Kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

どういう時代を生きてきたか。

2016-10-24 22:41:13 | 不破・スターリン秘史

   雑誌「前衛」に著者の不破哲三さんと一橋大名誉教授の渡辺治さんの対談「現代史とスターリン」が掲載されていました。

   このブログでも「不破・スターリン秘史」というカテゴリーをたてていましたが、振り返りましたら去年6月に雑誌「前衛」での掲載が完結したことを「つぶやき」が最後でした。

   その「つぶやき」には「1、2巻は読み終わっていますが、3巻以降の部分は雑誌掲載時にはほとんど読んでいないので心して読まねばと思っています。」と書かれているのです。                                  

   さてその心を今日取り戻し「現代史とスターリン」を一読、それでブログのタイトルがつぶやくように口に出てきたものです。一読したくらいでは頭のなかで追いつかないものがあり、まとめにはならない「つぶやき」です。

   自分史と重なり歴史として深めねばという部分は次の言葉にあります。

渡辺(『スターリン秘史』を4つの時期8つの柱で区分して)これらはいずれも先にふれたとおり、現代史の画期をなす重要な事件で、その見直しや豊富化は、それ自体で意味がありますが、同時にその見直しは、大きな現代史の流れ、すなわちロシア革命以降の資本主義と「社会主義」の対決という現代史の構図そのものの見直しにつながる問いを投げかけているのではないと思っています。

不破   そうですね。(192頁)

  それは歴史の見直しにとどまらず、夏の参議院選挙に端を発した「市民革命」の評価動向に深くつながっているように受け止めました。                

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「スターリン秘史」 掲載終る。

2015-06-10 22:52:57 | 不破・スターリン秘史

    2013年の「前衛」2月号からはじまった不破哲三さんの「スターリン

秘史」が7月号の第30章をもって終わりました。単行本として刊行が

はじまっていて全6巻のうち2巻が出版されています。

   今月の「前衛」 の「読者の声」に85歳の方の声が載っています。

“え、そうだつたのか。朝鮮戦争の「南進」の真相は、以前「北進から始

まった」と聞いていた。ところが「北進」ではなく、「南進」だと、今回

はっきりしました。

   日本共産党への干渉の深化、北京機関。軍事方針。当時、末端の一 

細胞員(党員)の私は下級は上級の決定に従い、昼夜活動していました。

   今、『スターリン秘史』を読み、次々に記憶がよみがえり、おどろき、

おそろしさ、怒りがわいてきます。

 

   同年齢の不破さんは「『スターリン秘史』の執筆を終わって」の中で

日本共産党創立90周年の2012年に行った記念講演で、スターリンが持

 ち込んだえせ(似て非なる)理論体系を打ち破り、マルクス以来の科学的

社会主義の本来の理論と精神を復活させる活動について語りました。

   その仕事を科学的社会主義の『ルネサンス』と称し「スターリン時代

の中世的な影を一掃して、この理論の本来の姿を復活させ、現代に生か

す」ことと内容付けています。そのためには「スターリンが世界の共産

主義運動に支配的な影響力をおよぼしていた中世的な暗黒の時代そのも

のに科学のメスを入れて、その実態を解明し、その否定的な現実に全面

的な光をあてることを抜きにしては、不完全なものになる」と述べてい

ます。

    さらに「その仕事は、若い時代の十数年の期間ではあったが、スターリ

ン時代の空気を吸い、スターリンの理論の研究に打ち込んだ経験をもつ世

代に属する人間がはたすべき課題であり、またその経験がなければはたせ

ない任務であることも、私は痛感していた」と書かれています。

 

    私は先の読者や不破さんよりは若いといっても7年ほどです。活動に参

加したこの頃の先輩には山村工作隊などの体験者もいたし、まだスターリ

ンへの「崇拝」は当然な時代でした。その意味では『スターリン秘史』は世界

史の読み直しであると同時に自分史の振り返りでもあります。

    1、2巻は読み終わっていますが、3巻以降の部分は雑誌掲載時にはほと

んど読んでいないので心して読まねばと思っています。

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1933年3月9日に始まった「現代史」ー1ー

2015-02-17 22:18:22 | 不破・スターリン秘史

 不破・スターリン秘史 というカテゴリーで不破さんの 『スターリン秘史』 の 

読後感想的なものを「つぶやき」出し2014-02-26 で中途半端なままになっていま

した。 不破さんの雑誌「前衛」への連載はまだ続いています。

今年7月号の第30回をもって完結とのことですが、その最初の5回分が第1巻とし

て発行されました。

1月13日の「しんぶん赤旗」で不破さんを囲み「本の読みどころ」などを語り

あった鼎談も掲載されました。

こういう長期にわたる著書は往々にして読むのも中途半端で終り、結局理解

も中途半端で、何か語ろうとすると生半可な事しかつぶやけない、という有

様です。

今回の連載が1933年3月9日、ドイツ・ベルリンで逮捕されたブルガリア共産

党のディミトロフの獄中日記から始まるという意味では、私の生きてきた

「現代史」と重なる時代です。スターリンといえば一時は我が輝く星であった

わけでその本当の姿も知ることは自分の生きてきた時代を知ることです。

本腰を入れて読み進めたいと思いました。

一冊の本になって読み通すことができ、それだけ引き込まれました。

一年ぶりの「つぶやき」ではありますが、関心のある方にお付き合い

いただければ有り難いと思います。

 

1933年という時代について。

その年に生まれた人は誕生日がくれば82歳です。そんなに大昔のこと

ではありません。この年に日本ではどういうことがあったか、若干触れ

ておきます。

1月9日の「東京朝日新聞」、「日本軍、熱河の支那軍を爆撃」とあり、

「天津特派員八日発   在錦州○○○飛行隊は八日午前、~支那軍に多大

の損害を与えた。」そして、陸軍から報として「出先軍部に一任」と

しています。

2月22日の「東京朝日新聞」、小林多喜二  街頭連絡中に捕らえられ、

築地署で急死。(注:小林氏の死は拷問による虐殺だった)

(注は『新聞記事に  見る激動近代史』の編者によります)

2月25日の「東京日日新聞」、国際連盟総会で勧告案を採択、日本代

表団退場42対1   日本の反対も空し

(kaeru注:日本国が国際連盟脱退を通告するのは一ヶ月先の3月27日

です。)

4月22日の「大阪毎日新聞」、文部省、滝川京大教授の処分を決める

著書『刑法読本』の発禁から

文部当局では同教授の著書を調査の結果、断固処分することとなり、

~更に同校の左翼教授一掃を企てている。

11月23日の「東京朝日新聞」、「源氏物語」の上演禁止  風教を害す

と警視庁

上演禁止については数日前より当局の内意があり、~数度当局を訪れ

意見の交換を行ったものであるが、当局としてはなんら具体的な部分

を指摘せず、劇全体として社会の風教を害するとの漠然たる理由から

禁止命令を発するに至った~。

 

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ふたつの「深層」=「ベルリン会談の深層」 その2。

2014-02-26 22:25:46 | 不破・スターリン秘史

(注:昨日まで「ベルリン会談」を「~会議」と表記しましたが、「会談」に訂正しました。)

 昨日の「つぶやき」の最後に不破さんの言葉として 「世界の現代史を書きかえている

ような思いがしますね」 を記しておきましたが、「ベルリン会談」の評価はその一例です。

 これは不破さんの連載「スターリン秘史 巨悪の成立と展開」の今回の分・第14章の

「ベルリン会談の深層」の目次です。

 最初の部分に「ベルリン会談の研究にあたって」とあります。その書き出し部分に、

≪この会談についてはたいへん奇妙な状況があります。第二次世界大戦の成り立

ちをきめる上で、きわめて重要な、ある意味では歴史の進路にかかわる意味をもっ

た会談であったにもかかわらず、間違った解釈が定説となって、本格的な研究がお

こなわれないままで来ているように見えるのです。≫

とあります。その間違った解釈とは、

≪“この会談で、ヒトラーはソ連に三国同盟への加盟を呼びかけたが、モロトフが首

を縦に振らず、しかもとげとげしい対応をしたので、ソ連にはその気なしと判断し、ヒ

トラーは対ソ戦に踏み切った”≫、というものでした。

 しかし、不破さんによれば、

≪これは、ヒトラーがこの会談にかけた思惑も、それに対するスターリンの対応も、ど

ちらをも見誤ったもので、こうした解釈では、40年11月のベルリン会談から41年6月

のドイツの対ソ戦開始にいたる独ソ関係の推移がまったく理解できません。≫

と述べています。

 この問題に対する 「解答」 は目次の最後 「ベルリン会談をめぐる誤った評価がなぜ 

広まったか」 に書かれています。

 

 ここに対独戦争の対する二人の勝利者が登場します。一人は言うまでもなくスターリ

ンで、もう一人は当時のイギリス首相チャーチルです。このチャーチルがスターリンの

「汚点隠しのごまかし」を手伝うことになってしまいます。

 スターリンの「汚点」とは何か。

≪スターリンにとっては、ベルリン会談でのドイツ側の提案を受諾したことは、スターリン

が侵略国家同盟に参加する道を選んだという点でも、さらにヒトラーにまんまと騙された

という点でも、独ソ戦開始後、ソ連が反ファシズム連合の一翼をになうようになって以後

は、自分の歴史にたえがたい汚点を残した歴史になっていました。≫

 さて、その「汚点」をどう消すか、不破さんはこう指摘します。

≪そこで、スターリンは、イギリスの首相チャーチルが1942年8月にモスクワを訪問して、

最初の英ソ首脳会談が開かれた時、その会談を、ベルリン会談についての自己弁明とい

うか、ソ連の立場の正当化をおこなう場として選んだのです。≫

  

 スターリンはチャーチルに対して1940年11月の会談のことを話します。

モロトフ(ソ連外相)は空襲警報が鳴ると、リッベントロップ(独外相)の案内で、何階も

階段をおりて深い避難所に行きます。独外相とソ連外相との会話。

 独 「我々が(世界を)山分けして悪くはないでしょう」

 ソ 「英国はなんというでしょう」

 独 「英国はもうおしまいです」

 ソ 「そうなれば、どうしてわれわれはこの避難所にいるのですか。今落ちている爆弾

     はどこの国のものですか」

 ≪スターリンは、この地下シェルターでのエピソードを示すことで、スターリンとソ連が、

ドイツ側の提案をまともに相手にせず、冷笑的態度で臨んだことの象徴的な出来事に

しようとしたのです。≫

 スターリンによるこの部分の紹介はチャーチルにたいへん印象深く残ったようで、自

著の 『第二次世界大戦回顧録』 のなかで 「予期された通り、ソビエト政府はドイツ

案を受諾しなかった」の一行を書き残しています。

≪さすがのチャーチルも、スターリンのごまかしの煙に巻かれて、せっかくの 『大戦回

顧録』 にスターリンの自己弁護のセリフを記録してしまったのでした。 ≫

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ふたつの「深層」=「ベルリン会談の深層」 その1。

2014-02-25 23:12:56 | 不破・スターリン秘史

 タイトルにある「ベルリン会談」とは、モスクワからソ連外相モロトフを招い

て1940年11月12日から行なわれた会談です。当時ベルリンはイギリス

空軍による空襲を受けており、最終回の会談(第4回・13日)はドイツ外相

用防空壕で行なわれました。

 

 この「会談」の話に直接入る前にこれを読んで下さい。

不破 スターリンのいう「マルクス・レーニン主義」が戦後の運動のなかで、

国際的な影響力をもった、というのは、第二次世界大戦の経過とも関係があ

るのですね。ソ連が反ファシズム陣営に加わって、その勝利に貢献した、と

くに無敵とも思われてきたヒトラー・ドイツを打ち破った主役がソ連だったこと

は、誰でも知っている事実でした。そのことが、レーニンのあとをついで世界

で最初の社会主義国家ソ連の指導者となった人物だということと重なり合っ

て、スターリンとその理論を飾り立てる “栄光” となったのでした。私たちも、

戦後、党に入った時には、その事実を前にしてすごい指導者だと思いました

からね。≫

 これは雑誌「前衛2月号(2014年)」の座談会「『古典教室』第3巻を語る」

での不破さんの発言です。この部分に続くのが、今回の「深層」に当る部分

です。

≪ ところが、これは「スターリン秘史」でこれから連載する部分の予告編に

なるのですが、第二次世界大戦の最初の段階では、スターリンはヒトラーの

同盟者として行動し、ヨーロッパの領土分割合戦の仲間入りをしています。

スターリンの思惑では、その次の段階では、ドイツ、イタリア、日本の三国

軍事同盟に加盟して、大英帝国崩壊後の世界再分割の仲間入りをするは

ずでした。しかし、この話は、ソ連を騙し討ちするためにヒトラーの謀略でし

たから、41年6月、スターリンはヒトラーの不意打ち攻撃をうけ、思惑が外

れた形で反ファシズム陣営の一翼を担う形になりました。その勝利が “栄

光” となって、大戦後にスターリンの政治的、理論的 “権威” を高めたので

すから、歴史はなかなか皮肉なものです。≫

 

 ここで言われている 「ソ連を騙し討ちにするためにヒトラーの謀略」 を如実

に示しているのが会談の目的を記したドイツ外相リッベントロップの書簡です。

 「私は、次のように述べたい。総統(ヒトラー)の意見によれば、四カ国ーーソ

連、イタリア、日本、ドイツ――の歴史的使命は、遠大な視野に立った政策を

採用し、世界的規模で自分たちの権益の境界を定めることによって、自国民

の将来の発展を正しい水路に導くことにある。」

 これはイギリスがドイツ軍によって壊滅したあと「破産した大英帝国の巨大

な遺産」の分配による「世界再分割」という大構想を前提にしています。それは

領土 ・ 勢力圏の拡大への果てしない欲望という、覇権主義者スターリンの弱

点を見事に射当てたものとは不破さんの指摘です。

 というのはすでにこの年の7月に、ヒトラーは対ソ戦争をごく限られた軍首脳

とのあいだで戦略路線として決めています(1940/7/31)。ですから、「ベルリ

ン会談」という表のスターリン抱き込み作戦によって、対ソ戦争の準備にかかっ

ている軍の作戦立案者たちを混乱させないために、ヒトラーの署名入りの「指

令」がモロトフ到着の日・12日に出されています。

 「ロシアの当面の態度を明らかにさせるという目的のもとに政治的討議が開

始されている。これらの討議の結果の如何にかかわりなく、すでに口頭で命令

済みの東方作戦にたいする一切の諸準備は継続されるであろう」

 

 それでは「ベルリン会談」そのものについて、その「深層」について紹介しなけ

ればなりませんが、長くなりすぎますので明日の分にしたいと思います。だた書

かれている不破さん自身の言葉(前述の座談会での)を紹介したおきます。

≪いま『前衛』で「スターリン秘史ーー巨悪の成立と展開」という連載を書いてい

ますが、ここで追求しているのは、理論の陰にあるスターリンの現実の政策と行

動、とくに国際舞台での政策と行動です。書いている私自身が、そのあまりのひ

どさに、1回ごとに戦慄を覚えます。世界の現代史を書きかえているような思い

がしますね。≫

 

 この「連載」には世界史の「深層」が書かれているのです。

 

 

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「麻生発言」と「スターリン秘史」

2013-08-02 22:08:47 | 不破・スターリン秘史

 麻生副総理の「(ナチス政権の)手口に学んだらどうかね」発言についての

見解は今日の「赤旗」主張などでお読みください。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-08-02/2013080201_05_1.html

 

 私はこの発言を知って、ナチスによる国会放火事件とディミトロフを思い出

しました。それは不破さんの「スターリン秘史」の連載第1回(雑誌「前衛」2月

号)に書かれていたことです。

 ナチス党は「強力なドイツづくり」を掲げて政権党であった社会民主党と野党

であった共産党へ攻撃を集中し、独自の軍事組織「突撃隊」による他政党の政

治活動への妨害などをすすめました。あわせてドイツ財界への工作を通して、

ドイツ財界の主流がヒトラーの政権獲得を期するようになり、1932年7月の選

挙でナチス党は国会第1党の地位をえることになります。

 その四ヶ月後の選挙では前回より200万票減らしながらも、右翼政治勢力の

思惑からヒトラーを首班とするヒトラー内閣が誕生します。ヒトラーはこれを契機

にナチスによる警察権力を把握し、ドイツ全土を制圧しうる強力組織を手に入れ

ました。あわせて国防軍に対しても手を打ちヒトラー独裁政権樹立への支持ある

いは黙認の条件をつくりだしていきます。

 財界の支持、国防軍との非敵関係、警察権力の掌握こうしてヒトラー専制独裁

政権づくりの条件をつくり出し、ヒトラー政権下で最初の総選挙にむけて国会解散、

3月5日投票とします。その2月27日夜、国会議事堂が炎上しました。放火箇所

20数カ所という集団的な犯行であることは明らかでしたが、現場で一人のオラン

ダ人青年が逮捕されます。警察権力を握っていたナチス党でヒトラー内閣の閣僚

であったゲーリングは何の捜査もせず「共産党の犯行」だと断定し、共産党と社会

民主党のすべての新聞の禁止、共産党幹部の逮捕を命令しました。翌28日、ヒト

ラーは国会放火は共産党の武力蜂起の口火だとして共産党と社会民主党への

弾圧を強めます。

 そのようななかで3月5日の総選挙は強行されました。ヒトラーの圧倒的勝利と

はなりませんでした。議席の過半数を占めることができず、悪条件のなかで闘った

共産党は第3党、社会民主党が第2党を席をえました。しかし、3月8日、ヒトラー

は共産党の議席はく奪、社会民主党の少なくない議員も逮捕されるなかで、23日

には「全権委任法」の採択を強行します。

 これは予算を含む法律の制定権を国会から政府に移し、憲法の事実上の廃止を

意味しました。これに続いたのがナチス党以外の諸政党の解散です。7月14日に

はナチス党以外の政党を一切認めない「新党設立禁止法」が公布されヒトラー指

揮下の一党制国家へと向かいます。ヒトラー連立内閣成立が1月30日、ここまで

6カ月にも満たない期間です、その引き金になったのが国会放火事件でした。

 

 これがヒトラーが憲法を無効にし独裁体制を確立した「手口」の概略です。

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「スターリン秘史」余話。

2013-03-10 21:17:56 | 不破・スターリン秘史

 不破さんの「スターリン秘史」も「前衛」4月号で第3回・第3章になります。

2年間の連載予定とのことですので、始まったばかりという段階です。

 直接の内容にかかわることではないのですが、不破さんが「赤旗」のインタ

ビューでスターリンの「悪事」に触れながら、こんなことを言っています。

 【池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』に、「人間というものは、いいことをやりな

がら悪いことをやる」という有名なせりふがありますが、スターリンの場合、世

界ではいいことをやりながら、国内では悪いことをやった、というわけにはゆか

ないのですね。】

 このセリフがどこに書かれているか知りたかったのですが、やはりITnetは便

利なもので、「明神の次郎吉」(文春文庫では8)に出てくる話でした。

 セリフそのものはこの「話」の最後の平蔵の言葉ですが、「話」のはじめのとこ

ろで、盗賊の次郎吉が行き倒れの老僧・宗円に出会う場、

 【盗賊のくせに次郎吉は、他人の難儀を見すごせない男だ。

 それもこれも、おのれが他人の金品を盗み取るのを稼業にしている引き目から

出たもので、悪事をして食べているのだから、悪事をはなれているときぐらいは、

(せめて、善いことをしてえものだ)

 という、いわば罪ほろぼしをしながら、こやつ罪を重ねて生きている。】

 という場面があります。

 次郎吉が宗円の遺品を平蔵の親友に届けることから、いろいろありまして、

平蔵の働きによって、盗賊一味が拿捕されるが、これも平蔵の計らいで一味は

死罪をまぬがれ、さらに次郎吉の罪はもっと軽くなる。

 そんな話を平蔵は妻・久栄と語り、

「人間(ひと)とは、妙な生きものよ」

「はあ……?」

「悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく。……

これでおれも蔭へまわっては、何をしているか知れたものではないぞ」

 

 何を善とし何を悪とするか、次郎吉、平蔵、世間、kaeru等々で判断の基準が

ある、それにしてもスターリンの場合の「基準」は何だったのか、それを読取るの

がこの連載の「凄味」で、不破さんが池波ファンであった真骨頂が発揮されると

思います。平蔵ならぬ哲三が「世紀の巨悪」に切り込んでいく訳ですから。

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歴史をどこへ向けるか。

2013-02-08 23:49:00 | 不破・スターリン秘史

 歴史とは過去のこと、向けるとは未来のことです。

 現在は常に過去によって規定され、常に将来を創りだしています。

 今日は昨日のつづきであり、明日は今日の生み出すものです。

(タイトルをこのようにして、なんと「つぶやき」出すかと考えながらキーを

打っています。)

 

 上の三行は同じことを言っているのですが、中心は「歴史から学ぶ」というこ

とです。 近著 『歴史から学ぶ』で不破さんが問題意識として三つのことを述

べ、「スターリン秘史ー『巨悪』の成立と展開」について触れています。不破さん

の「問題意識」についてまた述べるとして、ここではタイトルが示すものが私の

問題意識であるということを述べ、それと同じ思いの 「スターリン秘史」 読後感

想を 『前衛』3月号から紹介しておきます。

 

 「今日われわれの意識の中の親の世代から引き継がれてきた反共意識という

ものが異常に増殖してきた根源を確認するのかもしれません。」(73歳・男性)

 「デミトロフのようなことに陥らないようにするためにも、ますます学習し、党活動

をしていくことが大切かなと思っています。」(70歳・女性)

 「ソ連覇権主義に立ち向かった歴史を持つ党として、絶対に研究が必要なテー

マですし、また現在の日本では独裁的な潮流が現われていますので(略)過去

の歴史から「独裁体制のつくり方」を学ぶことはとても大切です。」(22歳・男性)

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スターリンの圧政、なぜ?

2013-01-09 21:37:12 | 不破・スターリン秘史

 今日の 「赤旗 読者の広場」 に 「なぜなのかが知りたいのです」 という投

稿が載りました。 82歳のこの方は「不破社研所長に聞く「スターリン秘史」を

興味深く読みました」と書きだしておられます。

 この「不破所長に聞く」は12月の24,25に「赤旗」に載った「スターリン秘史」

連載にあたってのインタビューで、一読してもらえればと思います。

(下記URLをドラッグし右クリックしてみて下さい、該当ページに移動できます)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-24/2012122405_01_0.html

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-12-25/2012122510_01_0.html

 

 投稿者は 「世界で最初に社会主義への道に踏み出したソ連で、レーニンの後

継者を装って、スターリンがソ連を社会主義とは無縁の国に変質させ」たこと、そ

れがなぜ可能であったのか、それを知りたいと書いておられます。そして、「この

ことの解明は社会主義をめざす政党にとって必要です。この意味で不破所長の

研究を期待します」と。

 

 私の関心もそこにありますが、併せてスターリンと日本人の「運命」です。

 個人的なことからいっても義父は兵士として旧満州で終戦を迎えシベリ

アへ連れていかれました。 それもスターリンによる「日本軍捕虜50万人の

受け入れ、配置、労働利用について」という極秘命令によるものです。

 また、不破さんのインタビューのなかでスターリンは日本に武装闘争を持

ち込もうとしたことを指摘し、今回の研究でなぜそのようなことを強行したの

か「謎解き」をすると、おおいに期待するところです。  

 

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何が始まろうとしているか。不破さんの「スターリン秘史」

2013-01-08 23:41:18 | 不破・スターリン秘史

 日本共産党の雑誌「前衛」に不破哲三さんが「スターリン秘史―巨悪の成

立と展開」を連載し始めました。 

 不破さんによる「スターリンの大国主義研究」を心待ちにしていました。

 2010年11月から12月にかけて、読売新聞に不破哲三「時代の証言」と

いうインタビュー記事が連載されていましたが、私はそれを知りませんでし

た。 翌年に入ってある人から連載の切り抜きをいただいたのです。 

 そこに不破さんがその時点で、「私自身の理論研究のことですが、大きな

主題をいくつか持っています。」として、「一つはスターリンの大国主義の歴

史です」と挙げておられました。 「もう一つは、『資本論』の形成過程の研究

です」。

 もう一つの方はすでに雑誌「経済」での連載を終え、一年前・2012年1月

に発刊された 『『資本論』はどのようにして形成されたか』です。 この本も

不破さんの「資本論」研究の到達点を示すものになっていますが、「スターリ

ン秘史」は、不破さんがインタビューのなかで述べているように「(この研究

のなかで)新たな脈絡が究明されれば、少なくても世界史のある部分の書

き変えが必要になるかもしれない」という内容を示すことでしょう。

 

 こらから読み進めていくうちにこのkaeru的感想など「つぶやく」ことになり

そうなので、新たな「カテゴリー」とやらをつくります。この「つぶやき」のカテ

ゴリー、なんのことやら分からぬ分類になっています。いずれ整理したいと

思っていますが、とりあえず「不破・スターリン秘史」にもお付き合い下さい。

 

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