kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

枯れ木に花は咲かない。

2016-07-31 22:29:03 | 「真田丸」

   真田丸第30回「黄昏」これは「たそがれ」なのだが音読みだとなんと読むのでしょうか、「こうこん」でしょう。「たそがれ」と口にすると映画「黄昏」を思い出します、といっても観てはいないのですが、キャサリン・ヘップバーンとヘンリー・フオンダの顔のポスターが浮かびます。

   今夜の真田丸の「黄昏」はそんな静かな黄昏ではありません。豪華絢爛の花見の場で、その五ヶ月後には死んでしまう当時の最高権力者が桜の樹から落ちるという場面ですから。孫の年齢といえる我が子を喜ばせようと、桜の樹に登り「枯れ木に花を咲かせよう」と花びらを撒くという場面、足をかけた枝が折れる、猿も木から落ちるという図でもあります。

   こんなところは今夜の主要な場面ではないでしょうし、実際にも落ちたのでしょうか、落ちなかったのでしょうか、当時の記録には、

「今日太閤秀吉が(醍醐寺に)お渡りになられた。(淀公や北政所を始めとする)「女中」らもおのおのお成りになり、終日桜を御覧になられた。路次や茶屋などの贅を尽くしたあり様は、言葉では言い尽くしがたいほどである。何の問題もなく、無事に(太閤たちは)お帰りになられた。」

とあるそうです。詳しくはこちらのサイトで、

https://www.daigoji.or.jp/archives/special_article/index.html   

  この記録は醍醐寺側のものですから、たとえ落ちたとしても「無為に還御せられ」ということになるでしょう。

   何れにしてももう一度老いの身「枯れ木」に「花を咲かせよう」という思いもあったであろう場面は栄枯盛衰盛者必衰の理りを象徴する場面になってしまいました。庶民の黄昏と権力者の黄昏、その違いを見せてくれた場面でもありました。 


資本論第2部に入りましたが……。

2016-07-30 23:28:27 | kaeruの『資本論』

  もう一昨日の話ですが、資本論第1部の最終章・第25章「近代的植民理論」の報告を終えて少し話し込んで、休む間もなく第二部へ。

   その第1編第1章「貨幣資本の循環」第1節「第1段階、WーG」、その部分の担当者が報告するのを聴いているだけで終わってしまいました。何も準備をしていませんでしたし、第2部そのものについて何らかの話合いがあろうかと思っていたので、ちょっと戸惑っているうち閉会。

   これは準備不足だったと昨日遅まきながら「資本論第2部とは」とエンゲルスの「序言」を読み、不破哲三さんの《『資本論』全三部を読む》の第四冊「第二部  資本の流通過程」を開き、その他あれだこれだと俄か勉強に時間が取られ気付いてみたら午前2時近く、何やら目の前の『資本論 第二巻』を「そこに書いてあることを書かれているとおり読んだだけでは、第二部の本当の内容が十分につかめない、という問題」があるというのです。

   誰がそんなことを言ってるのか、なぜそんなことが言えるのか、その辺を整理しておかなければ、それにしても午前2時にする作業ではないと昨夜は眠りに移りました。

   この言葉は不破さんの前述した本の最初に出てくるのです。要は第二部(第三部も)はマルクスが自分で最後まで仕上げて、自分で公刊したものではなく、エンゲルスがマルクスの残した未完成の草稿をもとに編集し発行したものだから、と先ほどの言葉につながります。

  これはこれから第二部を読んでいこうとする者にとっては大変な事を指摘しているのです。そこに書かれていることを「読んだだけでは、本当の内容が十分につかめない」、ですからまず読まなければなりません、そのうえマルクスが完成させようとした内容を探り出したものによって現行の「第二部」を補正する必要がある、そういう作業が「第二部」の理解には必要だというのです。

  なお不破さんは、「第三部には、こういう問題はありません。マルクスは、第三部については、草稿を書くときに、全体の構成をほぼ見定めていました。」と書いています。

   ではマルクスが完成させようとした内容をどうしたら知ることができるのでしょうか。それはマルクスが残した草稿を研究することから見えてくるとのことです。これを不破さんは解き明かしていくのですが、その辺はこれから追い追い「つぶやき」だせればと思っています。


「てんがらもん」227回 「火山脈」を手がかりに。

2016-07-28 12:37:57 | 「てんがらもんラジオ」

明日のてんがらもん /  ゲスト村山カツエさん (海野さだ子さん)

奄美復帰運動-真実を後世に

 美ら島慕情・・・書籍出版 (元民主文学同盟)

 昭和5年生まれ 歌人 ・小説など 86歳です。

 どんなお話が聴けるのでしょう。お楽しみに。

  上の太字部分は村永さんの昨日のブログからです。「どんなお話が聴けるのでしょう。お楽しみに。」とありましたが、今日は私のタブレットの接続が不調でまったくというほど聴けず、映像も動かずでした。

  ただ画面に瞬時見られた「火山脈」という文字、何か雑誌の名前のように見えましたが直ぐに見えなくなりました。この「火山脈」を検索してみればゲストの村山(海野)さんのことが分かるかも知れないと……、これです。

「火山脈 kazanmyaku」という鹿児島で出版されている年刊誌が鹿児島の三つの大学の図書館にある、ということです。次は書籍の『美ら島慕情』ですがこれではなく、これ『きょら島慕情』でした。

 

   短いが読みでのある紹介文です、目を通して下さい、そして「拍手」と「いいね」にクリックを!

http://spokago.blog68.fc2.com/blog-entry-1107.html?sp

   今回は番組の声を聴けずでしたが、検索してみてまず海野さんが83歳で、奄美の日本国への復帰60周年という節目にこの本を出版されたことに敬意を表します。時代の証言者として文学を志した者として発信すること、何よりも地域と日本の民主主義の成長のためにたゆまず努力すること、この姿に大きな励ましを受けました。

  この紹介文に「奄美で最初の託児所の設立にも携わった」とありますが、こんなことも番組ではおおいに語られたのでしょう。映像を通じて四人の方々の共感し合う様子が見られました。

  そして、火山脈との連想から番組を目で追いながら、海野山(さん)を主峰とし、村永山、上床山、前迫山と各々の山の姿は異なりますが、それぞれが活火山に見えてきました。

  やはり地中のマグマと同じ様に地域社会にも人生を燃焼させてきた一人ひとりがマグマとなっている、鹿児島という地帯は薩摩と呼ばれた時代の積み重ねも含めて社会の火山脈であろうと思われてくるのです。


気分が重たい……言葉が重たい。

2016-07-27 23:12:52 | どこまで続くかこのブログ

   今夜は町の花火大会、夜空に花火の破裂音がしているのですが、気分が重いのです。

   原因は相模原の殺人事件、特に犯人が衆議院議長あてに出したという手紙、スマホに手書きのものの部分が写っていました。またその内容の全部と思われるものも他のサイトで読めました。相模原殺人事件を知って頭に浮かんだのは秋葉原の通り魔事件でした。その時は携帯サイトでしたが犯行直前までの書き込みが報じられました。「有言犯行」とでもいうべきものです。

   25日までの細川問題、これも重たい問題でした。細川氏のフェイスブックには逮捕の前日まで、勿論覚せい剤に関するようなことは書かれてはいませんが、日誌的な記録が残されています。今回の議決等に関する記述はありませすんが、保釈後の「言葉」も記されています。

 ブロガーという言葉にこだわりを持つ者の角度から見て、「犯罪の(陰ではなく)表に言葉あり」とも言えることが気になります。言葉と心のかかわりとか言葉の交信を通じての相互の心の変化(成長も後退も)とか、言葉が重たい(重要・大事という意味も含めて)との感じを深めています。


1867年7月25日 『資本論第1巻』「序言」。

2016-07-26 20:17:17 | kaeruの『資本論』

   現在すすめている「資本論講読会」はいつからはじめたのか、何年目に入っていたのかすぐには出てこないのですが、明日で第1巻が終わります。

   とにかく読み通したということになります。でも本当に読んだの、聞かれれば、読んだことは読みました、という程度で正直自分の担当部分以外は目を通した程度です。それでも引き続き第2巻に入ろうという提案に、そうしようと応じられたのは、この間の積み重ねがあったからでしょう。独りではここまでこれなかったことです。

   最後の章「第25章 近代植民理論」の報告を担当するのですが、この章は短いことと内容が「第24章 いわゆる本源的蓄積」の補論的なものでしたので二頁ほどの手書きでまとめ、最後に

  『資本論』第1巻 「第1部 資本の生産過程」の「序言」をマルクスがロンドンで記した日付けは1867年7月25日でした。日本では、その2日前の23日(慶長三年六月二十二日)に、坂本龍馬、西郷隆盛らの会見があり、大政奉還への薩土盟約が結ばれるなど明治維新へ道を拓きつつあった時期です。

の言葉を添えました。

   日本が資本主義社会に向かう前夜、この書が生み出されようとしていたことを頭に置きながらそれに相応しい心構えをもって、第2巻に入らねばと思うのです。


細川議員除名、全国ニュースに。

2016-07-25 23:13:13 | 葉山そして人

   昨日のタイトル「 “ 葉山町民会議 ”という住民運動」はその発端を細川議員逮捕にあったと私は思っています。そのことについて後で触れるとして今日はやはり「細川議員除名」の葉山町議会決議でしょう。

  彼の逮捕が全国に報じられた以上にこの除名も関心の広がりを示しました。

「葉山町 細川議員 除名」で検索しましたら、

 

「kaeruのつぶやき」も出てくるのはご愛嬌として、昨夜の「町民集会」にも取材に三四人来ていたTBSの報道を紹介しておきます。

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全体は、http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2829351.html で。

 下は細川議員を懲罰にかけるために設けられた特別委員会の本会議への「報告」です。

 

   懲罰特別委員会審査報告

   平成28年7月25日の第2回定例会本会議において付託された「議員細川慎一君に対する懲罰の件」については、同日、慎重に審査を行い、次のとおり結論を得ましたのでご報告いたします。

   本件の趣旨は、本年7月20日開催の全員協議会において、細川慎一議員は、会派室での覚せい剤所持・使用と議会前に能力を発揮するために使用したことを認めた。

   この言動は、葉山町議会基本条例第16条に反するものであり、議会の品位と尊厳を著しく損なうものであることから、懲罰を求めているものです。

   審査にあたり、本動議の当該議員である細川議員からは一身上の弁明の申し出はありませんでした。

   なお、議長から、議会は細川議員に辞職勧告決議を可決しているため、本日朝、細川議員に辞職の意思確認をしましたがq、「まだ決まっていない」との返答であったとの報告がありました。

 委員からは、「本町議会会議規則第101条では、『品位の尊重』として、『議員は、議会の品位を重んじなければならない。』と規定している。議会の品位とは、その構成員である議員が保持ずべき道徳、良識、倫理、ないしは礼儀等を指すものである。7月20日開催の全員協議会で、細川議員が逮捕後初めて、自らの行為等について議会に対し直接釈明を行った。その中で、裁判での『覚せい剤を使用したのは、ビデオボックスや自k宅、議員控え室であり、議会前に能力以上のものを発揮したかったためである』との検察の冒頭陳述内容を事実と認める発言があった。このような細川議員の発言を、議会として到底看過することはできない」、「人事院の職員に係る懲戒処分の指針によれば、麻薬・覚せい剤等の所持又は使用は懲戒免職である。議員であれば覚せい剤をし使用していいということは断じてなく、悪しき前例を作るわけにはいかない」、「細川議員が事実と認めた『議会前に、能力以上のものを発揮したかったため会派室で覚せい剤を使用した』ということは、もし、細川議員が会派室で覚せい剤を使用当時にそのことが発覚していた場合、すくなからず覚せい剤の影響のある状態で議会の会議に出席していたと考えられる」、「会派室で覚せい剤を使用するという細川議員の行為は、議会の尊厳と信頼を著しく傷つけるものである」、「細川議員は町民の負託を受けて議員になったと全員協議会で発言したが、他の議員も同じようの町民の負託を受けている。町民の意見は、細川議員は一日も早く議員を辞めるべきとのことである。議員として民意を反映させるため除名を求める」との意見があり、委員の総意として懲罰を科すべきであるとの意見でまとまりました。

   よって採決の結果、

   細川慎一議員に対し懲罰を科し懲罰を科することについては、全会一致により懲罰を科すべきものと決しました。

   次に、科すべき懲罰については、全会一致により除名の懲罰を科すすべきものと決しました。

  以上ご報告いたします。

   平成28年7月25日

(この「報告」はブログ「坊ちゃん葉山」に掲示されたものです。当ブログは、http://blogs.yahoo.co.jp/bluesheetfarmer です。)


「葉山町民会議」という住民運動。

2016-07-24 22:07:52 | 葉山そして人

   下は「主催  葉山町民会議」の2つの集まりの案内で、2枚目は

「7月17日」 に紹介済みです。

 

   同じ日に同じ会場で午後と夜の別はありましたが、同じ主催者で、主催者の顔は「葉山新聞」の社主山本氏。

   私が2つの案内を手にしたのは「緊急集会」が17日で「給食センター」20日でしたが、作られ配られたの「給食センター」の方がかなり早かったでしょう。2つとも参加しましたが「給食」への集まりは30名をこえていたようですが、夜は20名というところだったと思います。

  しかし夜の「緊急集会」には報道陣が2、3社きて終始ビデオが2台、時には4、5人がレンズを向けるという有様で、明日の本会議での「懲罰除名」を前にしての住民集会として関心を集めました。

  昼は集会というより勉強会で、町の小中学校の給食を「センター」方式にしようという動きを前にしての研究者の話を聞く機会でした。元保母で食の問題には関心が強い妻も一緒に参加しました、8割は女性でした。

  2つの集会は内容が大きく異なる事もあり、両方の集まりに参加したのは主催者で議長も兼ねた山本氏の他3人、そのうちの一人が私です。耳が聞こえないのですが、それぞれ熱心な言葉の交わしあいが分かり参加者の熱意が伝わってきました。

   明日の本会議のことも含め、細川問題を今日の2つの集まりに関連して考えなければと思っています、それは明日に。


葉山町議会は県知事の「理解」を超える。

2016-07-23 23:23:25 | 葉山そして人

  25日の葉山町議会本会議に関して「神奈川新聞」の電子版(カナロク)が以下のように報じています。

   先日の県知事は、葉山町議会が議決した「葉山町内に居住せず」を理由とした細川議員の失職決定には無理があるとし、今後細川議員の失職にはふたつの方法があると言っていました(この写真です)……。

   このふたつのなかには「懲罰動機=除名」は入っていません、一つは本人の辞職、それがなければ住民によるリコールです。葉山町議会のとる道は県知事の「理解」を超えるものです。

    仮に細川議員が「除名」を不服として知事に審決を求めた場合、今回の「理解」とあわせて成り行きが注目されます。


細川議員の懲罰動機へ。

2016-07-22 23:01:58 | 葉山そして人

   葉山町議会の細川氏の議員失職決定に対しての神奈川県知事による取り消し内容の採決を受け、細川氏は復職しました。7月20日の議員全員協議会に出席し謝罪と釈明を行なっています。席上議員としての今後については「多くの人の意見を聞いて」などと述べるにとどまっていました。

議会としては当日の発言内容を受けて、細川議員を懲罰動機にかけることを決め、25日に臨時の本会議を開催します。地方議員の懲罰は五段階に分かれます。wikipediaの該当部分です。

当然のことながら「除名」でしょう。

議会で除名が可決されれば失職します。

それに関して、

 25日以降のことは細川議員の判断次第ですが、要は町民の関心の度合が鍵を握っていると思います。