散歩道で
【旧書回想】
「週刊新潮」に寄稿した
2021年9月後期の書評から
前川喜平『権力は腐敗する』
朝日新聞出版 1760円
水際作戦からワクチン確保まで、安倍・菅政権の新型コロナ対策は失敗の連続だった。一方、自らの権力と利益の確保では連戦連勝である。加計学園問題が象徴する、安倍晋三による国政私物化。それを継承してきた菅義偉。官邸一強体制の中で進んだ、官僚の下僕化と私兵化。そして制限され続ける国民の自由。近年、この国の権力は何をしてきたのか。苦い事実だからこそ正確に知る必要がある。(2021.09.05発行)
福田和也『世界大富豪列伝』19-20世紀篇、20-21世紀篇
草思社 各1760円
現在とは違う困難があった時代を、大富豪たちはどう生き抜き、いかにして巨大な財産を手にしたのか。行商人の子だったジョン・Ⅾ・ロックフェラー。孤児院育ちのココ・シャネル。多くは貧しい家の出で、立志伝の面白さがある。またエンツォ・フェラーリのレース三昧のように蕩尽のスケールも桁違い。日本人では松下幸之助などと並んで、田中角栄や勝新太郎が登場するのも著者ならではだ。(2021.09.07発行)
落合 博『新聞記者、本屋になる』
光文社新書 1034円
30年以上の新聞記者生活を経て、本屋を開いた著者。店を始めた理由ではなく、始めた方法を伝えているのが本書だ。本屋巡り、物件探し、リノベーションと話は具体的だ。特色はベストセラーを置かないこと。仕入れの基準はテーマ、著者、出版社、そして装幀。商売としての厳しい現実も書かれているが、何より本を通じて見えてくる世界が新鮮だ。最寄り駅は銀座線の田原町。雷門からも近い。(2021.09.30発行)
三浦雅士『スタジオジブリの想像力~地平線とは何か』
講談社 2750円
なぜスタジオジブリの作品は見る者の心に残るのか。著者が重要なキーワードとするのが「地平線」だ。登場人物たちが空を飛ぶことが多い宮崎アニメ。地上では得られない視覚が新たな世界観を生み出す。たとえば『天空の城ラピュタ』では支えるもの許すものとしての愛と地平線が描かれる。『千と千尋の神隠し』の地平線は強烈な異界性を示す。ジョン・フォードや黒澤明との比較論も秀逸だ。(2021.08.30発行)