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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

【旧書回想】  2021年11月後期の書評から 

2023年05月19日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】 

「週刊新潮」に寄稿した

202111月後期の書評から

 

関川夏央『人間晩年図巻2000-03年』

岩波書店 2090円

2000年から11年までに亡くなった人物にスポットを当て、その人物像と仕事を掘り下げていく。本書は全3巻の第1弾。東西の物故者20人が並んでいる。『人間臨終図鑑』で923人の死を見つめた作家、山田風太郎。映画『サンセット大通り』の監督、ビリー・ワイルダー。中野翠が「ある教養の死」と悼んだ落語家、古今亭志ん朝もいる。彼らと同じ時代を生きた僥倖をあらためて実感する。(2021.10.28発行)

 

泉 麻人『泉麻人自選 黄金の1980年代コラム』

三賢社 2420円

著者が「泉麻人」の名でコラムを書きはじめたのは70年代末だ。「スタジオ・ボイス」や「ポパイ」などに続き、80年代半ばには週刊文春で「ナウのしくみ」が始まる。本書は80年代の膨大な原稿から選んだ、157本のコラムで構成されている。テーマはテクノ、松田聖子、ニューメディア、おニャン子クラブ、キャバクラなど多彩。秀逸な目のつけ所とリアルな臨場感が楽しめる、読むタイムカプセルだ。(2021.10.30発行)

 

竹内オサム

『手塚治虫は「ジャングル大帝」にどんな思いを込めたのか

~「ストーリーマンガ」の展開』

ミネルヴァ書房 3850円

「ジャングル大帝」は手塚治虫の代表作の一つ。白いライオン、レオの成長と挫折の物語だ。マンガ研究の第一人者である著者はこの作品を徹底分析し、手塚が試みた実験の本質に迫る。注目すべきは「描き変え」の痕跡だろう。手直しを重ねることで悲劇性や思想性をより深めていったからだ。現在、当たり前のものとしてあるストーリーマンガ。その創造過程の探究であり、先駆者の格闘の記録である。(2021.10.30発行)

 

佐藤 優『ドストエフスキーの預言』

文藝春秋 3080円

今年、生誕200年を迎えたドストエフスキー。書名にある預言は予言とは異なる。予言は将来を予測して述べることだが、預言は神からあずかった言葉だ。ドストエフスキーの預言とは「未曽有の危機」が生む混乱をめぐるものだった。本書では『カラマーゾフの兄弟』の大審問官伝説も、『罪と罰』の主人公の精神的転換も、これまでとは別の相貌を帯びてくる。特に神と人の関係がスリリングだ。(2021.11.10発行)

 

石戸 論『視えない線を歩く』

講談社 1650円

10年前の大震災を、昨年からのコロナ禍という「未来」の先取りと捉え、独自の検証を行ったのが本書だ。原発事故の後に起きた、科学を懐疑的にとらえる人々の台頭。それがどれだけの分断を生んだか。著者は現在の被災地を歩くことで、「正義」とは何か、取り戻すべき「日常」とは何かを考える。それは極めてリアルタイムな問いであり、「危機は、人間をあらわにする」の指摘が重く鋭い。(2021.11.12発行)

 


〝大人のドラマ〟の傑作「グレースの履歴」

2023年05月19日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

〝大人のドラマ〟の傑作

 

3月から5月にかけて、見事な〝大人のドラマ〟を堪能した。NHK・BSプレミアムとBS4Kで放送された「グレースの履歴」(全8話)だ。

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)。子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界した。家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけだ。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かける。ところが旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまう。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられる。呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800だけだった。

希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示される。日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになる。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは男の存在だった。履歴に記された街に向かってグレースを走らせる希久夫。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いだった。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわばロードムービーだ。古いクルマでの移動だからこそ味わえる、美しい日本の風景。歴史のある街に暮らす、かけがいのない人たち。画面の中には、ゆったりとした時間が流れている。

また、このドラマのテーマは〝再生の旅〟である。そこには人生の苦みや痛みもあるが、まさに再び生きるための旅であり、出会いである。

しかも主人公だけの再生の物語ではない。それを深みのある映像と、絞り込んだセリフで構成することで成立させている。

原作・脚本・演出は源孝志。本作同様、脚本・演出を手掛けた新感覚チャンバラドラマ「スローな武士にしてくれ~京都 撮影所物語」(NHK・BSプレミアム、2019年)などの秀作がある。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つのジャンルだ。「グレースの履歴」の一挙再放送を熱望しつつ、次回作を待ちたい。

(しんぶん赤旗「波動」2023.05.18)