実感求めて現場に立つ
『アイヌの時空を旅する~奪われぬ魂』
小坂洋右・著
藤原書店・2970円
評・碓井広義(メディア文化評論家)
かつてアイヌは和人に対して3度決起した。15世紀の「コシャマインの戦い」、江戸前期の「シャクシャインの戦い」、同じく中期の「クナシリ・メナシの戦い」だ。
本書は最後の戦いから約230年が過ぎた今、眠っているアイヌの歴史を掘り起こし、その世界観や自然観に迫ったルポルタージュである。選んだ手段は、現地だからこそ得られる実感を求めて歴史の現場に立つことだ。
まず、知床半島一周70キロのカヤックツアーに出る。古くからアイヌの交易は盛んだった。富の蓄積は侵略や抑圧に対する抵抗力でもあったからだ。
しかし江戸幕府は交易を召しげ、交易路を切断してしまう。それはアイヌから航海や長旅の技術・文化を失わせることになった。知床の強風や荒波を体感しながら、著者は「海の民」アイヌに思いをはせる。
次が水辺からの視点で陸地を見つめる川の旅だ。800年前も丸木舟で移動していた「川の民」アイヌにならい、勇払川、千歳川、石狩川本流とカヌーでこぎ進んでいく。
アイヌにとっての川は、人間や魚だけでなく、神様も行き来する場所だ。川を分断する行為が、その地域の現在と未来に与える影響の大きさを著者は静かに嘆く。
さらに挑戦するのが大雪山の雪中行だ。幕末の探検家松浦武四郎がアイヌと共に足を踏み入れた尾根の道を追体験する。
「山の民」アイヌがかんじきで歩いた場所に、山スキーで入っていく著者。富良野岳では162年前と変わらぬ風景と向き合い、「武四郎が遥(はる)か昔に目にした光景がまさに今、目の前にある」と感慨に浸る。同時に、明治政府によって飢餓へと追い込まれた十勝アイヌの苦難を思うのだ。
近年、アイヌの権利回復の動きが目立つ。サケ捕獲権の確認を求める提訴。また遺骨返還訴訟では北海道大学から祖先の遺骨を取り戻した。
クナシリ・メナシの戦いが終わりではなく、民族の誇りと尊厳を守る戦いは今も続いている。
こさか・ようすけ 1961年札幌市生まれ。アイヌ民族博物館学芸員、北海道新聞編集委員などを歴任。著書に「大地の哲学」など。
(河北新報 2023.04.23)