ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

横瀬八幡宮〝縁起絵巻〟の鑑賞

2020年02月29日 | 俳句

 石垣島へ行く前の22日(土)、「八幡宮縁起絵巻鑑賞・和紙の紙すき体験」に俳句仲間5人で参加しました。いつも私が出かける時は、晴れるのが定例になっているのですが、この日は珍しく朝から小雨…。まあ、たまにはこういう日もなくっちゃあお天道さまに申し分けないわよねなどと言いながら、宇部市上小野集会所へ。9時30分集合でした。

 しかし、会場に着く頃にはもう殆ど傘も入らないくらいになり、ああ、やっぱりと納得!エヘッ…

 受付の後開会行事が済んでまず案内されたのが、上小野ほたる朝市。ここは5月末から6月にかけて、ほたるが有名なんですって。それで、〝ほたる朝市〟と。採れたての新鮮な野菜類にみんな飛びついて、まずはお買い物から。その後、案内されたのが「横瀬八幡宮」。そこに保存されている〝縁起絵巻〟の鑑賞です。

 この絵巻は、上巻18.6m、下巻13,73mの巻子(かんす)仕立。外箱の蓋の裏と内箱の入れ物の方に「長州厚東郡末延郷四ヶ小野横瀬八幡宮永々流通者也、八幡大菩薩御縁起 二巻、永正十三年丙子五月十一日、勧進沙門徳在 敬白」との墨書きがあり、製作もその頃と思われます。永正十三年は1516年です。その時のパンフによりますと、下記のように説明がありました。

 ・沙門徳在の履歴ははっきりしないが、おそらく社坊の上位の僧で、その勧進によって書写され、収めらものと推測される。・絵は土佐派の様式で、作者はかなり熟達した画工と思われる。・内容は一般の八幡縁起と同様で上巻には神功皇后の三韓征伐、下巻には八幡宮の創立記・利生記を描いている。・宇部市内の八幡宮絵巻の中では唯一山口県指定の有形文化財に、昭和44年指定されている。(宇部市HP,『宇部市史 通史篇 上巻』参照 )

 また、明治時代の一村一社令により横瀬八幡宮が所蔵しているという刀も拝見しました。

 これは、小野の代官であった財満忠久が永禄11年(1568年)、筑前の戦い(立花城の争奪戦)に出兵する際に阿武瀬天満宮に必勝祈願をし奉納したという日本刀です。長さ約65センチ、反り約1.2センチ、目くぎ穴3個、銘文表備州長船祐光(すけみつ)裏なし。なお、備州長船祐光は、室町初期から中期の備前刀工で、名を六郎左衛門尉、盛光・康光の後を受けて鎚を振るい、守護大名赤松政則に仕えたそうです。

 今日はここまでにして、このつづきはまた後日…

 写真は、絵巻と刀の説明をする横瀬八幡宮の宮司。小野には何度も来ていますが、上小野には今回が初めてでした。同じ宇部市なのに、この八幡宮のことを全く知りませんでしたし、ましてこんな絵巻が残されていたなんて、ビックリ!600年以上前のものがこんなにキレイな状態で保存されていたことに。刀も、宮司さんが磨いでいないから錆びていますが…と言いながら鞘を抜いて見せてくださり、よい勉強になりました。感謝です。アリガトウございました。

 外に出ると、しっかりと晴れ上がって、気持ちのよいお天気になっていました。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする