珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
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なぜ怖くなかったのか?2

2020-08-18 | 思うこと
コロナ騒ぎで、信者とか洗脳されたとかいう言葉に変わって「ウイルスに感染した」という言葉は、なかなか言い当て妙と思った。
怖がっている人は、マスコミを始めとした恐怖を煽る報道のウイルスに感染したんだなあと思うのが、一番しっくりくる。
「信者」とか「洗脳」とか「MC」って何か意地の悪さを感じたんだけど、私的にはそんな言い方よりいいと思うけどね。(同じ?(笑))

なぜ私が怖いと思わなかったかも「免疫があった」という感覚をすごく感じた。
公式ホームページにどんな数字が書いてあろうと、自分の周りを見るとか、
使われている言葉がそのままで適切か、誘導的で盛られてないか見るとか、
こういう場合、組織のトップは嘘をつくとか、次は何をするかとか、
集団心理のイロハなど、経験上知っていることがあった。

でも一番知っているのは、頭というのか心というのかに感染したものは、ものすごく厄介ということだろうか。
「そんなこと言ってもこれだけ大勢が言っているから」
「その辺の人じゃなくて、世界的に認められたノーベル賞科学者が言ってるから」
「信頼する大好きな××さんが言ってるから」「嫌いな××が言ってるから」
こういうのがウイルスをなかなか撃退しない。

コロナ騒ぎ以前に、私はワイドショーのキャスターもブログで取り上げた人もたちも全く等しく、詳しく知らず、好きも嫌いも偏見もなかった。
だから、テレビであろうがネットであろうが、誰も彼もの話を全くフラットに聞けた。
これもよかったのかもしれない。

そういえばS問題の時もそうで、私にはSにもネットにも、何と言うか特に偏見がなかった。
だからあっさりフラットに読んだなあと、当時をふと懐かしく思い出す。
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