算太郎日記

日々の日記を綴ります

母との別れ(3)

2024年07月28日 | 日記

斎場に着くと、斎場の担当者と通夜・葬儀の打ち合わせを行なった。担当者は慣れた様子で、そつなく話を進めていく。会場の準備も整えられていった。


遺影は、父の時と同じ金婚式の写真を使うと決めていた。少々表情が硬いかなとも思ったが、他の写真を探す余裕もなかった。会場入り口には、母の若い時からの写真がモニターに写っていた。12〜3枚写真を選んで欲しいと担当者から言われたので、慌てて探し出した写真だったが、我ながらいい写真を選んだと思った。


スライドショーで若い時から順番に映し出される母の写真に暫し見入っていた。幼い私を抱き抱えている農作業姿の若い母を見ていると、自然と涙が頬を伝う。担当の方に「打ち合わせをよろしいですか。」と背中から声をかけられ、慌てて指で涙を拭い打ち合わせに戻った。


通夜・葬儀では、長年付き合いがあった近所の方や友人が眠りについた母にすがるようにして、お別れの言葉を言っていただき、悲しみを共有していただいたことにただただ感謝した。


火葬が終わり、骨だけになった母を見て驚いた。思っていたよりずっと小さい。たったこれだけで生きようと頑張っていたのかと思うと切なくて切なくて・・・。渡された箸で今にも壊れてしまいそうな骨をそっと拾った。この光景は、暑い夏が来るたびに毎年思い出すだろうなと思いながら火葬場を後にした。



母との別れ(2)

2024年07月14日 | 日記

施設に着くと、いつもなら穏やかな笑顔を見せながら対応してくれるスタッフが硬い表情で玄関に出てこられた。「どうぞ、こちらへ」と直ぐに部屋へ案内された。


ベッドに横たわる母の顔を覗き込むと、生きる闘いから解放されたような安らかな表情をしていた。顔に触れると、ヒヤリとした冷たさが伝わってくる。死んでしまったことを否が応でも実感させられる。言葉をかけようとするが目頭が熱くなり、言葉が口から上手く出ていかない。一言でも発したら、涙が溢れ嗚咽してしまいそうだったので、無理やり言葉を飲み込んだ。無言で母の顔に何度も触れながら、最後に「ありがとう」と呟くように声をかけるのがやっとだった。


気がつくと固く静まり返った部屋に斎場のスタッフが来られていた。言葉にならない挨拶を交わし、「お願いします。」とひとこと言うと、手際良く母の遺体は斎場の車に乗せられた。斎場に向かう途中に我が家がある。そこは長年母が暮らしてきた家。89年の生涯のほとんどの時間をその家で過ごしてきた。我が家に母を帰したかった。久しぶりの我が家をゆっくり味わってもらって斎場へ行く。そう斎場の方にお願いしていた。


激しく降り出した雨の中を母を乗せた車は我が家へと向かった。家に着くと、雨は一層激しさを増していた。雨の中を車から降りた斎場スタッフから、「大雨警報が発令されたので、急いで斎場まで行った方がいい。家の中に入るのはやめましょう。」と言われた。困惑している私を見て「では、短時間、玄関先でというのはいかがでしょう。」と提案してきた。私はその提案受け入れた。


玄関を開け放ち、ストレッチャーに乗っている母を中に入れた。その途端、なんとも言えない懐かしい我が家の匂に包まれた。母の帰りを家が待っていてくれたようだった。「そうだ、この匂いだった!母と過ごした我が家の匂い!」と切ない感情が込み上げてくる。「帰ってきたよ!家に帰ってきたよ!我が家の匂い分かる!」と母に続けざまに声をかけていた。


わずか5分程の短い時間だったが、我が家で母と最後に過ごしたかけがえのない時間となった。


母との別れ(1)

2024年07月07日 | 日記

職場の駐車場に着いた途端、携帯に着信があった。


画面には母が入所している施設名がくっきりと表示されていた。携帯を持つ手に緊張が走る。できれば電話に出たくないという思いを飲み込んで、携帯を耳にあてる。聞き覚えのある担当の看護師さんの声が耳に入っていくる。


「そろそろのようです。来てもらった方がいいと思います。」と落ち着いた口調で手短に母の状態の説明があった。「分かりました。」と答えると電話を切った。「ついにこの時が来たか。」と思いながら直ぐに弟に連絡をとった。施設から電話があったことを伝え、駆けつけてもらうように頼んだ。


その後、職場で休暇取得の手続きをとっている最中に再度施設から電話が入った。慌てて電話に出ると、「お母様が、今、息を引き取られました。」と、静かな声が聞こえた。途端、力が抜けていくのを感じた。その後、状況説明等があったような気がするが、覚えていない。「分かりました。」とだけ言って電話を切った。


とりあえず自宅に戻り、母に会いにいく準備を始めた。この日のことはこれまでに何度かシュミレーションをしていたはずなのに、やらなければならないことと、母への思いがごっちゃになり、なかなか準備が進まない。様々な荷物を車に積み込み、自宅を出る時は、準備を始めてから一時間ほどが経っていた。


母が眠る施設に向けて車を走らせる。高速に乗ると、雨がポツポツとフロントガラスに落ちてきた。雨で濡れるガラスに母の顔が浮かぶ。いろんな思いが込み上げてきてハンドルを握る手に力が入る。