kaeruのつぶやき

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続 椋鳩十の描こうとしたもの。

2014-09-10 23:13:31 | 本のひと言

 ポプラ社刊 「椋鳩十全集」の第1巻の表紙です。ぼんやりしていますが、

この方が内容を知るのにはいいでしょう。

    話の内容を一行で紹介しようと、次のような紹介文があります。

「子グマを助けようとして滝つぼめがけて飛びこむ母グマの愛情のきびしさを描いた」

「小グマを守ろうとする、母グマは30メートルもある滝つぼに身を投げる・・・・・」

「子グマをつかまえようとした人間に、 いかり心頭した母グマが子グマをたすけるために、 滝のてっぺんの岩から、滝つぼめがけてとびこんだ。」

 その姿が、昨日のこの絵の母熊の部分です。

私はこの顔を見て、狼かと思いました、森の獣で怒りの表情を思い浮かべると狼の姿が浮かぶのです。

母熊の怒りの元になっているのが、二人の人間の少年で、昨日の絵にあります。

 この絵については椋さんの文章で、

≪わたしたちは、子ぐまを生けどりにするために、そのくるみの木に、二人で登りはじめました。≫

 わたしとは椋少年です。二人は森のなかで親から離れた小熊を見つけたのです。

 その様子を滝の上の岩から母熊が見て、滝のなかへ!

 母熊は≪あんな高いところから飛びこんだのでは、いくら強いくまでも、たすかりっこありません。

 かわいそうに、死んでしまったにちがいありません。わたしも荒木君も、むねがつぶれる思いでし

た。 ひと声も発することができませでした。≫

  母熊は生きていました。子くまを連れて、歩き去っていく姿をふたりは見送ります。

 

 『地獄島とロシア水兵』 を読んで。

 まず、この作品は73歳のお爺さんが中学1年生の孫と旅をするという点で、大変面白い内容で

す。 爺の感動を孫にも伝えるという爺婆世代むけの作品でもあります。その点は作品から読みとっ

ていただくとして、二つの作品に共通するものについての感想を書きたいと思います。

 全集の第1巻の 『月の輪グマ』 は椋文学の初期、『地獄島とロシア水兵』 は全集のために書き

下ろされた作品だそうで、全集刊行時期(1979年・74歳)では最終の作品です。偶々読むことに

なった椋文学の初期と最終期の作品を通じて、この著者の「生活」にたいする真摯さ、生活の根底

にある自然と正面から向き合う姿勢ということの大切さを感じます。

 『地獄島とロシア水兵』のなかの中学一年生同士の会話です。

 一彦(島の少年)は、アワビを刺し身にして、

≪「こいつを、海の水で洗って食うと、日本一にうまいぞ。」

 というと一彦は、沖の方に船をこぎ出すのです。

 「沖の水の方が、うまいのかね。」

 と、正彦(お爺さんの孫)はたずねました。

 「海の水は、どこでも同じさ、だけど、あのあたりはウニとアワビの漁場で、見島(地獄島のこと)

の者ばかりでなく、本土の人間もやってきて、海にもぐるからいけないのだ。」

 「本土の人間が海にもぐったら、なぜいけないのだい。」

 「海に生きる人間は、海を、とても大切にする。海がなければ生きられないからだ。ところが本土

からウニをとりにくる人間は、遊びにくるのだ。海に生きる人間ほど、海を大切に思わない。だから、

海にもぐったままで、小便するやつがいるんだ、ほんとうに、そういうやつがたくさんいるだ。~」≫

 それは気持ちの問題だと、二人は沖に出てウニを食べます。

 

 この部分の少年の会話をつうじて、自然と生活についてのあり方、生活思想の根底というような

ものを感じました。 「3・11」を通じて、生活の見直しが言われました。その問題を考えるとき、

椋文学が示唆を与えてくれるのではないか、という思いがします。

 生活の糧を自然に依拠している人間にとって、自然は自分の生命と一体のものです。しかしそ

こから離れた人間には遊びの場になります。子熊をとらえようとする少年の行為は遊びです、しか

し母熊という自然の前では許されない行為です。

 

 豊かな信州の自然のなかで育ち、その自然に鹿児島の海という自然をも得て育まれた椋文学に

近づく機会が与えられたことを喜びとします。