9月に知って以来、楽しみにしていたデヴィッド・フィンチャーの新作『ザ・キラー』(“The Killer”)観ました!
11月11日からNetflixでの配信も始まったので、「玄関開けたら2分でごはん」のごとく、「玄関開けてネトフリつけたら3分(とちょっと)でスミス」です。
『ザ・キラー』ティーザー予告編 - Netflix
!!!何がどんなとこでかかるか含めネタバレしかない今回のブログですので、まだ観てない方はご注意ください!!!
かかるスミス曲はなんと11曲。まず、なんの曲がかかるのかと、そのシーンです。緑色は私の感想です。
●ザ・スミス曲とシーン
1 "Well I Wonder"
主人公の殺し屋、標的が来るであろう正面の建物から偵察下見中。猫のえさやりや親子連れなど、パリの人々の日常を観察しながら人の生き死にの話をしている。
いくらスミスがかかるっていっても、こんな“Meat Is Murder”収録のマイナー曲はが1曲目とはびっくりしました。
「俺は俺」
「人は生まれ、人生を歩み、いずれ死ぬ。それまでは“汝の意志することを行え”だ」
なんて、なんかかっこつけた長いモノローグの直後、「さてひょっとしたら、君は眠っている時に僕がしゃがれ声で泣くのが聞こえるのだろうか?」というモリッシーの声が流れます。こっちが本音なんじゃないんですか…ね? と、思いつつ進む。
2 "I Know It's Over"
主人公のルーティーンらしきヨガをしながら、まだまだ長いモノローグ中のシーン、イヤフォンごしにかすかに流れる。
これまた地味曲、とは言え私の大好き曲。ほぼ聞こえませんが、これを入れてくるってこの主人公、どんだけかわいそうな人ってことにしたいのかなと思いました。お前の頭にもそんな汚物が降ってくんの?「笑うなんて簡単。憎むのも簡単。優しくて思いやりあるようになるのは、ちょっとした努力が必要」なんて聴きながらヨガって、どうしてあんたは殺し屋なの?と早速悲しくなりました。
3 "How Soon Is Now?"
標的を待ち続けた後、この曲で心拍数を下げて確実に命中できるようにする集中ツールとして、イヤフォンで聴いている。「俺は国にも神にも仕えない、誰も代表しない」と言いながら。
この曲で心拍数が下がるからだの仕組みがいまいちわかりません。むしろ上がってしまいそう。これ、人を殺す時に本当にこの曲でいいです??と思ってしまった。「僕だって人間、他のみんなと同じように愛されたい」「もう待ちくたびれた。すべての希望は消え失せた」という歌詞に孤独な魂が癒される…ということはあるかもしれないけど、ヘヴィーなギターに長々煽られ過ぎて、むしろ標的外しそう…と思ったらなんかボンテージ女王様に直撃の悲劇。
私なら殺しの1曲は何にするかな?(※殺しません)短気なので、“Still Ill”の前奏で一気に…ってそれじゃあ10秒だわ。「身体が心を支配しているのか心が身体支配しているのか、わかんねぇ~~~!!」と歌いながらズドン(※やりません)。
4 "Hand In Glove"
目的が外れ、パリからドミニカ共和国の隠れ家へ逃亡。道中の飛行機で心を落ち着かせるシーンで聴いている。
“I'll probably never see you again!!”と飛び立ったものの、そうは問屋が卸さなかったですね。復讐劇の幕開け。物語はここから。
5 "Bigmouth Strikes Again"
隠れ家襲撃の復讐を始める。ドミニカ共和国からどうやら殺しの黒幕がいるニューオーリンズへ向かう。道中の飛行機で聴いている。
観ている間はわからなかったけど、これからとてつもないことをしに行く時、「俺なんて人間の仲間入りをさせてもらう権利すらない」というこの曲聴いて士気が高まるのはわかりますね。
6 "Heaven Knows I’m Miserable Now"
主人公は、武器、ナンバープレート、クレジットカード、パスポートなどが装備されているトランクルームを訪れる。いろいろな準備の最中、車のスピーカーから流れる。
主人公は確信して準備を進めており、イキイキして見えます。そんな時「仕事を探して見つけた。でも間違いない。なんて惨めなこの姿」って歌が流れているという皮肉。人間は自分で変にイキイキしている時こそ、「メタ視点」が必要なのかもしれない。そして全編通して主人公がブツブツブツブツ言い続けているのは、全オッケーなんて思ってないのかも。でももう、どこにも早くたどり着けない(それは違う歌)。
7 "Girlfriend In A Coma"
主人公が殺しの黒幕らしき弁護士ホッジスに会う準備をしているらしき、ホームセンターに必要品をいろいろ揃えに行く時、車のスピーカーから流れる。巨大リサイクルボックス、ネイルガン、電動工具などを入手。
明るい"Girlfriend In A Coma"流れながらホームセンターでいろいろ買ってると、平和なDIYおじさんみたいだけど、文字通り「昏睡状態のガールフレンド」がドミニカにいるんです、やるしかないんです。ここで巨大ゴミ箱、ネイルガン…釘??なんか痛いことする?する??と怖い。
8 "Shoplifters of the World Unite"
ニューオーリンズのダウンタウンにあるホッジスの法律事務所の外で、アシスタントのドロレスが歩いているのをバナナを食べながら眺めているシーンで、車のスピーカーから流れる。
パリの朝マックに引き続き、ジェームス・ボンドとかデューク東郷とかにはあり得ない、はりこみしながらバナナ。。。何はともあれ、ここ何?ホッジスって誰?ドロレスって?この歌の歌詞には"My only weakness is a list of crime"ってある。主人公の犯罪の陰にはどんな黒幕がいて、どんな仕組みで殺しが行われるのか、ここからだんだんわかってきます。
9 "Unhappy Birthday"
ドロレスから、主人公が失敗した殺人の依頼者、ドミニカ襲撃者の情報を聞き出した後首を折って殺し、遺体を階段から突き落とす凄惨なシーンに流れる。
「情け無用」であることを、何度も何度も、自分に言い聞かせる経文のように言う主人公。ここは今までのハシゴはずしみたく、ドロレスを助けるのかなと思ったら、さらなる非情なことをします。ドロレスは脅されながら「私は悪人ではないのよ」と言っています。この歌の、「君は悪人、そしてウソつき。死ななきゃならなとしたらちょっと悲しいかな(でも泣くほどではない)」という歌詞と呼応しているように感じます。ホッジスの手下だったばかりに、Unhappyすぎる、ドロレス。
10 "This Charming Man"
ホッジスとドロレスを殺し、処分するために遺体を載せた車でカーフェリーに乗り込むシーンで流れる。
聴こえた時、ものすごくぞっとしました。「このチャーミングな車に、このチャーミングな男」って、釘2発ぶち込まれて死んでるがな…。まったく笑えな過ぎて恐ろし過ぎて、笑ってしまいました。私の英国人友達にこのことを言ったら「あそこで笑うなんて、さすがモリッシーファン。ひどすぎる!」言われました。
11 "There Is a Light That Never Goes Out"
終章、ドミニカの隠れ家のテラスで、コーヒーを淹れて恋人とゆっくり過ごすエンディング直後のクレジットシーンで流れる。
「安心を求めることは、負の連鎖を引き起こす。“運命”なんて気休めだ。自分の未来は予測不能。与えられた短い時間の中でこれを認められないのなら、あんたは数少ない人の中のひとりではなく、数多くの人の中のひとりなんだ。俺のように」
というモノローグの後に、「君のそばで死ねるのは、天国みたいな死に方だ」という"There Is a Light That Never Goes Out" が流れるのは、結局言い方悪いですけど、この殺し屋は「凡人」だったということだと思います。海辺の素敵な家でコーヒー淹れてテラス…ですが、このシーンもボンドみたいにグラマラスにおっぱじめたりキザなことはなし。まったり、運命に抗い、安心や、愛、感情に突き動かされる「凡人」であることは決して、悪いことではないんじゃないかというメッセージな気がします。
"There Is a Light That Never Goes Out" が流れて最後キスシーンででも締められたら興ざめだったけどあえて(?)エンドロールにしてくれたのはよかった。
●ザ・スミスファンに、この映画をおすすめする理由
正直言って、スミスファン脳で観始めて、欲求不満で死にそうになります。なぜなら、スミス曲はあくまでも、主人公がイヤホンやカーステで聴いているのが聞こえてくるだけなので、途切れまくり、部分的、よく聞こえない。スミスファンの皆さん、「そこ切らないで!!」とか思うと思います。でもザ・スミスを聴く映画ではなく(当たりまえ)、ザ・スミスを聴く、聴いてしまう主人公を見つめる映画だと思うんです。
フィンチャーも、ザ・スミス曲を起用した理由として「ザ・スミスほど、皮肉さとウイットを同時に備えた音楽はないと思う。観客は、この男(主人公)が誰なのか、よく知り得ない。彼の選曲する音楽が、彼を知る窓口になれば面白いと思ったんだ」とインタビューで答えています。ということは、フラストレーションを感じる可能性は多いにありつつ、ザ・スミスを世界観まで含め、よく知るファンこそ、深読みできておもしろい映画だと言えます。
●今まで知っている「殺し屋」と違うおもしろポイント
■ひとりがたり、多すぎ
この映画、しつこいくらいに、主人公のモノローグが反復されます。
「計画通りにやれ」
「誰も信じるな」
「感情移入するな」
「予測しろ」
「即興はするな」
「修行するぞ修行するぞ」と自分に言い続けさせられていた某団体のような自己暗示を感じます。そもそも私たちがフィクションの中で知っている「殺し屋」は「感情移入は弱さ。弱さは無防備」とか、言う???「弱さ」に怯え、抗っているという前提すらないです。
これは、自分は本当は違うということだと解釈します。誰かを信じてしまいそうになる、優しさを出しそうになる、その場その場で計画とは違うことをしそうになる。だって人間だもの。私たちと同じ、「数少ない人の中のひとりではなく、数多くの人の中のひとり」。サイコパスでも、スーパーアンチヒーローでもない、ただの人間だもの。だから失敗もするし、愛のための復讐にも狂う。そしてザ・スミスをしつこく聴くんだと思います。じゃなきゃ、保てない。
観終わった後すぐには、「これ、いちいちザ・スミスにする必要ある?ポーティスは良かったな」と思ったんだけど(ひど)、よくよく考えて、やはりどうしてもスミスじゃなきゃいけなかった理由はこれだと思うんです。フィンチャー、ごめん。
■買い物、多すぎ
あと私が気になったのは買い物www 私たちが知ってる「殺し屋」、ホームセンターで工具買ったり、スーパーでひき肉買う?フィンチャーはインタビューで、「作品を見た人がホームセンターで同じレジ列の後ろに並んだ人に対して緊張感を覚えてくれたらいいな、と望んでいる」と言っていました。後ろの人が天馬のデカい衣装ケースを買っていても、もう怖いです!
■食、こだわらなさすぎ
お金はいくらでもあるだろうに、効率を重んじるのか世界中でタンパク質補強にはマクドナルドを愛用しているようです。パン食べないのは糖質制限してるのか…そういうとこすごく細かい!その後出てくる、ティルダ・スウィントン演じるエキスパートの殺し屋の美食っぷりが対照的でした。そう言えばホッジスんとこ行く前に食べてたバナナはいつ買ったのかな(笑)。
■車、借りすぎ
あとレンタカーですね。借りすぎwww ボンドはアストン・マーチンだし、ジェイソン・ボーンもベンツとかアウディとかだったはず。アシがつかないよう、また偽装や便宜上ではあると思いますがあまりにdown-to-earthというか「普通」を描いている。
その他、
■潔癖、消毒しすぎ
■ファッション、こだわらなさすぎ
■偽名、ありすぎ
…などいろいろおもしろポイントありますね。皆さんのおもしろポイントもあれば教えてください。
フィンチャーはまたインタビューで、「表現したいのは悪の陳腐さ、平凡さ」と言っていました。そうそう、もう勧善懲悪はもちろん、善悪を描いても新鮮みもない。こういう主人公の内面の「言わずもがな」の表現はものすごく面白いし、それにザ・スミスが使われていることもうれしくなる作品でした。