昨日も最高気温は17度と暖か。でも空模様の方は曇りで洗濯日和にならなかったのが残念!だって今日からは急に気温が下がり、しばらくは10度前後だそうですからきっと寒いでしょう。まあ、当然かも…だって今年ももう3週間を切りましたものね。それにしてもビックリでした…って何が?
実は土曜日は午後からフォーユーの俳句教室。夜も同じ所で句会でしたから、帰りが8時過ぎ。それで主人と何か食べて戻ろうと…食事を済ませて久し振りに夜の常盤公園の傍を通って帰ったんです。見ると公園の駐車場が観光バスやら乗用車で一杯!最近このあたりを通ることがなかったので、気がつかなかったのですが、何で?と驚いたんです。そういえば今年も〝TOKIWAファンタジア2021〟が開催されていたんです。そこで調べてみますと…
〝ときわ公園の冬を彩る中国地方最大級のイルミネーションイベント。今冬も昨年同様に、公園内にアートな空間が出現。アーティスト・中山晃子さんによるアートパフォーマンス「Alive Painting」をはじめ、全国で活躍するアーティストが手がける光と音のアートが夜の遊園地のあちこちできらめく。また、点灯期間中は遊園地が夜間営業し、観覧車からの夜景とともに光の世界が楽しめる。〟と。2021年11月28日~2022年1月16日 18:00~21:30
また、昨日は、これも久しぶりに大型ショッピングセンターへ買物に…。本当にこのところ嘗ての賑わいが戻りつつあるんでしょうね。こんなに人が集まって…ちょっと不安にはなりましたが、まだマスクと消毒は皆守っています。でも大丈夫なの?油断して〝後の祭り〟にだけはなりたくな~い!
さて、先日の「梶返天満宮」についてですが、天満宮というからには、もちろん菅原道真公を祀った神社です。なぜこんな所にあるのかという疑問には、「天満宮由来」が答えてくれました。それによると〝延喜元年(901)春、菅公が左遷されて筑紫に赴かれる際、海沿いに下ってちょうど周防灘を通ろうとする時、たまたま暴風が西方に襲ってきて、舟が進めなくなった。船頭は、舵をここの浜に返して風を避けた。そして、この地で舟出の準備を再度整え九州へ向った。その後二年、道真公は太宰府で薨じた。この村の人々は、公の徳を仰ぎ慕って、神社をこの地に建て流謫の地で亡くなられた公の霊を鎮めたのである。〟という。
最初は舟が着いた所ということから着森(ちゃくのもり)天神と呼ばれていたのが、後にこの故事にちなんで「舵返」と名付けられ、更に今の「梶返」の字となっています。それでか、このあたりの地名は東梶返、西梶返と呼ばれているんですよ。
昔はこの天満宮のあるすぐ下まで舟が入っていたなどと、今では想像もできませんが、西側の沢地はかつては舟ヶ崎という地名だったそうです…が、神社に掲げてあった由来では下の写真のように…。読むと微妙に違っていましたが、私の貰った神社のパンフとどっちが正しいのでしょう。こういう伝承的なものというのは???ですものね。
写真は、注連縄を外した神社と由来の看板。
また、天満宮には付きものの牛の像がありました。こちらは太平洋戦争で軍に供出された銅像を、平成二年に地元の方々が復元されたんだそうです。
ついでに、私の作った注連縄を神牛さんに飾ってみました。(^_^)
更にもう一つ、「菅公御手洗の池」について。天満宮から少し下ったところにあります。道真が上陸した時に手を洗われたという山辺に湧いた浅井戸で、千年の間絶える事無く…だとか。でも以前見たときは確かに水があったような気がしますが、今回は全く干上がって何もありませんでした。これも伝承ですからね。果たして真偽の程は???
もちろん道真らしく梅の木が植えてありましたし、ドウダンツツジの紅葉がまだ残って、とても綺麗でした。