1日1日感動したことを書きたい

本、音楽、映画、仕事、出会い。1日1日感動したことを書きたい。
人生の黄昏時だから、なおそう思います。

「エグザイル/絆」

2010-02-28 20:43:56 | 映画
 「エグザイル/絆」を見ました。舞台は、返還直前のマカオ。かつて仲間だった5人の殺し屋が、金やおのれの命よりも、仲間への義理と絆を大切にするというお話。この手の映画を見るのはひさしぶり。全編の4分の3近くが、主人公たちの命を狙うギャングのボスたちとの銃撃戦。結局、みんな死んでしまいます。感想は、一言で言って撃ち合いに疲れた。なにもそんなにも撃ち合わんでもええやんって感じ。この映画、ベネチアやハリウッドでも高い評価を受けたそうですね。正直、なんでそんなに高い評価を受けるのかよくわからなかった。闇の世界に生きる人たちのまっすぐな心情。「男の美学」。そういったものに、僕が、あんまりのめりこめないからなのかな。



「貧困大陸アメリカⅡ」(堤 未果)

2010-02-27 20:26:40 | 
「貧困大陸アメリカⅡ」(堤 未果)を読みました。「貧困大陸アメリカ」の続編です。前著に比べると読後のインパクトは少し落ちるけれど、おもしろかったです。

 4200万人の飢餓人口と、4700万人の無保険者。1500万人の失業者と、580万の住宅差し押さえ。増加するホームレス。その一方で70万ドル(7000万円)のボーナスを支給される一部金融機関の社員たち。切り捨てられていく社会福祉と、年間1000億ドル(10兆円)の軍事費と1600億ドル(16兆円)の民間戦争請負会社への発注費用。これが、現在のアメリカの姿です。

 筆者は、学資ローンに追い立てられる若者や、企業年金の崩壊によって安定した老後の生活を奪われた高齢者たち、挫折した医療改革と囚人労働者を食い物にする刑務所ビジネスなどへのルポルタージュを通して、オバマ以降、アメリカは変化(チェンジ)したのかを問いかけていきます。

 前回は戦争の民間委託が取り上げられていてけれど、今回は刑務所の民間委託がとりあげられています。州や民間企業が経営する刑務所が、国際電話のオペレーターの仕事やパソコンのリサイクルの仕事、組み立て器具、防具、ヘッドフォンの製造などを、大企業から請け負い、1ドルそこそこの低賃金で、200万人の囚人労働者をこきつかうことによって、大きな利益をあげているのですね。これはとても驚きでした。

 で、オバマ以降、アメリカは変わったのか?

「国民生活がこんなに苦しいのに、まももな経済対策はなし。抽象的なスローガンは選挙中はいいが、政権を取った後は言葉より行動してもらわないと話にならない、今チェンジなんて聞いても、怒りしかこみあげてこないね。」(失業中の元警備員の言葉)

 筆者はあとがきで、オバマに戦争をしない大統領になってもらうために活動を始めた女性反戦団体<コード・ピンク>など、自らの力でチェンジを起こそうと立ち上がり始めた人々を紹介しています。次は、この人たちに焦点を当てたルポをぜひ書いてもらいたいと思いました。




「リリィ、はちみつ色の秘密」

2010-02-26 19:55:46 | 映画
「リリィ、はちみつ色の秘密」を見ました。主演は、ダコタ・ファニング。幼い時に自分を捨てて家出をした母を、自分の過失で殺してしまった14歳の少女リリィが、父に反発して家を出、黒人三姉妹の家に身を寄せて、ぽっかり心に空いた母の愛を確認していくお話です。

 時代は、1964年、黒人に対する公民権が認められたばかりの南部サウスカロライナ。黒人はレストランへ入ることができず、映画館も別々。白人の少女と一緒に歩くだけでリンチに合う黒人の姿などなど。黒人に対する差別がいかに苛酷であったのかがとてもよくわかる映画です。

 題名のはちみつは、リリィが身を寄せる黒人姉妹が、自家製のはちみつを地域のコミュニティーに売ることで生計を立てているところからきています。

 「はちは小さいけれど、自分より大きな荷物を運んで飛ぶの。だから、4日で死んでしまうのよ」というのは、黒人姉妹の言葉。

 リリぃも黒人姉妹も、コミュニティーの黒人の仲間の人たちも。人生に重い荷物を抱えながら、支えあって生きていく人たちの姿が、心にしみる映画でした。

 『アイ・アム・サム』の7歳だったダコタ・ファニングが、とても大きくなっていました。映画のはじめのうちは、むかしはもっとかわいかったのにと思いながら見ていたのだですが、映画が進むにつれてどんどん存在感をましていきました。やっぱり天才。映画は佳作。




ギリシャで最大規模ゼネスト 社会機能マヒ

2010-02-25 17:11:26 | 経済指標メモ
 財政危機に陥ったギリシャ全土で24日、給与凍結、増税など政府の緊縮策に反対して、官民の二大労組連合組織による24時間のゼネストストが行われたという記事が、日経朝刊にのっています。両組織の組合員総数は人口の約4分の1、約275万人で最大規模のゼネストとなり社会機能はマヒ状態になったとのこと。アテネ中心部では警官隊とデモ隊が衝突、負傷者が出たそうです。
 
 ストに入ったのは民間の「ギリシャ労働総同盟」(組合員数約200万人)と「ギリシャ公務員連合」(同約75万人)。空港、鉄道、病院、学校、銀行などが一斉に休止したほか、放送局、新聞社もストに参加。

公務員連合が10日のストライキに続く今回のスト。組合は給与凍結撤回などの要求が受け入れられなければ、抗議行動を続けるとしています。今後の動きに注目です。


        写真は共同通信より

「朗読者」(ベルンハルト・シュリンク)

2010-02-24 18:42:18 | 
「朗読者」を読みました。先日見た映画「愛を読むひと」の原作です。映画を見てからこの原作を読むと、ハンナが文盲であるということを暗示する伏線がとてもうまく配置されているのがよくわかります。
 
 映画は、『タイタニック』のヒロインであったケイト・ウィンスレットに焦点を当てたつくりになっています。原作は、ハンナと愛に落ちるミヒャエルが主人公。ハンナの罪を知った後の心揺れと苦悩がとても丁寧に描かれていました。

 アウシュビッツの裁判に対して、ミヒャエルは、はじめは前の世代が犯した犯罪への告発者として臨もうとします。

「看守や獄卒たちを利用し、彼らの行いを妨げることもせず、1945年以降、彼らを追放しようと思えばできたのにそれもしなかった世代そのものが裁かれているのだった。そして、ぼくたちは再検討と啓蒙の作業の中で、その世代を恥辱の形に処したのだ。ぼくたちは啓蒙的・告発的使命を確信するようになっていった。」

 しかし被告としてのハンナと再会し、ハンナの罪と秘密を知るにつれて、次第にその態度を変化させていきます。ハンナの罪を自らの問題としてとらえようとするミヒャエルの言葉が、とても重たいのです。
 
 「ぼくはハンナの犯罪を理解すると同時に裁きたいと思った。しかし、その犯罪は恐ろしすぎた。理解しようとすると、それが本来裁かれるべき形では裁けないと感じた、世間がやるようにそれを裁こうとすると、彼女を理解する余地は残っていなかった、でもぼくはハンナを理解したいと思ったのだ。彼女を理解しなければ、再び裏切ることになるのだった。その作業はぼくにとって終わりのないものだった。僕は両方を自分に課そうとした。理解と裁きと。でも両方ともうまくいかなかった。」

 「ぼくはほんとうならハンナを指さなければいけないのだった。しかし、ハンナを告発すれば、それは自分にも戻ってきた。ぼくは彼女を愛したのだ。」

 映画の感想でも書いたけれど、文学を愛するふつうのひとが、生きるために看守となり、職務に忠実にあろうとしたがゆえに犯した罪に対して、アウシュビッツ以降、わたしたちは、おなじふつうの人として、決して他人事だとは片づけることができない原罪を背負ってしまっているのだということが、強く伝わってくる一冊でした。


独ルフトハンザ4日間スト突入

2010-02-23 19:28:40 | 経済指標メモ
 欧州航空大手ルフトハンザ・ドイツ航空の労働組合が22日、4日間のストライキに入ったという記事が日経朝刊にのっています。労働組合には4000名のパイロットが加入しており、1日あたり約800便が欠航になる見通し。同社としては過去最大のストになるそうです。
 人件費の安い海外のグループ企業にパイロットを移動させてコストを削減する会社提案に労働組合が反対しているとのこと。人件費の安いグループ企業に異動させられるということは、給料もさがるだろうし、退職金にも影響するだろうし、労働条件も大きく変わるだろうし。雇用は守るとはいえ、ルフトハンザ本体からは解雇されるも同然。労働組合が反発するのも当然のことだと思いました。
 話は変わるけれど、24日にはギリシャでゼネストが予定されています。こちらの動きも要注目です。

「PUSHIM BEST1999-2009」

2010-02-22 20:42:57 | 音楽
 今、一番気に入っているCDです。在日コリアンのレゲエシンガーPUSHIMのメジャーデビュー10周年を記念して発売されたベスト盤です。PUSHIM本人は、ベスト盤を出すことに乗り気じゃなかったそうですが。「FOREVER」「I pray」「RAINBOW」「ルネサンス」「a song dedicated」などの名曲が並びます。

 PUSHIMの歌も、レゲエのリズムもいいけれど・・・
 愛しくて、せつなくて、かなしくて、それでも前向きに歩いていこうとする彼女の詩がとても素敵です。


「乱反射」(貫井徳郎)

2010-02-20 16:35:54 | 
 「乱反射」(貫井徳郎)を読みました。二歳の幼児が、倒れてきた街路樹の下敷きになって死亡するという事故がおこります。その事故は、犬のフンがあるために街路樹の点検を怠り、腐った木を放置した市の委託業者、犬のフンを始末してほしいという市民からの苦情をうけつけなかった市の職員、犬のフンを街路樹の根元に放置した定年退職者、街路樹の伐採に反対し街路樹点検を妨害した「良識派」の主婦、大けがを負った幼児の診察を拒否した救急病院のアルバイト医師、公道に車を放置し救急車を渋滞に巻き込んだ女性などなど、些細なモラル違反を犯した人たちの罪の連鎖によって引き起こされたものでした。

 事故によって、わが子を失った主人公の新聞記者が、事故の経緯とモラル違反をした人の責任を明らかにしようとするお話です。些細なモラル違反を犯すふつうの人たちの日常生活を描く「-46章」から始まって、事故が起こる当日の「0章」、事故の経緯を追い求める「+37章」まで。このあたりの構成は、なかなかおもしろいと思いました。しかし・・・

 読後の率直な感想は、道徳の教科書を無理やり読まされた読まされたような、なんともいえぬ後味の悪さが残りました。この本を読みながら、映画「愛を読むひと」を思い出していました。同じふつうの人たちが犯す罪でも、「愛を読むひと」のハンナの罪は、生きるために働くという行為の中で、職務に忠実であったがゆえに犯してしまったものでした。だからこそ「こんな場合、あなたならどうしましたか」というハンナの裁判官に対する言葉は、重く見る者の心に響くのです。この響きなんだろうな、「乱反射」になかったものは。




風力発電が世界で急拡大 09年3割増

2010-02-19 19:44:17 | 自然エネルギーと省エネ
風力発電機が世界で急拡大しているという記事が、昨日の日経夕刊に載っています。世界風力会議(GWEC)によると、09年の世界の風力発電容量は前年比31%増え、年末時点で157億9900万ワットになったとのこと。昨年新たに稼働した風力発電施設は約375億ワット相当で、これは平均的な原子力発電所約30基分に相当します。

国別では、発電容量首位は米国で351.59億ワット、2位がドイツで257.77億ワット、中国が3位で251.04億ワットとなりました。中国の発電容量は、前年の2倍に拡大しました。この他アジアの国ではインドが5位で109.26億ワットでした。中国、インドの勢いには目を見張るものがあります。日本の発電容量は前年比9%増の21億ワットで、中国の10分の1にとどまりました。

GWECの見積によると、09年の風力発電関連の投資は約450億ユーロ(約5兆5000億円)で、関連産業は世界で約50万人の雇用を生み出したとのこと。小型の風力発電機も、市場は世界なのでしょうね。

「愛を読むひと」

2010-02-18 19:44:40 | 映画
  「愛を読むひと」を見ました。ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」を映画化したものです。アウシュビッツ収容所には、8,000人もの民間人が働いていたのですね。この映画ではじめて知りました。この映画の主人公である読み書きができないハンナもその一人です。工場で働いていたハンナは、ナチの人員募集に応募し、看守として働くようになります。強制収容されたユダヤ人が工場で働くのを看守し、病弱なものやハンディキャップのある者を選別し、アウシュビッツに送り返すのがハンナの仕事でした。アウシュビッツに送り返された人たちは、ガス室で殺されていきました。

 映画は、戦後のアウシュビッツ犯罪者への裁判と、刑に服するハンナの姿を通して、文学を読んでもらうことが大好きなふつうの民間人が、アウシュビッツでの大量殺害に加担し、多くの人たちがその事実を知りながら黙認してきたことの罪と責任を問うていきます。字が書けない女性という設定は、歴史に自らの足跡を残すことのない物言わぬ民衆のメタファーなのでしょうね。

 この映画のもう一人の主人公は、15歳の少年マイケル。ふとしたことから36歳のハンナと愛し合うようになり、ハンナのために文学作品を朗読します。突然の別れの後で、法学生となったマイケルは、偶然、ハンナを裁く裁判を傍聴することになります。自分だけが知るハンナの秘密を法廷で明らかにすることで、ハンナの減刑を勝ち取るべきか、罪を背負うことを覚悟したハンナの決断を受けれいるべきか。映画は、マイケルの姿を通して、ふつうの人たちが犯した罪に対して、ふつうの私たちはどう向き合っていくべきかを問いかけます。

 「死者は決して癒されることはない」。ハンナの最後のセリフ。とても重たい映画でした。原作「朗読者」をぜひ読んでみようと思いました。



「マルクス自身の手による資本論入門」(ヨハン・モス原著 カール・マルクス加筆・改訂)

2010-02-17 19:59:15 | 
「マルクス自身の手による資本論入門」(ヨハン・モス原著 カール・マルクス加筆・改訂 大谷 禎之介 訳)を読みました。原著者のヨハン・モスは、1870年代のドイツ社会民主労働党の活動家です。その後、アメリカにわたって無政府主義者になったそうです。「資本論」第一巻の内容を労働者に平易に説明するために、モスが獄中で書いた「資本と労働―カール・マルクス著『資本論』のわかるダイジェスト」というパンフレットを、マルクス自身が改訂・加筆を行ったのがこの本です。

 訳者の大谷禎之介さんは、マルクスが加筆した部分に黄色の網掛けをし、資本論からの抜粋をゴシック体にするなどして、この本へのマルクスのかかわりを明らかにしています。この本の三分の一は、マルクスが書きくわえたものです。こんな本があったのですね。

 本の内容は、商品と貨幣に始まり、貨幣の資本への転化。二重の意味で自由な労働者の出現(一方では、自由な人格として自分の労働力を自分の商品として自由に処分できるという意味で、他方では。労働力のほかに売ることのできる商品をもっておらず、自分の労働力を活動させるために必要なすべての物から切り離されており、それらの物から自由だという意味で)。不払い労働の搾取による剰余価値の発生。剰余価値の資本への転化と、資本の再生産・蓄積へと進んでいきます。資本制生産様式の骨格が、とてもわかりやすく解説されていました。

 この本の中でもっとも心に残ったのは、「労働者自身が、たえず物質的な富を資本として、すなわち自分には疎遠な、自分を支配し搾取する力として、生産する」というマルクス自身の言葉でした。マルクスの時代から、資本主義は高度に発展したけれど、その骨格は決して変わっていないと思いました。次は、「資本論」に再チャレンジしようかな。




「インビクタス/負けざる者たち 」(クリント・イーストウッド)

2010-02-16 19:21:42 | 映画
 クリント・イーストウッド監督の「インビクタス/負けざる者たち」を見ました。1990年、三十年間の投獄生活を送っていたマンデラの釈放。1994年、マンデラの大統領就任。1995年、南アフリカで開かれたラグビー・ワールドカップで南アフリカ優勝。クリント・イーストウッド監督は、マンデラの視点からワールドカップでの優勝を描くことによって、アパルトヘイト(人種隔離政策)による黒人への差別と抑圧の歴史と、<和解>と<赦し>によって、黒人と白人が共存できる社会をめざし歩み始めた南アフリカの姿を描いていきます。

 白人たちがラグビーをしているすぐ横で、鉄条網で囲われたスラムでサッカーをする黒人の子供たち。映画は、そんなシーンから始まります。南アフリカにおいて、ラグビーとナショナルチーム「スプリングボクス」が着るグリーンに金色カラーのユニホームは、アパルトヘイトによる黒人への差別と抑圧の象徴でした。大統領に就任したマンデラは、スプリングボクスのユニホームを廃止することに反対し、ワールドカップ会場にはスプリングボクスのユニホームを着て登場します。警察と軍と経済を白人たちに支配されているなかで、白人と黒人が共生する社会を作っていくことは、南アフリカにとって不可欠の課題でした。映画の中で、マンデラは、現状を冷静に見つめ、レンガの一つとして白人の力を利用するとも語っています。スプリングボクスのユニホームは、30年の獄中生活を経験したマンデラが着ることで、アパルトヘイトの象徴から<和解と赦し>の象徴へと変化していきます。

 国民統合の政治的シンボルとして、たかがラグビーをするものではなくなった選手たちが、ワールドカップを勝ち上がっていくシーンは、結果がわかっているにもかかわらず手に汗を握るものがありました。おもしろかったです。差別と抑圧への怒りと、共生への願いと、政治的リアリズムまで垣間見せたイーストウッドの手腕に感服。

 もうすぐオリンピック。どのような政治的なリアリズムが、今度のオリンピックにはこめられているのだろう・・・そのことがとても気になった一作でした。


「協同労働」に法人格  今国会に法案提出へ

2010-02-15 17:07:54 | 経済指標メモ
昨日の日経新聞朝刊。労働者が共同で出資して仕事を起こし、経営にも携わる「協働労働」という働き方を支援する法案が今国会に提出される見通しとなったという記事が載っていました。「協働労働」については、一年前のブログに書いたので今回は省略。僕にとっては待ちに待った法制化です。法制化されたら、「労働者協同組合」にチャレンジしようと!!!

2010早春展「呉春筆白梅図屏風 -円山四条派の絵画-」

2010-02-14 22:01:31 | 美術館
 今日は、箕面にお見舞いに行ったついでに、池田市にある逸翁美術館に行ってきました。



 呉春の「白梅図屏風」が見たかったのです。ちょうど昨日、「美の巨人」でも特集されていました。



 うすく藍に染められた絹の地に描かれた白い梅。本当に美しい図屏風でした。この図屏風をじかに眺めてみると、この絵のオリジナリティーは藍の地の使用にあったことがとてもよくわかりました。図屏風から、独自のものを生み出そうとする呉春の思いと緊張感が伝わってきました。

 それから、今日のもう一枚。



 長沢芦雪の「降雪狗児図」。犬の表情が、なんともいえずかわいかったです。これも、芦雪の真骨頂のように思いました。次は、4月10日から始まる長谷川等伯展。念願の松林図屏風がみたい。待ち遠しいなぁ。