なにか、仕事をしながら、2時46分が近づくのが少し怖かった。
3月11日は、仕事先が地下で、スマホがつながりにくく、情報がまったく入らない場所だったから。
なにか大きな災厄があった時に、自分がどこにいるかというのも、安全をはかる分水嶺になるなと思った。
2時46分に黙祷を捧げた。東日本大震災で亡くなられた方、そして震災復興の中で、自死した方、憤死された方、すべての方に黙祷を捧げた。
3.11という教訓を、すべての日本人は、生きるという場で活かしているのだろうか?
ことに福島という誰もが自分のことと引き受けて考えるべき、大きな教訓を、活かしきれているのだろうか?
どうあっても、日本人は、あの災厄を阪神淡路以上に、原点としなければならない。
痛みは祈りでは消えない。だが、忘却は祈りで防げる。忘れないことを祈ろう。そして忘れないことを原点に、未来を志向しよう。
祈りは、明日への決意でもあり、希望でもあるから。
3月11日は、仕事先が地下で、スマホがつながりにくく、情報がまったく入らない場所だったから。
なにか大きな災厄があった時に、自分がどこにいるかというのも、安全をはかる分水嶺になるなと思った。
2時46分に黙祷を捧げた。東日本大震災で亡くなられた方、そして震災復興の中で、自死した方、憤死された方、すべての方に黙祷を捧げた。
3.11という教訓を、すべての日本人は、生きるという場で活かしているのだろうか?
ことに福島という誰もが自分のことと引き受けて考えるべき、大きな教訓を、活かしきれているのだろうか?
どうあっても、日本人は、あの災厄を阪神淡路以上に、原点としなければならない。
痛みは祈りでは消えない。だが、忘却は祈りで防げる。忘れないことを祈ろう。そして忘れないことを原点に、未来を志向しよう。
祈りは、明日への決意でもあり、希望でもあるから。
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