叙事詩 人間賛歌

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人間賛歌 「新・仏教教室」百二十

2010年05月18日 | 新・仏教教室

「未来を創る聖典・御書に学ぶ」      

 テーマ 「日本は法華経流布の国と示す」
 前回のつづき、
答えて云うには「日本国は法華経を広めるべき国である」。
その理由は、法華経フケン菩薩カンパツ品第二十八に、閻浮醍(エン
ブダイ・全世界のこと)の内に流布させて、断絶させてはならない。。

と説かれユガ論、、
 注、釈迦の高弟で慈悲第一といわれたミロク菩薩が著わした論説で
百巻あると伝えられている。

 その中に、
「北東の隅に大乗妙法蓮華経の流布すべき小国あり」とあり、、
安念和尚(伝教大師の縁者)はそれを「我が日本国である」と云ってい
る。。インドから、この日本国は北東の隅にあたるのである。

 また慧心僧都(エシンソウヅ・天台宗慧心流の祖)の一乗要決には、

「日本一州は円機純一(仏性を現す資質が同じであること)であって、
朝廷も在野も、遠きも近きも、同じく一乗に帰し、僧俗貴賎みなこと
ごとく成仏を期すべきである」

とあります。
以上の文証を本に日蓮大聖人は「日本国は法華流布の国と示す」と決
定されました。。

 日本に初めて仏教を取り入れたのは用明天皇の皇子・聖徳太子です。。
 注、昔の一万円札の肖像に使われ、インドのアショカ大王、中国の
文帝に並び称される世界的な名君主であります。

 聖徳太子は、日本に古代から伝わっていた神道を固守する物部一派
と戦って、勝利し、百済(クダラ・今の韓国)から僧や仏像・仏教経典
を取りよせ、、
 自ら仏教に帰依しました。。

 余談ですが、、
いま大阪にある四天王寺は、聖徳太子が物部一派との戦いに勝利する
原因となった仏天の加護に、報恩感謝する目的で建てたものです。

 このときクダラの国から取り寄せた仏教経典の中に、法華経が入っ
ていなかったので、中国に人を遣わしわざわざ法華経の経典を取り寄
せたと、伝えられています。

次回に続く   

 

 


  



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