ゲームホリック

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プレイしないゲーム

2009年06月17日 | ゲーム
宮本茂氏、Wiiのゲームに搭載する“ヘルプ機能”の存在を認める(Game spark)
 「スーパーマリオギャラクシー2に深いストーリーは必要ない」発言や、英国でゲーム開発者のヒーロー第1位に選ばれるなど、E3後も話題の絶えない任天堂の宮本茂氏。今週、USA Todayの取材に対し、Wiiのゲームに今後搭載されるというヘルプ機能の存在を明らかにしました。
 “Demo Play(仮称)”と呼ばれているこの機能は、New スーパーマリオブラザーズ Wiiで初めて導入される予定で、主にゲーム初心者のプレイを助けることを目的としたもの。プレイヤーがゲーム中で行き詰まりステージの先に進めなくなった際に、(コンピューター)が自動でそのステージをクリアしてくれるそうです。「今後他のゲームにも導入していく」と宮本氏は確認。
(上記記事より一部引用)


以前から噂されていたヘルプ機能が非公式ではありますが、ようやく明るみに出ました。ゲームは自分でプレイしてこそゲームだろうという批判は多く、批判としては分かるものの、ゲームは必ずしもプレイするものではないということはゲームの歴史を見れば明らかです。

『リトルコンピューターピープル』などのPCゲームに遡るまでも無く、プレイステーションの森川さんの一連のAIゲームや『ポストペット』や「たまごっち」に至るまで、それまでのゲームの定義とはおよそかけ離れたコミット回数の極端に少ないゲームもゲームになっています。

『ポストペット』の八谷さんも仰っていましたが、ゲームはプレイしなくてもゲーム足りえます。関与、コミットメントの回数自体は少なくともプレイヤーのコミットメントにプレイヤー自体が意味を、言い換えれば満足感を、見出せればプレイしていて面白いと感じられるはずです。

反対にどんなにプレイヤーのコミットする場面、回数が多くとも、そのプレイにプレイヤーが意味や満足感を見出せなければ、それは退屈な作業に過ぎません。ゲームとしての昔ながらの定義を満たしていたところで面白くなければ、ユーザーはプレイしたくないはずです。


ユーチューブやニコニコ動画でゲーム動画と呼ばれるゲームのプレイ動画が一種のリプレイ的に人気を博しています。これもプレイしないゲームの一種だと思います。プレイしなくとも、見ているだけで面白いということは既に共有体験としてあるわけです。これも”見る”というコミットメントであるわけでゲームとして成立しています。


※『マリオ』も見ていて面白い。

この種のゲームはこれからますます増えてゆくと思います。既に土壌はあったわけですし、相対的にプレイヤーがゲームに割く労力や時間も減らされてゆく傾向にあるからです。これまでプレイ時間の長さがボリュームを表しており、良いゲームの条件とされてきましたが、それも変質してきています。

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