普通な生活 普通な人々

日々の何気ない出来事や、何気ない出会いなどを書いていきます。時には昔の原稿を掲載するなど、自分の宣伝もさせてもらいます。

手が悴む。今日の寒さは、なに!?

2012-03-17 10:27:03 | 普通な人々<的>な
 またも徹夜のお仕事で、いま家に帰り着きました。
 奥さんがコーヒーを落として飲んでいました。その香ばしい香りが、いまも鼻の奥に残っていますが、ボクは寝るためにビールを飲んでいます。

 朝酒かい!? と突っ込みを入れられそうですが、眠れないのですよ。
 帰りに要する時間が1時間を越えると、神経がそれなりに興奮して、眠れない。
 酒の力を借りるというところです。

 それにしても、今朝の寒さといったら。手が悴んでいます。「悴む」って、死語に近い「瀕死語」とボクは呼んでいましたが…。

 思い返してみるに、まだ10℃を越えない日本(東京)の気温ですが、ひょっとすると半年近く冬なんではないかしら?
 確か去年の11月頃からすでに冬だった気がしますね。

 以前にもこのブログで書きましたが、1970年代は温暖化などという言葉はなかった。むしろ「氷期が近い、いまは第四間氷期だ」という論調でした。

 一部の人々(非常に良識的なのに、他人からはエキセントリックだと思われてしまいそうな言動をする)の間で、アル・ゴアの「不都合な真実」によって決定的な方向性を当てられ、まるで地球人総体の認識と化した感のある「地球温暖化」、二酸化炭素の悪戯は、実は大嘘だった(少なくとも明らかな根拠などなかった)という意見も叫ばれているようで。

 なにが真実で、なにが大嘘なのかは、自分で判断するしかないのだけれど、ある種のガイド役が「不都合な道筋」をあたかも「真実」のごとく提示するというのは、よくあること。

 多くの場合その根拠は、提示した個人の資産の増大をみれば、なにが根拠だったかすぐにお里が知れることに。アル・ゴアの姿を最近見ないが、彼はどこで「ゆったりとしたセレブの休日」を楽しんでいるのだろう? などとつい思ってしまう、貧乏人なのでした。
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