Kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

寝ながら資本論。

2014-09-30 23:51:02 | kaeruの『資本論』

午後草取りを頼まれたところで、いただいたペットボトルの蓋をあ

ける時の話です。

89歳のそのご婦人にはあけることが出来ない、と言われました。

すこし前にペットボトルをああけようとして、力を入れたら腕の

筋肉を痛めあけられなくなったそうです。

 

そのこと資本論が直接関係していません。ただ、身辺に近い将来の

自分の姿を見ることが多くなり、いよいよ寝ながら資本論を読み

書くことに習熟しておかなければならぬ、という思いを強くします。

 

この文もタブレットで書いているのですが、その書きにくいこと!

思わずビックリマークを付けてしまいます。

といことで、先日行った第1回の勉強会の報告は別にします。

 

これは、資本論で検索していたら出会いましたので、ここに

覚えとして記しておきます。

http://daskapital.unma.jp/?page_i=34 

コメント (4)

ふたつの川内。

2014-09-29 21:35:18 | せいじの政治カフェ

  鹿児島県薩摩川内市(せんだいし)と福島県双葉郡川内村(かわうちむら)。

 昨日の集会を伝える今日の「しんぶん赤旗」です。

川内原発 再稼働させない鹿児島に7500人集う

写真

(写真)川内原発再稼働反対の声をあげた「全国集会」=28日、鹿児島市の天文館公園

 川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川内市)を「全国の原発再稼働の『突破口』にさせない」と28日、鹿児島市に7500人(主催者発表)が集まり、「ストップ川内原発再稼働!全国集会」が開かれました。福島原発事故後では、県内最大規模。集会後は「再稼働反対」「未来を守ろう」の唱和を響かせ、パレードしました。

 主催した「ストップ再稼働3・11鹿児島集会実行委員会」(県内93団体で構成)の宍道紀代美共同代表があいさつ。向原(むこはら)祥隆同事務局長が、県内で広がる再稼働反対の動きを紹介しました。

 いちき串木野市で、3万人の市民の過半数から再稼働反対の署名をとった「避難計画を考える緊急署名の会」の江藤卓朗事務局長、宮崎県で緊急署名を集めた青木幸雄さんが訴え。薩摩川内市の自治会で初めて再稼働に同意しないよう陳情した、川畑清明・山之口自治会長は、「住民投票」を求める取り組みを開始したことを報告しました。

 日本共産党の笠井亮衆院議員と仁比聡平参院議員が連帯あいさつ。「追い詰められているのは安倍政権。攻めに攻めよう」などと呼びかけました。

 次は地元紙の記事です。
 
この集会に福島県から参加した川内村の元村会議員の発言が紹介されています。
 
「福島の事故は収束していない。川内が動けば、全国の再稼働の後押しにある」。
(地元紙記事は、
 
 
 福島の川内村では、「ふるさと学び発表会」がおこなれました。福島双葉郡の
 
小中学校がふるさとのよさや復興を学ぶ「ふるさと創造学」学習のはじめての発
 
表会が28日おこなわれました、「しんぶん赤旗」の記事です。
 
会場は川内村小学校でした。
 
  
 
  川内村のことを 2012-11-25 でつぶやいています、のぞいてみて下さい、

「かえる」がお持ちしています。
コメント (4)

横着報告。

2014-09-28 20:56:35 | kaeruの「おくのほそ道」

■奥の細道の旅
○現在地

福島に到着しました。

○次の目的地  飯塚

○次の目的地までの距離  35.9km

○次の目的地までの歩数  48,725歩で達成です。

 本人が信州散策を楽しんでいる間に、ここまで来ていました。

福島ですから、ひと言語っていくべきですが、明日の準備もあり今夜は

到着報告ならぬ横着報告でご勘弁願います。

コメント (6)

「てんがらもん134回」 怒りをこめて笑う、とは。

2014-09-27 20:08:06 | 「てんがらもんラジオ」

 タイトルの「怒りを込めて笑う」というのは実に不思議な言葉です。

 話されたゲストの餅田さんが笑いヨガの認定リーダーだったとしても話の

内容が分からないと、理解不能です。

「てんがらもんラジオ」134回のゲストのお話をメモしたなかでも、気になっ

たこの言葉は、http://www.ustream.tv/recorded/53094402 の

中ほどで言われています。

 もし、 こんな問題=「次の(  )に適当な言葉を入れ文章を完成させなさ

い」で、「怒りを込めて(  )」 の答として「笑う」を入れる人は皆無でしょう。

でも、餅田さんの話の後では、「笑う」を入れようと思うようになります。

 それは、なぜかを考える前に声を出して笑う効果についてです。

 笑いを積極的につくりだす、特に顔は笑わなくても声だけでも、腹の底から

笑うのです。腹の底からというのは、ヨガの呼吸法からきています。その笑い

の効果は自然のもたらす笑い効果と同じだそうです。

 私も視聴しながら試してみました。 効果ありです、頭がスキッとした感じで、

これはいけるの実感でした。

 

 さて、 「怒りを込めて笑う」について。

 餅田さんが、これを言われた事例は、親が子供を叱りたくなった場合でした。

しかし、番組の最後、市民劇場の上演案内で演劇 「親の顔が見たい」 を紹介

したときに語られたパーソナリテーの村永さんの言葉が印象に残っています。

 この演劇は、子どもが自殺した親とその子をいじめていた子の親が登場する

ものです。子の保護者としての親の立場、エゴとエゴのぶつかり合いだと想像

できます。 そこに 「笑い」 を取り入れたらどうだろう、のひと言です。

 

 笑うことができいるのは人間だけだそうです。怒りも恐れも多くの動物にあり、

怒りをもって怒りに向かう、は動物の水準でもあり得ます、しかし、怒りを込めて

笑い得るのは人間だけに可能なのです。笑いをつくりだすことは、もっとも人間

的な人間になる意味を含んでいるようです。

コメント (7)

微笑む仲間。

2014-09-26 21:05:09 | ブログ仲間

 「てんがらもんラジオ」134回のゲストは笑いヨガの持田さんなの

ですが、まだお話を聞けていません。ですのでここで書くことは直接

餅田もさんのお話とは関係ありません。

 ただ、この間の「旅」について笑いとの関係で書いておきたかったの

です。参加者のブログやコメントを読んでいると、ひとりでに和んで

くるのです。「笑う=わらう」という言葉は「割れる=われる」からき

たものだそうです。「破顔一笑」という言葉もあります。「咲」を

「わらう」とも読むそうで、蕾がほころぶさまに例えて人の顔がほこ

ろんでいくのをあらわしています。

 

 その和みの気持ちのなかに必ず、一緒にいたあの人この人の姿があり

ます。笑いはひとりではおきません。生理的な「笑い」のひとつ、く

すぐりを考えてみても、自分で自分の脇の下をくすぐっても笑えません。

笑いは孤独の対置した仲間のなかにあります。ですから仲間を広げるこ

と笑いを広げることです。また、笑いの広がるような人のつながりを

仲間というのでしょう。

笑いをテーマにしたゲストの話を聞く前に、仲間と笑いに考えてみま

した。

 

コメント (4)

次回研修会ではこんなことも……。

2014-09-25 22:58:57 | ブログ仲間

  今回、ワイコマさんに頼んでご自分のタブレットを持ってきてもら

ました。それは、私のタブレットでは「てんがらもん」が視聴出来な

かったので旅先で視聴したかったからです。

  「てんがらもん」視聴は時間等の都合でやりませんでしたが、ワイ

コマさんのタブレットにふれる機会を持てたのはよかったと思います

   

  タブレットといっても、かなり違う種類が出回りはじめました。自分

の使っているものの特徴とか、使い方の改善とか、同じ物を使っていく

としてより使い勝手をよくしたいものです。さらに、これから使おう

する人にとって現在使っている人の意見が参考になります。

    そういう意味で、次回の研修会では、その時点でのタブレット(ば

かりではありませんが)を持ち寄り、関連情報も出し合いながらの検討

が出来たらいいな、と思います。

 

   なにしろ、我がタブレットでこの文章をここまで書くのに、4,5回

画面が消えるのです。編集画面だからかも知れませんが、文章そのもの

文字そのもの消えませんが、これがコメント欄だと全部消えます。最初

から書き直すのです。 

 賢い使い手になるためにブロガーの知恵を集め、情報を交換する場に

なればと願っています。

コメント (6)

『人は老いるにつれて、何を手に入れるのか』

2014-09-24 21:49:04 | ブログ仲間

 『人は老いるにつれて、何を手に入れるのか』という書名の本を手にしました。

自分の本で、積ん読の一冊です。 そのなかの第3章は「終わりの時」となって

います。そして最初の節が 「仲間」 です。そこを読みたかったのです。

 いうまでもなく、この間の 「ブログ仲間研修旅行」 を考えてみたかったのです。

  この一年ばかりブログを自分発信のツールであると同時に、ブログ独自の仲間

づくりという方法があり得ると考え、あり得たという実感があったからです。

 

 「旅」 に参加した各ブロガーのコメントや感想的報告ブログも出揃い、どれも実感

をこめて「楽しかった」です。 ここに各自が「手に入れた」ものが何であったか、仲間

であったことを示しています。

 さきの本の 「仲間」 はこう書かれてはじめられています。

 「仲間同士で集まれば、老いた者も若やぐ。」 

 そして、友だちづき合いがもたらす新たな生活は、次の詩の中で語られていると。

  

   『わたしの還るところ』    イーブリン・ベイリス

 

 長き旅のさなか、わたしは旧友と出会い、新たな友をつくる。

 木々が生い茂り、木漏れ日と木陰豊かなこの丘で。

 過ぎ去りし日々は、そっとたたまれて棚の上。

 思い出は、ファイルに挟んで引き出しの中。

 過去の栄光や子どもの名前、身をもって知る功績や悲劇、

 そうしたものは、老いたわたしたちの名簿には載せるまい。

 さらに深い神秘がわたしたちを待ち受けている。

 さまざまなやり方で、わたしたちは神秘の理解に努める。

 ときには、思考の幅を広げる書物を読み合い、

 ときには手を携えて、ひとつの主義を貫く。

 あるいは、庭の手入れに打ち込み、

 いまは危機に瀕した、大地の緑や草原に心をとめる。

 ときには、岸に寄せるふたつの波が出会い、

 思いがけない喜びに打ち震えるがごとく、笑いさざめき、

 あるいは、日々のパンを焼くような、素朴な日課を果たしつつ、

 人生の贈りものを見落とすことなく……。

   

  老いたわたしたちは、お互いに支え合いながら、自分たちのペースで暮らし

ていけばいい。そうすれば若い友人や孫たちと交流したり、もっと大きな老人

のグループに、自分らしく、堂々と参加するエネルギーも湧いてくる。

 (略)

 「わたしから歳を奪わないで。ひとつひとつ稼いできたのよ」。そういった老

婦人もいたという。わたしたちも、仲間同士で過ごすときには、いままで稼い

できた老いを楽しみ、役立てることができる。

コメント (4)

「てんがらもん」133回、七十歳代の声。  

2014-09-23 23:56:03 | 「てんがらもんラジオ」

 今回のゲストのお話から私たちが受け取りたい内容を、番組の最後で

パーソナリティーの川畑さんが語ってくれました。

  「てんがらもんラジオ」133回は、

  http://www.ustream.tv/recorded/52793712 です。

 

 もし、今全部を聴く時間がなければ、最後の10分を聴いて、川畑さんが

なぜそういう発言をされたか、を胸にあとで長野さんの話を聴いてみて下

さい。

 私も長野さんと同世代です、その世代の一人として、川畑さんの発言に魅

かれ同意します。 それで今日は、川畑さんの発言の紹介からはじめます。

≪今日のゲストの長野さんの生い立ち、聴いたとき涙が出ました。私とはわ

ずかしか年齢が違わないないのに、私は田舎の方で過ごしましたので、戦争

体験とか……。 昭和20年はまだ私たちの所に疎開されるような田舎でした。

 本当に幸せ、今考えればですね、(終戦直後短期間に9人の家族で4人なく

した体験を北朝鮮でされた)長野さん御一家ような(方がおられるなかで)。

 そいうことを思えばですね、戦争ほど残酷なものはない、領土を拡げる戦争

に過ぎないですよね。 そういうなかで大事な命をですね、こうしてなくして……。

 ここに 「戦争ほど残酷なものはない、戦争ほど悲惨なものはない」とおっしゃっ

てる先生もいっらっしゃるのですけれど、「平和とは絶望を希望に変える(聴き取り

不明)。 誰が見ていようといまいと黙々として友情を拡げている人々。友を励まし

続けて生きて行く人、民衆こそが暴力なき社会を現実に創造しているのではない

だろうか。 その人々こそが世界史の流れの先端である」

 

 来年といってもあと三か月余、年が明ければ戦後70年です。

この時期に、長野さんの人生を知り川畑さんの感想を聴けたことは、70歳代の

私に大きな示唆をうけた思いです、有難うございました。

コメント (5)

講演者は99歳。

2014-09-22 22:06:02 | つづきの海を はろば...

   「99歳記念」と書かれ講演会の案内が届きました。 講演をする老婦人

から電話があり、頼みたいことがあるとのことです。 伺って話込んでると

本屋さんが本を届けに来ました。

 池上彰の本です、池上のイスラム世界を解説したもの、「池上の本は面

白いね」と言われます。この好奇心、読書力は付き合いはじめて20年位

になりますが変わりません。

 それでも生きているうちに話しておきたいから、と今回の講演を受けた

そうで、その案内に “恥のかき納めと思って「私と郷土史」を中心に、いろ

いろおはなししましょう。” と書かれています。

 

 この講演会のお手伝いすることの打ち合わせの後、これからのことで、黒田

さんの活動を引き継いでいくために、どうしたらいいのかが話の中心に。

すでに、写真の左にあるように黒田さんの描かれたものをデジタル化する試み

が個人の努力で進められています。 この取り組みも含めて出来るだけ早く、構え

をつくっていく必要があります。

 個人が生涯をかけて取り組み、かなりの実績を積み重ねてきても本人の努力

だけではその事業の継承は困難です。話のなかでもある人が104歳で施設で

亡くなっていたことが最近分かったのだとのことでした。 その方もかなり実績を

残しておられたが、何時の時期からか所在が知れなくなっていたとのことでした。

 

 個人経営の会社などの継承が問題になりますが、地域の諸活動 ・研究などの

継承も地味ではありますが地域の活性化の一要因です。 これからの動きを追っ

ていきたいと思います。

コメント (4)

親友 心友、新友。

2014-09-21 23:13:21 | ブログ仲間

 「sinnyuu」を変換すると、親友と心友が出ます。

 これに付け加えたいのが、新友です。

 この三日行動を共にしたのは、新友でした、新しい友。

 五人とも「はじめまして」の方々でしたが、注釈をつけるとすれば、「顔をあわ

せるのは」でしょう。

 三日間のことについてはワイコマさんのブログをみていただくとして、

 ( ワイコマさんのブログ⇒ 日本の屋根裏、信州 )

 新友について続けます。

 信州からのコメント、ここに。 2013-10-01 

これは一年前の9月30日に、ワイコマさんからコメントを頂き、嬉しくなった

翌日の「kaeruのつぶやき」です。 嬉しくなったのは、当時ほとんでコメント無しで

したからコメントが嬉しいという単純はことからです。

 それが、一年後に6人のブログ仲間がワイコマさんの案内で、信州の自然と歴

史を知り学び、ブログについての経験を交流し学び合う三日を共に出来たのには

二つの前兆があります。

 

 まず、昨年11月のこのブログです。 

岐阜に来て「紅葉を」を 翌檜さんに案内されて‼ 2013年11月23日

 このブログは、僅かな期間のブログを通じて知り合った人同士の付き合いが、具体

な手助けになった事実を、私に教えてくれました。

 次はこれです、今回の「信州同級会」に直接つながるものです。

 鹿児島 報告 2014年04月06日 

ワイコマさんの「FMぎんが、てんがらもんラジオ」訪問記です。


 この二つの「事実」が私に教えてくれたものが、今回の「旅」につながったと私の場合

は思っています。 ブログは写真と文字に限定された情報から書き手を評価し判断する

という「作業」をすすめるという面があります。 そこには自分が人をどう見ているという

人間観が反映せざるをえません。

 人は疑いの目で見るべきか、信頼の眼でみることができるのか。 一つ一つ一人一人

のブログを通じて、自分がそこにかかわり合っていきます。そして、結果としては自分が

そのブログの中に自分と共通のものを感じ取れるか、だと思います。

 その感じは、ブログだけの関係では実証できないものでした。 実際に顔を合せ、食

事を共にし、同じ空気を吸い、山の輝きに共通の声をあげ、酔い心地のなかで悩みも

出し意見もだす。 それを通じて、相手の理解と共にこの人を新しい友として、選ぶこと

できた自分への評価をたかめることが喜びでもあります。

 「研修会」の意義と目的はそこにあったかと思いつつあります。

コメント (8)