叙事詩 人間賛歌

想像もできない力を持つ生命の素晴らしさを綴っています !

 すべて無料です、気軽に読んでください。

人間賛歌 若い人の仏教教室 百四

2008年03月03日 | 若い人の仏教教室

ジッチャン、
「そう、山本さんも安岡正篤さんの本を読まれましたか。
ひところ東洋学が流行ってブームになったときがありましたね。私の記憶
では、中曽根総理時代までが安岡さんに師事して、安岡さんの死後は
総理の師になった人物がいたとは聞きませんので、

人間学を学ぶ政治家も減ってきたのかもしれませんね。

それに人生の師を見つけることはたいへん難しいことなんです。
仏教のエピソードの一つを紹介しましょう。

あるとき釈迦の弟子が釈迦にこんな質問をしました。

「善い友(釈迦は弟子のだれでも善い友と呼んでいた)を得ることは仏道
修行の半ばまできたと思ってもよいでしょうか。」

それに対し釈迦は、

「それは違う、善い友(師も含む)を得ることは仏道修行のすべてなんだ。」

と応えたといわれています。
師と善い友との言葉の違いはありますが、善い人と交わるということは、
仏道を成就して幸福になる条件なんですね。」

山本さん、
「先生、人生の師や、善い友を持つことが大事なことはよく分かりました。
さきほど仏道を成就して幸福になると言われましたが、
仏道を成就するとはどういうことなんですか。詳しく教えていただけないで
しょうか。」

ジッチャン、
「山本さん、仏道を成就するとは、分かりやすく言うと幸福になるという
ことです。
私の師は、生きていること自体が楽しいという境涯になることだ。と話した
ことがありますが、人生が楽しくて、楽しくて、しかたがないというようにな
るのです。

やること、なすこと、ぜんぶ旨くいって、あっちからも、こっちからも味方が
現れ協力してくれるのです。
仏典ではこのことを、思うこと、言うこと、なすこと、振舞うことの日常の行動
のすべてが、
生命の法則と一致して(仏界の境涯になること)自由自在な境涯になると
記してあるのです。

ケイタくんなんか、これからが長い人生なんだから、できればこういう
人生を送ってもらいたいと思うが、ケイタくんはどう思うかねえ。」

つづく   

 



最新の画像もっと見る