中場利一さんの小説は面白いが、エッセイはもっと面白い。なんて言ったら、中場さんに叱られるかもしれない。しかし、本当なのだ。
最新エッセイ集『ほたら、一丁。』(本の雑誌社)も、電車の中で読み出して、つい「むふふふ・・・」と笑ってしまった。いや、笑っていたらしい。
隣に座っていた乗客が、ぎょっとして私を見た。たぶん、「大いに怪しいやつ」とでも思ったのだろう。
というのは、私の「むふふふ・・・」を聞いた直後、次の駅でそそくさと下車し、ホームをさっと移動すると、隣の車両に飛び乗ったのだ。つまり、私から逃げたのだ。
最近は、路上やら、駅やら、なんでもない場所で、とんでもない事件が起きる。世間では、怪しいやつ、危なそうな人間からは、とりあえず離れておくほうが無難、どころか最良の自衛策、ということになっている。
私は別に怪しくもなく、危険でもない人物だが、黄色いアロハシャツにサングラスの坊主頭が、電車の中で「むふふふ・・・」と笑っていたから、その乗客も「こりゃいかん」と避難したに違いない。困った世の中である。
私をそんな目に合わせた『ほたら、一丁。』には、以下のような話がざくざくのテンコ盛りだ。
「オレ、ロシアとの混血やねん」と出鱈目な名前を名乗り、いつもの調子で若い女の子(正確には「二十一歳ボイン」と書いてある)を口説いていた中場さん。その娘は、昔つき合っていたカノジョにどこか似ていた。
やがて、相手の女の子も偽名を使っていたことがわかる。本名は秋山奈々子。家は堺。
そういえば、カノジョだった女性の苗字も秋山、名は靖子。住まいは堺だった。別れた後、婿養子を得たことも知っている。中場さんが、この「21歳ボイン」に母親の名前を訊くと、明るく答えた。「え? お母さん? お母さんはヤスコ」。って、元カノの娘じゃん!
他にも、「ばばっちい青のゴムホース色」の中古車(外車だ)を60万円で買ったらその修理代に280万円かかってしまったとか、ダイエットベルトを腹に巻こうとしたら短か過ぎて(ウエストが大き過ぎて)無理だったとか、腹筋台で運動してやせようとしたのに体重が耐用重量をオーバーしていて使えなかったとか、もう「むふふふ・・・」な話ばっかり。
バリバリの武闘派作家が綴る、笑っちゃうほど過激な日常的エッセイ集である。
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