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東京「昔むかしの」百物語(昭和編)<その65>恋・愛・出会い

2021-01-29 23:34:19 | 東京「昔むかしの」百物語
ボクの初恋は、成就した。しかしすぐに破局した。

一歳年下の、高校時代は同じ演劇部の後輩だった。小学校時代も人形劇クラブで一緒だった。嫋やかで美しい少女だった。その頃から恋心を抱いていたが、中学・高校と同じ学校で、なおさらに恋心は募った。彼女の家の近くの電信柱の陰から、彼女の姿をじっと見つめる日もあった。

高校を卒業して、改めて告白をし付き合い始め、彼女が高校を卒業してすぐに同棲した。それは結婚も同様だった。仲間に祝福されて江古田のスナックで披露宴を開いた。金もない実力もない何もないままに、阿佐ヶ谷のオンボロアパートでのままごとのような同棲生活が始まった。

ひとつも彼女が幸せを感じることのなかった同棲生活だったろう、と思う。三年で別れが訪れた。ままごとのような同棲生活の当然の帰結だった。

二人目の恋人、三人目の恋人、そしてそれまでのどの彼女とも異なる、ボクにとってはまったく得難い四人目の恋人が現れた。今の奥さんだ。

奥さんとの出会いは言葉にできないほど、不思議で奇妙で強烈なものだった。

ボクは当時音楽雑誌の編集者だった。その日はフリートウッドマックというイギリスのブルースバンドのインタビューで大阪に出向いていた。魅力的な女性ヴォーカルが加入して、一気に世界的な人気に火が付いたバンド。その時は『ルーモア(噂)』というアルバムが売れていた。

万博ホールでのライブの後に、楽屋でインタビューという予定だった。

12月4日の寒い日だった。当時デンスケと言う大きな録音用のカセットを肩からぶら下げ、ボクは万博ホール最寄りの地下鉄・千里中央駅で、タクシーを待っていた。

ところがいくら待っていてもいっかなタクシーに乗れない。すると、後ろから「どちらに行かれるんですか? それではいつまでもタクシーは捉まえられませんよ」と、うら若い輝くような少女が声をかけてきた。

彼女は「私も万博ホールに行く」と言い、ボクをタクシー乗り場から少し離れたところに連れて行き、さっさとタクシーを拾い、同乗して目的地にも向かったのだった。

タクシーの中で彼女は「並んで待っていても、乗れないの」と言った。彼女が言うには「順番を守る文化ではない」ということだった。

ボクはとりあえず礼を言い名刺を渡し、インタビューが終わるまで待ってくれるとは思わなかったが「もしよければお礼にご飯でも食べよう」と、彼女に言った。彼女は笑顔を見せたが、ボクの申し出には答えなかった。

それでも、その時すでにボクは彼女に恋をしていた。だが、それ以上の話はできなかった。もし待てるのであれば、万博ホールの入り口で待っていて欲しいとだけ彼女に伝えた。

ライブが終わりインタビューを終え、ボクは急いでホール入口に向かったが、彼女の姿はなかった。当たり前だ。

東京に戻り、編集部でそうしたいきさつを同僚に話したりもしたが、彼女に会うためのなんの手掛かりもない。名前も知らない。もう二度と会えないのかと思いながらも、忘れられずにいたのだが、年末進行で忙しいある日、レコード会社回りをして編集部に戻ると、「加藤さんお客さんがみえました。また後で来られるそうです」と言われた。若い女性の二人組だという。心当たりもないまま、デスクワークをしていると「加藤さんお客さんです」と、事務の女の子が言う。

言われるまま入り口付近を見ると、彼女が立っていた。まぎれもなくあの万博ホールの彼女だった。ボクは「アッ」と声を出したと思う。どぎまぎしながら彼女に近づき「どうしたの?」と、わけのわからない問いかけをすると、彼女は「タクシー代を返しに来た」と言うのだ。

確かにあの時タクシー代はボクが出した。当たり前の話だ。だがボクは、その一言でサクッと気持ちが肝に落ちた。近くの喫茶店に彼女を誘い、席に着くなりボクは「ボクと結婚しよう」と言った。まったくとんでもない発言だった。馬鹿じゃないのと言われても仕方ないと思った。

だが彼女は「はい」と応えた。

それがボクたち夫婦の馴れ初めである。

その時同席していた彼女の友人がいる。彼女はボクたちの話を、あっけにとられて聞いていたと言う。こんなことってあるの? と思ったそうだ。

それから神戸在住の彼女と、音大を卒業して上京するまでの2年間の遠距離恋愛を含め5年に及ぶ付き合いの後、結婚した。

気が付けば、もう44年経った。まだボクはあの時のことを鮮明に覚えている。

これは、噓としか思われないけれど本当の、「昭和の恋の物語」だ。


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