怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

10月7日  国交省 1

2011-10-07 09:39:57 | 事故後の動き
9/13(火)夜、その週も水、木、金曜と夜に、来訪者(事故関連)の予約があり、
1人で外出できない私を、主人に仕事から早く帰宅してもらい連れ出してもらっていた。
運転中の主人の携帯が鳴り、電話は国交省からだった。

「9/15(木)に第1回目の審議会が開かれます。」と。

ようやく始まった審議会。 遺族でさえ傍聴できない審議会。
以前、主人が国交省に電話した時は、事故調査が終わり審議に入る。
その審議に入る準備に2,3ヵ月、1回の審議に2週間、それを計10回程。

主人が9/13の電話の時、国交省の役員に聞くと今回の事故の審議は10回も行われないだろうと。
その国交省役員個人としては、11月中には審議が終われば。

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今週、お願いして毎月我が家に来てもらっている、○○署の刑事さんも
開口一番に国交省の動きの話をされた。

若くて正義感の強い刑事さんに訊ねると、
「国交省の発表は、今まで進めてきた事故調査の 1ピース が揃ったに過ぎない。」
彼に初めて我が家に来てもらった時、「校長は被疑者ではなく、容疑者として調査している。」
そして最後に毎月、背筋をぴんと伸ばし娘の遺影に向かい、強い思いを感じる焼香をされる。


国交省の物理的な調査結果が出ても、娘を失った、私達の気持ちも生活も何も変わりはしない。


ただ、6/18で止まってしまった私達の時間が、少しでも進められれば・・・できれば、いい区切りになれば・・・と願っている。


人災の部分の言及は、いつになるのだろう?    反対に、その部分も言及できない調査結果になってしまうのだろうか?