Kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

孫、一年刻みの未来。

2013-07-31 16:19:46 | kaeruの孫録

 「眠れる三匹のマゴ」

 昨日は一日、江の島の水族館行きに付き合いました。

 今朝方の孫三人の寝姿、無修正。コットと眠りに落ち込むまで、ふざけ

あっていたのでしょう。大水槽を泳ぐエイになった気分で夢の中で泳いで

いたのか、小魚の群になった気分かも知れません。

 手前の男の子がkaeru長男の二男小2、そのお尻は長女の長男で中1、

足に顔をつけているのが長女の長女小3、この子が孫集団のエネルギー

の源泉。でもこの子も来夏は小4ともなれば、少女風になり「おじーちゃん、

隠れん坊やろー」などと言わなくなってしまうかも知れません。それはこち

らとしては助かるのですが、さびしくなることでもあります。

 いずれにしても、一年は確実に経ちその分成長する者と、老いる者と交

差する夏がやって来ます。

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あとを託せるということ。

2013-07-30 22:39:26 | kaeruの孫録

 高2の孫については以前このブログでも触れたことがあるので、経緯は

そこに譲って現在のことだけで、このタイトルにしました。 「あと」とは自分

の後世、自分個人というより自分たちの時代の後の時代という意味も含め

てそういうのですが、自分の孫ですからかなり「自分の後を託せる」という

気持ちが強いのです。

 今回の参議院選挙における日本共産党の躍進が 「第三の躍進のはじま

り」 と位置づけられる時、この時代の向こうにかなり本格的な社会変革の

展望を持つことも可能ですが、それを現実のものにしていく確かな力は、現

在進行しつつある変化・変革に10代・20代の参加があってこそだと思いま

す。そういう世代の彼等・彼女等に魅力ある問題として「変革」が受けとめら

れなければ、「変革」は継続発展しません。

 そういう一般論を前提に、身近にいるAM(高2の孫をこう呼びます)に「あと

を託せる」と思うのは、まさに時代が必要とする「変革」に素直に向き合ってい

ると思えるからです。彼が高校進学にあたって、学力からいって自分の望む

高校ではなく1ランク下げ受験せざるを得なかったとききました。

 ですからどこか残念な思いをして高校生活をしているのではないかと思って

いたのですがそれが転機になってか、入学とともに生徒会活動に力を入れは

じめ、二年生になった今春には生徒会会長に就き「(生徒の)自主自律」によ

る学校にしていきたいと抱負を語っていました。

 あわせて、かなり成績もよくいわゆる一流大学を志願するという夢も可能性

大と思わせ、諺にある「鶏口牛後」の事例といえます。彼が一年で生徒会活動

に係わったのは「将来政治家になる」ということからのようです。それが父親(私

の長男)や祖父(私)の日頃の言動から感じとった将来像であれば嬉しいこと

です。

 今回の「共産党躍進」が、多くのAMを家庭で、学校で、地域で生み出してこそ

20世紀に生まれ運動に参加した者が「あとを託せる」と思い21世紀を送ること

ができるのではないでしょうか。

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身内感覚を考える。

2013-07-29 21:20:34 | kaeruの孫録

 中2の孫は来年は3年生だから来年の夏休みは大変だなと思いながら、

話していたら爺の勘違いで中1でした。日ごろ孫のことは婆さんが気配り

をしているのでこういう時、ずれが出てしまいます。

 夜、孫4人を中心に嫁さんの母親もふくめて「宴」となり、高2は大人の

仲間ですが、小3の長女の女の子と小2の長男の男の子は玩具で大騒

ぎ、中1はそれに係わらず本を読んでいる。こんな風なつながりが身内

感覚を深めるのでしょう。

 そういえば、10月に母親系のいとこ会が予定されていました。母親の

兄弟は6人で従兄弟は17人、亡くなったのは3人で14人はこの間のいと

こ会などを通して交流は深まっています。同じ従兄弟でも個々に見れば

かなり付き合いの程度が違うので、身内感覚というか従兄弟気分という

かその度合いにはかなり差があるものです。

 私達の世代、昭和の一ケタから終戦前後の生まれまでは、親兄弟の

人数も従兄弟になる人数もかなりであったでしょうが、その子供の数

となると一気に減るのではないでしょうか。少なく生んで大きく育てる、

などといわれたりしました。kaeru家で言えば子ども二人がそれぞれ

子ども二人で、我々の孫として4人、従兄弟としても4人。

 数が少なければ、関わりも狭くなるでしょう。多ければいいというも

のではないにしても、人の感情が人間関係のなかで育まれるもので

ある以上その量的な拡大は、質的な豊かさを生み出す可能性を大き

くすると考え得るでしょう。

 それだけに、普段全く接触のない四人の孫が、この夏休みという短い

期間できるだけ触れあい、好印象を思いのなかに組み入れ大きくなっ

ても良い関係として再生産されれば嬉しいことだと思います。

 そんなことで、動きの激しい小学生低学年組の煽られながら、爺とし

ての役割を果たしつつ疲れていきます。

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都議会議員・尾崎あや子さんの「手記」。

2013-07-28 12:00:17 | せいじの政治カフェ

 「都政の縮図のような選挙区で八年ぶりの議席回復」

   北多摩一区 尾崎あや子

 これは「月刊 学習」8月号に紹介された尾崎さんの手記の表題です。

 彼女の手記は表題につづき、

「私は23年間、中小零細業者の営業と暮らしを守る運動に携わり~そのなかで、

都政に挑戦する決意をしたのが5年前です。」

と書かれています。

 都民に背向ける「オール与党」との対決

 4年前、清瀬小児科病院の廃止計画をストップさせるため、全力でたたかい

選挙でも争点となりました。民主党で当選した方も最終盤では廃止に反対する

と約束するようになりましたが、民主党は公約を破りました。

 その都議は民主党を離党都議選に、前回自民党だった都議は昨年の総選

挙に維新の会から出て落選、今回の都議選に出てきました。現職がいなくなった

自民民主は新人を擁立、こうして北多摩1区は都政の縮図のようなものなりました。

 

 市議団・支部と一緒に活動し、報告

この4年間、候補者活動を毎日ブログで報告、その記事を中心にニュースを発行、

毎週月曜日には「生活相談所」を開いてきました。たくさんの人々の実態を知り、

悩みを聞いてきましたが、忘れられないのは正社員になることを夢見て派遣労働

者として働いていた青年がリストラされ仕事もなく手持ち金がなくなり自ら命を絶っ

たことです。今の政治をどうしても変えていきたいと決意を深めました。

 

 「学校にクーラーを」と都政を動かす

 3年前の夏、「学校にクーラーがほしい」の声に応え温度計をもって学校を訪問、

校長先生保健の先生との懇談をきっかけに「小中学校にクーラーの設置」の署名

運動をすすめ、党都議団とも協力し都に財政援助を求めました。最初都は「クーラ

ー設置は市・町の責任」という態度でしたが、「子どもの命にかかわる問題」と繰り

返し交渉の結果、都の財政援助が決まり、多摩地区に一気にクーラーの設置が広

がりました。「声をあげれ世論の力で都政を動かせる」との確信になりました。

 

 以上、手記をかなり縮小しました。他の都議のものも含め是非全文を読んでみて

下さい。「月刊 学習」を見て下さい。 

 http://www.jcp.or.jp/web_book/cat458/cat1/ 

 

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kaeru孫まご物語 2013年夏その1.

2013-07-28 10:19:15 | kaeruの孫録

なのか

 小3の孫の願いはマンガ家になることだといいます。この絵はその子が

幼稚園の時描いてメールに添付してきたものを私が気に入って我が家

に送ってもらい玄関に張り出してあるものです。

 まず、この大きさが良いし、可愛く描いてないところが良い。その子が

描いた「おじいちゃん」です。

 リアルすぎて鼻毛が見えたり髭が描かれていたり、でも瞳がキラキラは

若すぎると言ったら「これでも76才」と但し書がつきました。

 今夜は長男宅で従兄弟同士、甥姪、伯父さん叔母さん、爺婆と孫全員

との宴とか、年に一度は積み重ねていきたいものです。

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アリバイ証明的つぶやき

2013-07-27 20:08:39 | 非詩的なつぶやき

 中2と小3の子がいるといことで身辺がかなり変るものですね。まして小3の女の子が誕生日ですので、なおのことで、本格的つぶやきは明日にします。

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7月26日、ポツダム宣言。

2013-07-26 20:56:21 | せいじの政治カフェ

 偶々読んでいた本の「資料」にポツダム宣言からの抜粋が載っていたの

ですが、日付が1945・7・26となっていたので、「今日のことか」と感じた

のです。ですからこの「つぶやき」はkaeruの「覚え」的なものです。

なお、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%

84%E3%83%80%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80

#CITEREF.E5.B1.B1.E4.B8.8B.E7.A5.90.E5.BF.971998

は、Wikiによる当宣言の解説です。

 

 日本軍の無条件降伏を求めたポツダム宣言が発表された1945年7月

26日は「終戦の日」8月15日につながっていく日でした。とはいえ日本=

当時の天皇政府がこれを受諾し終戦に至るまでには曲折があります。

 これを日本国政府が受諾するのは8月10日で、これは9日に開催され

た最高戦争指導会議で受諾賛成が3(東郷外相・米内海相・鈴木首相)

反対3(阿南陸相・梅津参謀総長・豊田軍令部総長)で激しく対立したま

ま10日を迎え、所謂「御前会議」での天皇「聖断」で受諾が決定されまし

た。

 7月26日から8月10日の間に広島・長崎があり、ソ連の対日参戦(8日)

がありました。こうしてみると7月26日という日付は「偶々気付く」というの

ではなくきちっと記憶のなかに記録しておくべき日でした。

 

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「おら、嬉しくてたまらねえ」

2013-07-26 10:39:24 | あまちゃん

 アイドルの世界って「あまちゃん」世界しか知らなかったのですが、今朝

の「赤旗」でこの人・橋本美香さんのコメントを読み、

http://www.idol-japan-records.net/ski/

を通じて、その「Social activity」なるものを知りました。

 

 昔、kaeruの中学生時代、学校の風紀委員会の委員長をやっていたことを

思い出しました。実際になにをやっていたのか、忘れてしまいましたが「制服

をきちん着ましょう」くらいのことを言っていたのではないでしょうか。

 するとなると、このアイドル・橋本美香さんと縁がないわけでもない、という

わけで若き日の天野春子さんに似ているかな、と思いつつここに紹介するこ

とにしました。

 「あまちゃん」は今週「おら、悲しみがとまらねぇ」なのですが、kaeruの今週

は言うまでもなく 「おら、嬉しくてたまらねえ」

今夜は娘と孫たちが来ますしね。

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kaeruはどこまでナマケテいいか。

2013-07-25 19:21:22 | どこまで続くかこのブログ
kaeru-23 さんが 2012年07月24日 に書かれた記事をお届けします。
 
七日目も休まず(休めず)。
神様も仕事を六日続けたら一日休みにしたそうだし、三日坊主も二括りしたし、今日はブログ休日と床に入っていたら才女さんからメール。「蝉は七日の寿命といいます。短命の象徴の蝉でさえ七日は鳴いているのです。蛙が六日で一休みなど自然の理に反します。これからでもパソコンに向かいなさい」、と。 賢妹...
>続きを読む

 例によって、一年前の「つぶやき」が届けられてきました。開設七日目、

つぶやく=書くのを休んで寝てしまおうとした時のことをつぶやいていま

す。まぁー、この一年ばかりの間10日ほど記事なしの日があります。

 他のことに気を取られ気付づいたら日が過ぎていたとか、という日もあり

ましたが、多くは「つぶやくこともねーな」とか、「つぶやきたくねーな」とつぶ

やきながら寝てしまった、ということです。

 日ごろの暮らしや仕事ぶりはかなり「なまけもの」的で、「何かやらねば

ならぬ」という課題性に背を向けたくなる性分、高度の「先延ばし型」だと

思います。

 そこで改めて動物「ナマケモノ」をイメージしてみました。四肢で木の枝

にぶら下がっている姿でしょう。かなりな体重が四肢にかかっているはず

です。少なくても前肢だけまたは後肢だけでしたらとても怠けていられない

でしょう。有効に怠けるためにはそれなりの努力・工夫が必要だという証し

です。しかし、その「怠け度」にも限界があるということを教えてくれるのが

この動画です。

https://www.youtube.com/watch?v=VDCH9uYXv2o

 「ナマケモノ」になりたい!という人は必見です。

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この世をば……望月の……。

2013-07-24 20:34:36 | 中間詩的つぶやき

 昨夜は月齢14.8、満月、満月を望月ともいいます。

   望月といえばこの和歌

   此の世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしとおもへば

    平安時代栄華を極めた藤原道長がこれを詠んだのは、娘たちを入内させ

 三代天皇の外威となり全盛期を迎えた時・1018年でした。

  その二年前、同じく月を詠んだ和歌でも

    心にもあらでうきよにながらへば恋しかるべき夜半の月かな

  は、その道長に天皇の位を追われた三条天皇の和歌で、『百人一首』に

 もとられています。

 道長・三条などの天皇貴族間、貴族対貴族などの権力闘争において、各々

のガードマン的役割をはたしていた「兵=つわもの」が時代を背負って立つの

は、平安時代の次の時代、鎌倉幕府よって幕が開かれた「武士の時代」です。

 

 昨夜、この湘南の地では僅かの時間、雲間から満月がアリバイ証明的に見

られましたが、ところ変われば見えたり見えなかったりだったでしょう。それ以

上に参議院選を終えたあとのそれぞれで、見えるもの見えないものがあった

ことでしょう。

 月の満ち欠けが「天体の理(ことわり)」であるならば、時代の推移は「社会

の理」、その遅速は「政治の理」であり「人心の理」です。

 この間、詠み手はどんな心を詠んだのでしょう。「赤旗」紙の歌・句・詩に注目

したいと思います。

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