1日1日感動したことを書きたい

本、音楽、映画、仕事、出会い。1日1日感動したことを書きたい。
人生の黄昏時だから、なおそう思います。

「金海」

2013-03-16 16:43:26 | 旅行
先週は韓国のプサンに出張。いつもは、仕事ばかりであまり観光をしたことがないのですが、
今回は、土曜日の午後から日曜の午後まで、ゆっくり気持ちのリフレッシュをしてきました。
一日目は、プサンのチャガルチ市場から古本屋さん街によって、ヘウンデへ。



ヘウンデも、ここの砂がなくなっているのでどんな対策があるのかといった質問を受けて仕事で
行った時とは違う風景がひろがっていました。見る時の気持ちによって、景色は変わって見える
ものなのですね。寒くもなく暑くもなく、とてものんびりした気持ちになることができました。

日曜日は、金海へ。ここは歴史のあるとても古い町なのですが、ソウルとはまったく違う時間が
流れているように思いました。気候も温暖そうだし、住むなら、こんな街がいいんだろうな・・・、
などと思いながら街並みを歩いてきました。



写真は、「首露王陵」です。
で、なんといっても今回気に入ったのが、金海の食堂で食べた「ハスの葉のご飯」でした。



とてもヘルシー。これは、ほんとうにおいしかったです。
次の出張も、週の後半からいって、土日にゆっくり観光しよう、そう思った2日間でした。



韓国出張から帰りました

2011-05-19 22:55:05 | 旅行
韓国出張から、ただいま帰宅です。今回は、ポハン、ソウル、プサン、済州島と回ってきました。



ポハン港の100tブロックの製作現場。順調に作業は進んでいました。



ソウルのカンナムにある



サムソンの本社で打ち合わせ。



車でソウルからプサンに移動。テグの近くにある高速道路の休憩所からの景色です。



チェジュ到着。チェジュの海軍基地建設現場へ。



現場事務所の前では、地元の住民の皆さんが軍事基地反対の闘争を行っておられました。横断幕には「平和・人権・自然を破壊する海軍基地工事は即時中断せよ」と書かれています。



「平和の島チェジュ 美しい江亭の村に海軍基地 絶対反対します!!」



「生命 愛 平和」「チェジュの海を子どもたちとともにみたい」

昨日も、住民の皆さんのデモがあったそうです。ここに来ると、いつものことだけれど、ほんとうに複雑な気持ちになります。チェジュは平和の島であってほしい。

毎度のハードスケジュール。お疲れです。

ミリャン(密陽)

2011-04-14 17:59:56 | 旅行
韓国出張からただいま帰宅です。今回は、慶尚南道にあるミリャン(密陽)に三泊して、ソウル、テグ、スンチョン、ポハンと回ってきました。ハードスケジュールと通訳なしの韓国語の嵐。おつかれです。



深夜のミリャン駅。ミリャン市は人口11万人のこじんまりとした都市です。



特産品は、全国生産高の50%をしめるコチュと70%をしめるケンニップ(ゴマの葉)。それにりんごにいちごとのこと。



樹齢100年のさくらです。樹齢100年というと、日本が朝鮮を植民地支配し始めたころです。植民地支配の象徴なのだろうか、この桜は・・・。



嶺南楼。



ミリャンの町では、5日ごとに通りに朝市がたちます。






蒸し器に松葉を入れてつくるソンピョン(松餅)という餅を売っていたおばあさん。





ミリャンの人たちは、朝はクッパから始まるそうです。コンナムル(もやし)クッパとコンナムルクッパの専門店。朝は、勤めに向かう人たちで、超満員でした。

 



慶尚南道というとトゥエジ(豚)クッパ。この店の女主人のおかあさんは、解放前まで日本に住んでいたそうです。



ポハンヨンイルマン港。ヨンイルマンは迎日湾と書きます。





ヨンイルマン港の100tブロックの製作現場です。


熊本出張

2011-04-08 19:28:33 | 旅行
熊本出張から、ただいま帰宅です。今回の出張の目的は、天草の大江漁港の消波ブロック打設現場に、韓国からのお客さんを案内することでした。



天草五橋。





明治時代にオランダの技術者の設計でつくられた日本最古の護岸が残っている三角西港です。



少年たちが放課後に野球をしているのを見て、最近の韓国の小学生は塾に行くばかりで、こんな光景は見ることができなくなったと、寂しそうに語っておられました。



大江漁港です。



大江漁港のすぐそばにある崎津天主教会。



そして、これがブロック打設現場です。80tのブロックをつくっています。
来週は、韓国出張です。

昼食@ソウル

2011-03-25 21:10:35 | 旅行
明日までソウルです。

日本人は、僕一人。電子辞典を片手に必死で韓国語で、お仕事をしております。
疲れたけど、心が通じあっていれば、
へたな韓国語でも理解しあえることがよくわかりました。

日本人同士でも、心が通じあっていなければ、ほんとうの思いが伝わらないことが
いっぱいあるもんね・・・。

昼ご飯を食べながら雑談をしていると、やはり話題は地震と放射能の話になります。
釜山空港で驚いたのは、放射能監視装置が設置されていて、そこを通って韓国へ
入国することでした。ソウルの地下鉄では職員の方が、被災者に向けた募金活動を
行っているそうです。

仕事、いっぱいがんばったから、明日の朝はゆったりした気持ちで
ソウルを歩いてみようと思う。




ソウル出張

2011-02-17 06:59:43 | 旅行
ソウル出張も今日でおしまい。3時の飛行機で日本に帰ります。



前回景福宮を訪れた時には工事中だった光化門が新しくできあがっていました。



いつきても人がいっぱいの南大門市場。



仁寺洞のそばにあるSK建設の本社に打合せで行ったのですが、そのビルの入口にかかっていた絵。1919年の3.1独立運動の時に、ここで独立宣言文が起草されたそうです。











今回食べた韓国料理(一部)。おなかいっぱいです。しばらくは韓国料理は食べなくてもいいだろう。

済州島出張

2011-02-16 00:48:28 | 旅行
月曜日と火曜日は済州島、いまソウルのホテルに到着しました。

済州島では、ことしのはじめから海軍基地の建設が始まりました。



防波堤の建設工事について、サムソン建設の現場事務所で打合せをしてきました。





これが、海軍基地の建設される現場です。この景色がなくなることを思うと、とても複雑な気持ちになりました。







日本も月曜日は雪だったそうですが、同じ済州島でも、南の端にある工事現場は快晴だったのですが、北のほうの峠は大雪でした。



ここは、今回の出張で唯一寄った観光地、龍頭岩です。

さてと、木曜日までソウル。うーん、先は長い。

ボティン

2011-01-17 06:47:32 | 旅行
マドリッドのマヨール広場のそばに「ボティン」というレストランがあります。



1725年の創業でギネスブックに世界で一番古いレストランとして登録されています。ヘミングウェイのお気に入りのレストランとして有名ですが、1765年にあのゴヤも皿洗いとしてここで働いたそうです。



厨房にならぶ子豚の丸焼き。



にんにくのスープ、ソパ・デ・アホと



子豚の丸焼きを食べました。味は、微妙。地元の人たちはペロリと食べていたけれど、あまりに量が多い。泣きそうになりながら食べてきました。次に行くことがあれば、他の料理をたのもう・・・



これは、バルセロナのバルです。ぶらさがっているのは生ハムです。



米の変わりにフィデオという細いスパゲッティーのようなパスタを使うフェデウア。



イカ墨ご飯アロス・ネグロ。これはおいしかったです。



しつこくアップしてきた旅日記も今日で終了。最後に旅の思い出の個人的ベストショットを一枚。次は、盆休みにレバノンにいく!!!

FCバルセロナ vs レバンテ

2011-01-11 07:59:19 | 旅行
今回のバルセロナ。もう一つの楽しみはFCバルセロナの試合を見ることでした。



地下鉄Maria Cristina駅から歩いて10分。カンプ・ノウスタジアム発見!!



パッチもんのグッズ屋さんでおみやげを買って、



チケットブースで、インターネットで購入したチケットをうけとる。



一度は来てみたかったカンプ・ノウスタジアム。







バルサの選手が練習に登場。しかし、メッシの姿が見えない。あーーぁ、せっかく日本からあなたを見にきたのに・・・



しかし前線にビジャがいる、中盤にはシャビがいる。



レフェリーの後ろで中央に走っていくのは、イニエスタ。ボールを持ったイニエスタの切れ込みはすごかった。



ちなみにこれがこの日のフォーメーション。4-1-2-3。ボールはほとんどバルサが支配。ゴール前のパス回しもあざやかでした。



ペドロの得点には7万人の観衆総立ち。全員がバルサのファンでした。試合はペドロの2発で2-1でバルサの勝利。カウンターからのレバンテの1点には驚いたけれど、順当な試合結果でした

メッシは見れなかったけれど、とても楽しかったです。やっぱり本場のサッカーはすごかった。
次は、イタリアトリノでユベントスかな・・・

ガウディーはすごかった-グエル公園

2011-01-10 13:53:03 | 旅行
サクラダ・ファミリアから徒歩で30分。急な坂を上ったところにグエル公園があります。






ガウディーのスポンサーであるグエルは、ここに60戸の宅地を造成し、高級住宅街を造ろうとしたそうですが、事業は失敗し公園だけが残りました。都市のデザイン、正門から中央広場にかけてのパブリックスペースの建築をガウディーが行いました。正門に二つの建物は、「ヘンデルとグレーテル」のお菓子の家をイメージしたそうです。




有名なオオトカゲ。観光客でいっぱいでした。



人の体から形状が決められたといわれているタイルのベンチ。









急な斜面を利用して造られているために、遊歩道にも工夫がこらされていました。



グエル公園から歩いて20分ぐらいのところにあるガウディーの処女作、カサ・ビセンス。

 

旧市街にあるグエル邸。

 

カサ・カルベとガウディが設計したといわれている街灯。

ガウディー堪能。バルセロナに来た目的を一つ達成。
満足や!!!!





ガウディーはすごかった-カサ・ミラ

2011-01-10 00:07:13 | 旅行
高級アパートとして設計されたカサ・ミラです。





外壁には切り出したままの石が使われています。



玄関を入ったところ。



上を見上げると、楕円形の空が見えます。




アパートの内部







屋上。カサ・パトリョは海。こちらは山をイメージしてつくられたそうです。



アーチの向こうにサクラダ・ファミリアが見えたときは、なにかうれしい気持ちになりました。


ガウディーはすごかった-カサ・パトリョ

2011-01-09 11:15:38 | 旅行
繊維業界の実業家パトリョ家の依頼でガウディーが増改築を行ったカサ・パトリョです。






一階玄関。






二階ホール



吹き抜け。この建物は、海をイメージして建てられたそうです。



中庭。



六階から屋根裏部屋へ



屋根裏部屋の廊下








屋上。



カサ・バトリョの隣の建物は、ガウディーのライバルの一人であるジュセップ・プッチ・カダファルクが建築したカサ・アマトリェールです。こちらもなかなかかわいい建物でした。



同じくジュセップ・プッチ・カダファルクが建築の集合住宅カサ・ラス・プンシャスです。

ガウディーはすごかった-コロニアル・グエル教会

2011-01-08 17:50:44 | 旅行
バルセロナから電車で約20分。



コロニアル・グエルは、実業家グエルが繊維工場で働く従業員のためにつくった町です。



コロニアル・グエル教会は、この町の中にあります。



1898年にグエルから教会の建築を託されたガウディーは、逆さ吊り模型の実験だけに10年を費やしたそうです。建築は1906年から始まりましたが、6年後にガウディーは建築から手を引いてしまいます。現在は、半地階だけが残っています。












教会の中に入ると、蝶々型のステンドグラスから差し込む日差しがとても美しかったです。



写真がとれなくて残念。絵葉書より。



これは労働者の子どもたちのための学校。






教会のあるコロニアル・グエルは、とてものどかな町でした。



ガウディーはすごかった―サクラダファミリア聖堂

2011-01-07 22:30:52 | 旅行
ガウディーはすごかった!!今回の旅の一番の感想です。



まずは、31歳から1923年に73歳で亡くなるまで、ガウディーが建築に携わったサクラダ・ファミリア大聖堂です、



後陣。









受難のファサード。






聖堂内部






生誕のファサード。



建築現場で働く労働者や子どもたちのために建てられた付属学校。









サクラダ・ファミリアは、2020年ごろには完成するそうです。「完成したら、ぜひもう一度来たい、それまで元気で働こう!!」と、ガラにもないことを思わずつぶやいてしまいました。


あけましておめでとうございます

2011-01-06 21:55:08 | 旅行
バルセロナ、マドリッドと回って、今朝帰って来ました。日本は寒かったそうですが、スペインはコートを着て歩いていると汗が出てくるぐらい暖かかったです。



モンジュイックの丘からみたバルセロナ。



スペイン広場。



朝のパセジ・ダ・グラシア。



ランブラス通り。






サン・ジュセップ広場。



大晦日のカウントダウンにカタローニャ広場に集まった人びと。今年はここで新年を迎えました。



マドリッドのプエルタ・デル・ソル。それから、






バルセロナでみたフラメンコ。とりあえず、今日はここまで。それにしてもガウディーはすごかった!!!