラマンに祝儀を渡し・・・
諸事万端世話になりました。
次々届く宅急便や荷物、写真の整理等々、やっと済ませて、パソコンの前にたどりついた次第です。
以上、報告でした。
これからも、よろしくです

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