Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

モリッシー London The O2 Arena(2014.11.29)公演観てきました 5

2014-12-12 17:57:35 | Morrissey Live

思っていたより用事が早く済んだので、更新が進められます~

よかったw 

(本来「すぐやる課」なので、すぐできないか…なのがストレス

なのでしたw)


今回の記事では、私なりのこのライブでの「頂点」をご紹介したいと思います。


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“Trouble loves me”が終わり、ロックのライブとは思えない

丁寧な言葉のバンドの紹介が入ります。


それにしても、マシュー紹介の時

“From Chicago, ‘Still Ill’inois’”

(スティル・イリノイ州のシカゴ出身)


と、「あいうえおじさん」的な小ネタはさむモリッシー(とてつもない言いたいだけ感)…

「オオサカ・ワイルド」とか「メタル・ペルー」とか、こういうの好きですな…

(私も好きなので親近感w)

 

メンバー紹介で、観客の皆さん、本当に心からの拍手を送っていました。

そりゃそうだ。。。演奏もさることながら、こんなに大変なおじさんのバンドで

いることにはご苦労も多いだろう!!でも、彼が思いっきり歌えるように、粛々と

力強くサポートしてくれるこの方たちがいるからこそ、このステージがあるのだ、と

思って私も拍手しまくりました。新ベースのマンド・ロペスも、なんか確実な職人のような

ベースで良かった。ソロモンのような「見せる」ベースではないけど、サウンドに安定感を

もたらしていました(でも、ソロモンのカムバックを諦められないけど!)。


そしてライブは中盤折り返し地点。気合の入ったモリッシーの「なうッ!!」という雄叫びとともに、

“Earth Is the Loneliest Planet”が始まりました。モリッシーの新譜を(ちゃんと)聞いて

いない同行者が「へっ、こんなに音フラメンコぽいの!?意外とモリ様の声に合うんだなあ~

渋いなあ~いいなあ~」と後から言っておりました。


アコーディオンの音色もスペインの懐かし感(行ったことないのに)。

They always blame you...you…you‼

のところを皆で合わせるのがやたら気持ちよかった。もはやロッキー・ホラー・ショウばりの

お約束の合いの手…。

 

そしてまるで運命が淡々と進むかのように“Neal Cassady Drops Dead”が始まり

ました。短いキラキラな夢からいきなり揺さぶり起こされるような始まり方が好きです。

この曲もフラメンコ感満載ですね。アグレッシブなボズのギターとフラメンコ・ギターの

コントラストがやたら気持ち良かった。


Victim?

Or Life's adventure?

Which of the two are you?


「被害者?それとも人生の冒険者?君はどっちだ?」


という問いを繰り返し歌う時、モリッシーは「懇願」しているようにも聞こえました。

もちろん「被害者」と思われてしまうくらい、向こう見ずで過激な「冒険者」好きなモリッシーが

欲しい答えは決まっています。


この歌のタイトルにもなっているニール・キャサディは1968年、裸でメキシコの線路上

でのたれ死んでいるのを発見されました。享楽的生きざまの鏡として神格化され、歌詞にも

出てくる同じくアメリカのビート・ジェネレーション仲間のアレン・ギンズバーグを始め様々な

文士に愛されていました。ジャック・ケルアックの『路上』の主人公ディーンのモデルです。

キャサディへのギンズバーグの愛は、友情を超えていたのかも…そのふたりの「関係」も

モリッシーの着目点でしょう。私はふたりのこの写真が好きです。


モリッシーの「ラップ」(と一部で揶揄されていましたがw)のようなラップではない、

ポエム・リーディングのような「踏んでる」歌詞が、ライブではよりナマモノのように

はじけまくっていました。

 

そして…生涯忘れることのできなくなりそうなモリッシーの笑い声を聞くことになります。


続く“Meat is murder”の前にこんなMCをしました。


 "I was very interested to read in the couple days online about

how 75% of chicken sold as food in the UK is contaminated,

therefore poisonous - and I thought to myself

'ha ha ha ha'"


「2日前くらいからのオンラインの報道で、イギリスで食べ物として売られている75%の鶏肉が

汚染されている、つまり有毒でだというのを読んで、とても興味深く思った。そして心の中

で密かに思ったんだ。『ハハハハッ!!』」 


この『ハハハハッ!!』、夢に出てきそうと思いました、衝撃でした。



調べたところ、11月27日に英食品基準庁が、英国で販売されている鶏肉のうち平均して約70%から

食中毒の原因となるカンピロバクター菌が検出されたとして、小売業者らに改善を求めたことがニュースに

なっていますね。同庁が冷蔵された丸鶏を対象に6か月かけて行った調査では、最高レベルのカンピロバクター菌

汚染が全体の18%で確認され、大手スーパーマーケットで同細菌を減らすための業界基準を満たしていたところ

は一つもなかったそう。カンピロバクター菌は加熱されることによって死滅するけれど、英国では毎年28万

人がこの菌によって食中毒となっている。。。


「ハハハハッ!だから言ってんじゃん!

ざまあみろ!!」

…ということなんでしょうけど。。。喜び過ぎw

毎年28万人死んでいるなんて、とんでもない事態!


しかしモリッシーのこんな笑い声、初めて聞きました。

ニュースでは平均して70%。75%とか、5%盛りッシーですね…

 

Youtubeで見つけたので笑い声、聞いてみてくださいw


MORRISSEY TALKS ABOUT CHICKENS INTO 'MEAT IS MURDER' @ 02 ARENA, LONDON 29.11.14

 

そのままここで、“Meat is murder”が聞けます。

私は今回のライブで色々なハイライトがあった、と思いましたが、ザ・ハイエストライトはこれだ、と思いました。

頂点。

モリッシーが本当に言いたいことは、これなんだ、と思いました。

 

真っ赤な血の海のようなスポットライトの中、 

鬼のような形相で始まった。

 

“Kitchen aromas…they aren't very homely 

They're not cozy, cheery and noce

It's sizzling blood

and the unholy stench of MURDER 


It's not natural, normal or kind 

The flesh you so fancifully fry 

The meat in your mouth 

Fuxxing MAC is MURDER”

 

「お台所の香り、ああ、気持ち悪い

『ほっこり』でも、楽しくもステキでもないんだよ

したたり落ちる血

殺戮の罪深い悪臭

 

自然なことでもないし普通じゃないし優しくもないんだよ

あんたの気まぐれお肉フライ

お口の中のその肉

糞マック 

それも殺し」

 

レコードでもライブでも、今まで何度もこの曲を聞いてきました。

正直、「もういいかも…辛ひ…」と思うこともありました。

でも、このライブで観た、“Meat is murder”は、良かった。一番良かった。

極端なことを言えば、この歌を聞くだめだけでも、ここに来たのだと思った。

良かった、を超えていた。気迫は歌、というより唸り、うねり。

真っ赤な血の池地獄に会場もろともどっぷりつかり、映像で流れる動物たちの痛みわけの

儀式のようでした。モリッシーの迫力は鬼増し、もしやこのことを歌うためだけに、

数々の苦難を乗り越えて「歌手」を続けているのではないかと思うほどでした。

 

歌パートが終わると、怒りに震えたような後ろ姿で静かにマイクをスタンドに置き

動物殺戮映像が映し出されるスクリーンの方に向かい、頭の後ろに手を置きました。

それは、祭壇にさしだされる、無抵抗な生贄のようでありました。

 

眼鏡マシューの地獄の銅鑼が鳴り響き渡り始めてもそのままの

ポーズのモリッシー。バンド渾身の演奏と目を開けていられないほどの

ライティングの洪水、会場全体が断末魔の叫びに包まれます。

マシューがそこいら中を叩き始めて…この人何本腕あるの!?と思いました。

阿修羅のようでした。

うるさいのに静かなのです。

厳かな何かとコネクトしたかのよう…もうここがどこだかわかりません。

魂が口から抜けて上昇していきます。「どうにでもして」状態。

地獄には「落ちる」のではなくて「上がる」のかもしれません。

 

銅鑼の響きが終わると、ようやくモリッシーはステージ中央に戻ってきました。

まだスクリーン(祭壇)の方を見ている。いや、この物理的な空間を見ているわけじゃない

かも。「彼岸」というものを見上げている。人間によって殺戮された動物たちは成仏する

ことなどないのです。だからこの怒りの弔いの儀式を一生続けるのでしょう。


復讐と鎮魂。


モリッシーがやること、突き詰めれば、それだけなのかもしれない。


モリッシーは続く、私のレポートも続く…w


モリッシー London The O2 Arena(2014.11.29)公演観てきました 4

2014-12-12 12:13:41 | Morrissey Live

帰国して1週間以上たっても、感激のあまり脳の一部分に損傷を負ったのか

まったく色々手につかない…のに、日常は進んでいくのでバタバタしっぱなし、

ブログ更新が思うようにできません(泣)。

でもあと何回かかけることにはなりますが、手抜きせず丁寧に公演レポートは

まとめたいな~と思っております。言い訳無用、進めます!!

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“I'm Throwing My Arms Around Paris”“Istanbul”と抒情的な曲が

続き、そして新譜から“Smiler with Knife”が始まりました。

最近ライブで歌う“Asleep”とか、こういう子守唄のような囁き歌声聞くと、丁寧で、

本当にモリッシーは歌がうまいなあと思います。スミス時代は「歌がうまいなあ」なんて

あまり思わなかったけど、初期衝動(&初期ヨーデル感)超えて本当に濃縮された

円熟の魅力がにじみ出てきます…


 

しかし、ただの「歌のうまいおじさんの歌謡ショー」にならないのは、その

「歌いたいこと」の動機づけ、エッセンス、歌詞にあるのだなあ、と聞いていて思いました。

“Smiler with Knife”…刃を潜ませた微笑みの人。聞いていてグサッと刺される

ような凄味を感じました。人を愛し、愛を乞う。そのナイフの一撃のような激しい渇望

の痛みは、深く、深く、この身をえぐり、限界まで達して初めて穏やかな安らぎと変わる…

その時に初めて“You’ll be ok”…とモリッシーは優しく慰めてくれます。。。

 

が、そんな死ぬギリギリまで癒されないのか?と怖くなります。

「セックスと愛は別物」という確信に満ちた歌詞は、スミス時代に“Still ill”


“Does the body rule the mind or the mind rule the body...

I don't know”


と悶絶していたモリッシーとはまったく違う境地にきたのだと思いました。

 

(まったく関係ないですが、昨日AV監督の村西とおる氏のインタビューを読んで

鬼気迫るAVクリエイティブ美学に感動しました。そのインタビューの中で、

「愛とセックスとは別腹だという不条理(それを描くのがAV)」と語っていたので

びっくりしましたよ~。目的や表現方法が違っても、己の美学を信じ、この世の真理に

行きつこうとする人たちの言葉や思いは時にクロスし、またわき目もふらずにそれぞれ

の道に邁進していくのだと思いました)

 

そして“The Bullfighter Dies”が始まる前、にテムズ川沿岸にあるウォーターフロント再開発地域

「ドックランズ」にある、ワッピングについて語ります。

 

When I was a REAL child, I saw a film took place in Wapping.

and I always wanted to live in Wapping.

Well, I don't want to live there now.

 

会場に来る時、川沿いで通ってきて、思い出したのかな。ドックランズ地域は一時は世界最大の

港ロンドン港の貨物上げ下し拠点でしたふが第二次世界大戦後衰退…廃墟だったのが

再開発によりオシャレでヤッピー(死語)な街になりました。上塗り化粧みたいな小奇麗さは

モリッシー嫌いそう。ちなみにここでモリッシーが小さい頃に観たと言っているフィルムは、

1965年から放映されていた子ども向けドラマ、“Orlando”ではないか…な。

モリッシー6歳から小学校低学年の間放映していたらしい。


自伝に出てくるのですが、ドックランド地域が舞台で、騒々しく走り回るイースト・ロンドンの

イキイキとした子どもたちのこと「いいな」と思っていたようです。モリッシーはテレビドラマを、

小さい頃からマニアか、というぐらい観ているようですがその記憶力がすごい。イギリス人に

とってはテレビって重要過ぎる娯楽ではあるけれども、モリッシーは何歳の頃どんなものを観て、

それには誰が出ていて、どんなところに憧れたか…詳細に覚えているのがすごい。そんなもので

憧れた世界観が歌作りのヒントとなって蓄積されてきているのでしょうね。

 

“The Bullfighter Dies”は最近のモリッシーの主張の代表格になっているようですね、

高らかに「ばんざーい、ばんざーい!闘牛士死にやがった~!」

と会場と一緒に歌い上げました。

そして“Trouble Loves Me”が始まるのですが、グスタヴォの

ピアノの前奏の美しいこと美しいこと。しばし、聞き惚れました。


(芸達者リスペクト!で再貼りw↓)


 “So, please fulfill me, somebody kill me”

 

…いちいち切ない歌詞に泣きました。still runinng'round

し続けるしかないと思い知らされる、何も救済などない、

気休めも終わりもない。「いいね!」なんてほんとは言いたくも

ないしない世界。でも、でも、でも、生きていくのはあなたが歌うから、歌って

いるから聞きたいから!!…とあんなに人がいるのに「たったひとりの私と

モリッシー」化して、しつこく思いつめながら…

 

ノッてきたのに出かけなきゃなので、続く。

今日はもう一本書けるかな…

この調子じゃ終わらないwww