1日1日感動したことを書きたい

本、音楽、映画、仕事、出会い。1日1日感動したことを書きたい。
人生の黄昏時だから、なおそう思います。

「バグダッド101日」(アスネ・セイエルスタッド)

2008-01-28 21:14:07 | 
 アスネ・セイエルスタッドの「バグダッド101日」という本を読みました。アスネ・セイエルスタッドは、1970年生まれ、ノルゥエー在住の女性ジャーナリストです。この本は、フセイン政権崩壊時に、バクダットにとどまり、世界にバクダットの様子を配信し続けた作者のルポルタージュです。
 この本を読むと、死だけは、金持ちにも貧乏人にも、ブルジョアにも下層の労働者にも、平等に訪れるという常識が、決してそうではないことを思い知らされます。アメリカ軍の爆撃が始まるはるか前に、イラクの大金持ちは、ヨーロッパや近隣のアラブ諸国にさっさと避難していきます。アメリカ軍の民間住居や市場、街路などへの爆撃によって、愛する子どもや両親を失ったのは、イラクにとどまり、そこで生活し続けるしかなかったイラクの普通の人たちでした。
 作者アリエスは、爆撃で大やけどをし、手を切断した少年の「僕の手を返して」という叫びや、最愛の人を失った女性の失意を直視しながら、イラクの普通の人たちの、フセインやアメリカに対する本音の言葉を聞こうと格闘します。そして、作者のアリエス自身も、101日間の滞在を通して、「いつでも立ち去ることができる外国人ジャーナリスト」から、「そこにとどまり続けるしかない一人の女性ジャーナリスト」へと変化していきます。真摯に日常生活を送る普通の人たちを、いじめ、踏みにじる戦争に対する、彼女の憤りとやるせなさが、ルポルタージュの行間から、聞こえてくるのです。この本は「私はバクダッドにいた」という文章から始まるのですが、彼女は、イラクの人たちとともに、たしかに、あの時、そこにいたのです。
 アネスは、彼女の通訳であったアーリアと、行動をともにするなかで、お互いにはげまし合う関係を作っていきます。フセイン政権崩壊後、アーリアの心の秩序も崩壊していくのですが、アネスがバクダットを離れる前日、アーリアはアネスの部屋にやってきます。フセインに対する自らの思いを、アネスに必死に伝えようとするのですが、アーリアから言葉が出てこないのです。長い長い沈黙。この沈黙が、アネスが101日の滞在で聞いた、イラクの普通の人の、もっとも重たい本音の言葉だと思いました。